私がいいなあと思うのは、SUVばやりの昨今にあっても、ハッチバックとセダンというオーソドクスな車型で、今回のように”いいクルマ”を作ってくれたことだ。
228kW(310ps)の最高出力と400Nmの最大トルクの1984cc直列4気筒ガソリンターボ・エンジンと全輪駆動システムの組合せをもつS3スポーツバックは、ダイレクトな操縦性がすばらしい出来だ。
ステアリングに対するボディの応答性といい、アクセルペダルの踏み込みに対する加速のよさといい、さらにブレーキング時の減速感といい、運転している自分のからだとの一体感がみごとだと感じられる。
4気筒エンジンに装着されたターボチャージャーは最大過給圧1.8バール。メルセデスAMG A45S 4MATIC+の2.1バールには少なくとも数値で負けるものの、けっして低くない。その証拠に、走り出してからすぐ強い加速感があり、それがどこまでも途切れることのない印象だ。
ぐんぐん前へ、突進していくように疾走するのが、クワトロシステムをそなえたアウディ車の醍醐味だ、と今回あらためて思ったほどである。ボディは比較的コンパクトなのに、高速もワインディングロードも速いペースで駆け抜ける性能ぶり。S3スポーツバックの大きな魅力だ。
特筆すべき乗り心地
いっぽうで、乗り心地が特筆したいほど良好だ。これも、今回乗ったS3スポーツバックの高得点の性能だ。そして、カーブを曲がるときは、スイっと気持ちよく車体が向きを変え、さらに、レールのうえをいくように走る。
それでいて、直線路では、路面が荒れていても、ボディがほとんど影響を受けない。スポーティなクルマにとって大切な、揺れのないフラットな姿勢が保たれるうえに、乗り心地にもすぐれている。いってみれば、上質、あるいは上等なかんじだ。
おそらく、試乗したモデルに装着されていたオプションの「ダンピングコントロールサスペンション」のおかげだろう。スポーティなモデルの足まわりは、通常、乗り心地とハンドリングの妥協の産物になりがちだ。S3スポーツバックのこのシステムは、両者をうまく両立せしめている。
そのため、通常のA3より乗り心地がいいと思ったぐらいだ。さきのメルセデスAMGをはじめ、「GRヤリス」やルノー「メガーヌR.S.」など、出来のいいホットハッチがあるなかで、S3スポーツバックのオールマイティぶりが光るのは、このダンピングコントロールサスペンションによるところ大だ。おとなっぽいクルマ、と言い換えてもよい。
専用装備の数々
外観上の特徴は、とにかくフロントマスクに迫力がある。「往年のクワトロを彷彿とさせるデザインのスリット」(アウディ)がグリルの上に入れてあるのは、たしか「A1スポーツバック」(2018年)でまず採用されたもの。
くわえて、ハニカムパターンのシングルフレームグリルと、大型のエアインテークを備えたフロントバンパー、そして、専用デザインのリア・ディフューザーと左右4本出しのテールパイプもS3ならでは。
「スポーティさに磨きをかけ」た、とアウディがいうとおり。最近のアウディのスポーツモデルに共通するアグレッシブな雰囲気が、ことさら強調されているのだ。やりすぎの感がなきしもあらずだけれど、このクルマに興味を惹かれるひとは、このぐらい強い印象が嬉しいかもしれない。
車高がA3シリーズより15mm低く、タイヤサイズが16あるいは17インチ径に対して18インチと大径化していることも、S3シリーズ(S3スポーツバックとS3セダン)の特徴だ。
室内はアウディならではの理知的なデザインのダッシュボードが眼をひく。今回は2つのTFT液晶パネルがあたらしい。S3シリーズでは、ダッシュボード中央のインフォテイメントシステム用モニターが、A3の10.1に代わり12.3インチと大型化している。
ステアリング・ホイールの径も太いし、シートは専用の人工スエード張りで、コーナリング中にからだをしっかりホールドしてくれる。Sモデルが、アウディのモータースポーツ活動のノウハウを採用して開発されていることは、ちょっとした細部、でもじっさいのドライブで重要な働きをする部分すべてに気が配られていることからもわかるのだ。
アウディジャパンの広報担当者によると、SUVからすこしずつ、ハッチバックやセダンに戻っているひとがいるそうだ。たしかに、S3スポーツバックに乗ると、エンジンを載せたスポーツモデルを楽しみたいと思っているひとは、いまのうちにこのクルマを体験したほうがいい、といいたくなるのだ。