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ソーシャル・メディアからは全力で逃げ出すべし!── シリコン・ヴァレーの良心、かく語りき【後編】

バーチャル・リアリティの父、またの名をジャロン・ラニア。テック界の伝説的存在が、テクノロジーがもたらす未来について、その不安と希望を語った。米版『GQ』8月号からの転載記事。
ソーシャル・メディアからは全力で逃げ出すべし!── シリコン・ヴァレーの良心、かく語りき【後編】

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こちらもラニアの自宅にて撮影。AR(Augmented Reality=拡張現実)ヘッドセットで使用されているレンズ越しに周囲を見渡すラニア。ちなみにこのレンズは何十年も前に彼が開発したもの。

白人優越思想にウンザリする若者と孤独なCEOたち

13歳の娘の父親であるラニアにとって「とってもステキ」なのは、「抗議のムーヴメントのおかげで子供たちがリアルな事物に注目するようになったことです。歴史のどういう流れがあってそういうことが? とか、南北戦争後の南部の再建はどうやって?とか、なんでこんな銅像が?とか。インスタグラムやティックトックに出てくる最新の馬鹿ネタではなくリアリティに注目するようになった。それってすごくいいことですよね」。人々に向上のための機会をもたらし、ものごとをヨリよく知り、そしてヨリ思いやりある人生を送るための助けとなるテクノロジー

さらなるいい話としては、パタゴニアコカ・コーラやユニリーバといった企業がフェイスブックをボイコットするようになった。「マーケッターは若年層市場の動向にビクビクしています。その若年層が、白人優越思想にウンザリしている。となると当然、広告主としては考えますよね」。それと、2020年7月にマーク・ザッカーバーグらテック界のリーダー4人を召還して開かれた連邦議会の聴聞会。「ほんとに驚いたんですが、あそこに呼ばれたCEOたちの、なんと孤独だったことか。政治的にも世間的にも、友人も仲間もいない。余人を排除して自分たちだけに都合のいいように不透明なやりかたで影響力を行使していた。だからあんなことになったのです」

では、あなたへの、ソーシャル・メディアの側からの反応は? 「フェイスブックの人たちは、私の立てた仮説には不賛成。聞いたことがあるのはそれだけです。ちなみに、会社のすごく上のほうにいる人たちですが」。そういってイタズラっぽく笑った。「どなたたちなのか、もしアレだったらヒントを差し上げてもいいですが」

シリコン・ヴァレーはヘンな世界で、そのなかにラニアが占めている立ち位置はさらにヘンだ。マーク・ザッカーバーグのような人たちはラニアに消えてほしいと思っているだろうし、あれだけのアイディアや人脈があるのに……と、もったいなく思っている人もいる。「『もっと稼げたはずなのに残念なやつだ』って知人からはいわれるでしょうね。『オマエなにやってるんだ?』って」

パンデミックで、同業者との関係はややこしくなった。アメリカからニュージーランドへ避難した人たちがシリコン・ヴァレー界隈にはたくさんいて、誘われたという。「何度か声がかかりましたが、私としては『いやぁ……』と。ここにいてダメなのに、なんでニュージーランドへいけば大丈夫なのかって思ったわけです。あそこはあそこで地震のリスクがあってかえって危ないくらいだし、いいところがあるとしたら、まだコロナでダメにはなってないことだけですよね。ここでダメならよそへいけ、的な考えかたは間違っていると思います。ここでダメならどこへいってもダメ、ですよね?」

どこへも逃れず、ここにいて、税金を納め、自分にできることをやる。スクリーンのなか、私の隣でラニアはそういった。なるほど、と私。ところで、未来については? この調子でいって、大丈夫なんですか?

ラニア先生えていわく、「たぶん」。

パンデミックのおかげで時間も必然性もたっぷりあったので、この次なにが起きるかについてはじっくり考えたという。そして気づいたのは、ウイルス起因の深刻な失業問題は、以前テック界の予想屋がいっていたAI導入による雇用の減少の話とすごく通じるものがあるということだった。「極端なものもありましたが、そういのは除いて、多くの人の予想では、社会のAI化によって今後10年から15年のスパンで雇用は減少すると。でこれ、パンデミックによる失業率の上昇と近いものがあります」

違うのは、パンデミックによる雇用の減少はいま現在起きているということだ。ではどうしたら? 彼が考えついた解決法は、たとえばユニヴァーサル・ベーシック・インカム(UBI)。ラニアは以前、前大統領候補アンドリュー・ヤングと交流があり、ヤングのポッドキャストに出演してその政策であるUBIをもっと盛大にバンバン、それも人間味のあるカタチでやるべきだとぶったことがある。それとラニアは自著『未来は誰のものか?』で「データ・ディグニティ」なるものを提唱した。データの名誉。簡単にいえば、デジタル・データの所有権はその製作者や貢献者に帰属するというものである。

