手軽・気軽にいろいろなジャンルに触れられるのが、新書の利点ですね。今月はこの数カ月で読んだ新書の中から3冊をご紹介します。
女性政治家のいない国で
「女性国会議員比率が193カ国中165位」。全問題を棚上げにして五輪に邁進するおじさん・おじいちゃん政治家ばかりのこの国にいると、しばしば他国がまぶしくて仕方ない。
コロナ禍で指導力を発揮しまくるドイツのメルケル首相、ニュージーランドのアーダーン首相、台湾の蔡総統。それ以前もフィンランドのマリン首相の誕生は衝撃的だったし、今回の米国大統領選挙でバイデン氏以上に注目を集めたのも、カマラ・ハリス新副大統領やアレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員ではなかったか。とにかく、近年多くの女性指導者が生まれ、活躍している。本当に同じ世界なのか、とさえ思う。
ブレイディみかこさんの最新刊は、そんな女性政治家たちが「政治(ポリティクス)という究極の“男社会”」でどのように闘いのぼり詰めたのか/サバイブしているのかを明快に語るもの。私が特に引っ掛かったのが、フェミニズムを利用して排外主義的な政策への支持を広げようとする「フェモナショナリズム」と、女性同士の連帯を意味する「シスターフッド」という言葉だった。現状認識と、その打開のためのキーワードを同時に得たように感じた。
●一緒に読みたいおすすめ本
斎藤美奈子『忖度しません』(筑摩書房、2020)
新しい家族のかたちを目指したい
ある日の店番中、お客さんと「〈しんどい〉時に読む、(勝手に)全幅の信頼を寄せる著者は誰か」という話をした。「こんな時はこの人の本を」とすすめあったのだが、その時、私はまっさきにカウンセラーの信田さよ子さんの名前を口にした。後日、今度は私が、信頼する人たちからこの本をすすめられた。
信田さんは、母親による支配が子どもにどんな影響をもたらすのか(特に母娘関係に対して)をいち早く、そして繰り返し指摘してきた。今回は「国家の暴力と家族の暴力が構造的に相似形だと知った」という信田さんが、その構造を暴き、いかなるレジスタンス(抵抗)が可能かまでを描く。新書のボリュームを超える、濃い内容だ。
親から子へ、愛情という名のもとに隠蔽され、振るわれる暴力で、たくさんの人が生きづらくなっている。ソトで他人にはしないことが、どうして家族になった途端、平気で無自覚に正当化されてしまうのだろう。自分自身もそんな振る舞いをしていないか、時に見直すべきだと思う。
こうした近代家族における権力と暴力を防止する方法の一つの可能性として提示されるのが、必ずしも父・母・子から成らない多様な家族のあり方だ。ペットと暮らす人、男性同士、女性同士で暮らす人──当たり前に皆が家族を名乗り、安心して暮らせる世界になってほしいと切に感じた。
●一緒に読みたいおすすめ本
信田さよ子『母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き』(春秋社、2008)
パンデミック下の東京から何を見るか
著者の山岸剛さんは、都市や建築空間を、写真でも言葉でも鋭くとらえる稀有な写真家だ。「人工と自然という、二つの異質な力がぶつかる。その力関係を観察し、写真に定着する」のが山岸さんのテーマ。前作『Tohoku Lost, Left, Found』では、津波と東北の街、時間と被災地──まさに自然と人工が対峙する一瞬を写し重ねることで、“あれから”の世界を浮かび上がらせた。
そんな山岸さんの次なる被写体が2020年の東京となったのは、とても自然なことだと思う。新型コロナウイルスという未曾有の脅威にさらされた都下の街のモノクロ写真に、それぞれ短い日記のようなエッセイが付されている。そこに写っているのは、東京湾という人工の海岸と海の汀や、地面に埋まっても自然にかえることなくあり続ける、劣化したプラスチックごみだったりする。
目に見えないウイルスが都市を蝕んでいく今が、身近な風景に重ねられる。都市がひた隠す人工の脆さとその成れの果てが、小さな誌面を超えて伝わってきた。
●一緒に読みたいおすすめ本
鬼海弘雄『東京夢譚』(草思社、2007)
PROFILE
編集者。本屋plateau books選書担当・ときどき店番。