ラニアいわく、現在のインターネット上のほとんどのシステムは利用者から搾取するように構築されている。その創作物であれ個人データであれ、容赦なく。「つまり、利用者に対して『あなたのデータの意味なんてあなた自身知る必要はありません。それにどれだけの価値があってどう使われることになるのかも』といっているわけです。『あなたは無価値な、金銭を支払われるに値しない存在で、価値があるのは我々の側にあるデータだけ。なんなら、あなたのデータを入れたロボットがあなたの代役をつとめます。人間よりロボット。ロボットは神。あなたはゴミ』」

あなたのデータを入れたロボットがあなたの代役をつとめます。人間よりロボット。ロボットは神。あなたはゴミです

グーグルやフェイスブックは日々利用者のデータを吸い上げ続けている。そうやってかき集めた情報へのアクセス権と引き換えに「広告主」から金をとりながら、ますますパワフルな存在となり続けている。だが彼らは利用者の貢献に対してはいささかの対価も支払うつもりはない。貢献とすら思っていない。「情報時代は、個人が同時に労働者でも消費者でも起業家でもある時代です」。で、たとえばの話、システムのなかで、個人データの提供という「労働」に対して報酬が支払われるようになったとしたら? 未来を構築するために自分が貢献しているとわかれば、そのぶん虚しさは感じなくなる。「社会を変えていくために自ら行動する勇気をもつことができたとき、人はヨリ一人前になります。精神的に目覚めた状態になる、ということです」

なお、これは最良のケース。では逆に最悪のケースだと、どういうことに?

「フェイスブックの勝ちはもうすでに決まってしまっているのかもしれません。もしそうだとするなら、デモクラシーは今世紀中に終焉を迎えるでしょう。利益に目が眩んだ偏執と分断のシステムがあまりにパワフルであるがゆえに利用者はそこから足を洗いきれない、ということはありうることです。そうしたら、あとに残るのはオリガーキー(寡頭制)やアリストクラシー(貴族制)の世界で、パンデミックや気候変動といったリアルな問題には対応できない。で、我々の負け。このような最悪の未来は絵空事ではありません。今世紀中に現実化するとまではいいませんが、しかし、ありうる未来のオプションのリストから除外することもできないのです。なぜなら状況は日々、そっちへ向かっていますから」

コンピューターを噛みちぎろうとした

マスクやCOVID-19に関する大量のウソ情報。フェイスブックやツイッターのなかを飛び交うそれらは次にフォックス・ニュースへと流れ込み、そしてラニアが指摘するところによると、フォックスでは出演者1人1人がソーシャル・メディアの役割を果たしている(情報発信者や中継者として、あるいはその隠蔽者として)。フォックスへ流れた情報がツイッターのフィードに表示され、そしてまた次のサイクルが新規に始まる。こうしたプラットフォームのパワフルさは「もはやリアルでの体験よりもメディア上でのそれのほうが、影響力が強い」ところまできてしまっている。「だから人々はウイルスのせいで何十万人もが死んでいるのを見物しながら、同時にそんなのウソだと信じ込んでもいます。人々をそんなふうにしてしまうソーシャル・メディアはまさに悪の温床といえます」

我々の社会の内部にずっとあった歪みや裂け目が、今回のパンデミックによって誰の目にも明らかなものとなった。それを放置しておいてかまわないと思わないのなら、修復しないといけない。ラニアとしては、世の中のためにこれから自分にできることをする気になっている、もう一度。コンピューターを窓から放り投げて壊してしまいたいと思ったことが私はあるが、ラニアは実際にそれをやった経験があるという。「もう、何度も。バラバラにして、その上から足で踏んづけたり。噛みちぎろうとしたこともあったなあ……。それと、高いところからガチガチに硬い地面の上へ落としたりとか」

リアルではそれぞれバークレーとロサンゼルスとに離れて存在しているラニアと私とが、いま同じスクリーンの中でなにやら隣どうしで座っている。現代の奇跡……といったらたいがいの人は「いまさらそんなもの」と笑うだろうが、しかしラニアはおおマジメでこれを作った。コンピューター・テクノロジーがもたらす明るい未来を、彼はまだ信じている。本気で。

スクリーン上で身振りをまじえながら彼がいった。「ところで、いまここでの2人の写真があったら、ほしいですか?」。それはぜひ、と私はいった。記念の1枚があれば、ヴァーチャルがリアルになる。

「では」とラニア。「撮れると思います。でも、少しだけ待ってくださいね」

そういいながら、ボタンをカチャカチャ。そしてなにをいっているのかと思ったら「あー違う違う。コンピューターの専門家としたことが……」

記念写真は撮れなかった。とりあえず、なんとかなったのはただのスクリーンショット。がっかりするラニア。でもくじけなかった。

「よし。じゃあ、もういっぺんやりますよ」。はい。「用意はいいですか?」

Jaron Lanier

ジャロン・ラニア

1960年、米ニューヨークシティ生まれのコンピューター科学者、ヴィジュアル・アーティスト、作曲家、作家。VPLリサーチ社の創立者として、「仮想現実(VR)」という概念を社会に広めた。世界中の楽器を集めており、世界一大きいフルートを所有している。

Words ザック・バロン Zach Baron / Photos オーブリー・トリナマン Aubrey Trinnaman
Translation 森 慶太 Keita Mori

Alamy / アフロ