CULTURE

華麗なアパレル業界の "笑えない現実" を風刺。『グリード ファストファッション帝国の真実』

安くて早いサイクルで最旬のデザインが手に入るファストファッションの闇を描いた映画『グリード ファストファッション帝国の真実』が6月18日に公開される。
華麗なアパレル業界の 笑えない現実 を風刺。『グリード ファストファッション帝国の真実』

街ゆく人々が身にまとう今季のトレンドを素早く取り入れて衣料品を大量生産し、お手頃な価格で消費者に届けるファストファッションは、過去20年余りのうちに私たちの日常にすっかり浸透した。ユニクロ、GU、ZARA、H&Mなど、そうした業務形態を採用するグローバル大企業の数々は、繁華街の一等地にどんどん店舗を増やし、都市の風景と人々の装いを変えてきたのだ。

『グリード ファストファッション帝国の真実』は、こうしたビジネスモデルによって財を成した架空の大富豪を主人公に、極端な貧富の差が生まれてしまった現代社会の虚飾と残酷を描き出す風刺劇である。一応、フィクションのかたちをとってはいるが、スティーヴ・クーガン演じる主人公のリチャード・マクリディ卿のモデルが、イギリスを代表するファストファッション・ブランド「TOPSHOP」を擁するアルカディア・グループの総帥、フィリップ・グリーン卿であることは一目瞭然だ。

2019 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

物語の案内役となるのは、マクリディの半生記を書くために雇われたライターのニック(デヴィッド・ミッチェル)である。彼はマクリディ卿の還暦を祝う大パーティを5日後に控えたギリシャのミコノス島に招かれ、集まってきた関係者たちにインタビューをおこなう。パーティのテーマはギリシャではなく古代ローマ帝国、というか映画『グラディエーター』。青く澄んだ地中海を臨む高台ではマクリディ一行の余興のためにハリボテの円形闘技場の建造が進む一方で、海岸ではシリアからの難民たちがキャンプ生活を余儀なくされている。

実のところマクリディには、このパーティで名誉挽回を図ろうという思惑があった。イギリス当局から会計上の不正を追及され、国内外の劣悪な労働環境に対する批判の声も高まる中で、セレブリティを集めた華やかな宴で実業家としての権勢をアピールしようというのだ。しかし出演者も招待客もキャンセルが相次ぎ、トラブル続出。パーティの準備のドタバタと同時進行で、マクリディがどんな風にのし上がってきたのか、また国外の縫製工場はどんな状況なのかも、ニックの取材というかたちで語られる。

マイケル・ウィンターボトム監督は、1995年の『バタフライ・キス』で劇場用長編デビューを飾って以来、1年に1作のペースでさまざまなジャンルの映画を発表してきた。彼とスティーヴ・クーガンによる「近過去の実話」を元にした作品といえば、70年代後半から90年代初頭のマンチェスターを舞台にレコードレーベル「Factory」の盛衰を描いた『24アワー・パーティ・ピープル』(2002年)が思い出される。あれも目ざとく野心的なトニー・ウィルソン社長の「成り上がり」の物語ではあるのだが、そこには新しい音楽と地元コミュニティへの愛情も確かに存在していた。それに対して、本作で描かれるファストファッションの世界は、ビジネスの規模が格段に大きく、苛烈な搾取が横行し、マクリディという人物から服への愛情は微塵も感じられないのだった。拝金主義と金融資本主義が猛威を振るうようになってしまった現代社会への反省と怒りが込められた、苦いブラック・コメディである。

そういうわけで『グリード』は決して「楽しい」作品ではないのだが、TOPSHOPをはじめとするファストファッションが栄華を極めていた2000年代前半にロンドンに住んでいた筆者としては、この「全然おしゃれじゃないイギリス」の気分が映画というパッケージに収まっているのは、実はすごく貴重なのではないか!? と思う。海外の文化に関して、渋いインディーバンドや文学作品の情報を熱心に追いかけているマニアがいても、テレビや広告といった大衆文化ど真ん中を支配しているノリは案外伝わってこなかったりするものだから。たとえば雑誌『i-D』なんかを眺めていると、イギリスの若者はみんな人権意識が高くておしゃれなのだと勘違いしてしまいそうになるが、やはりこの映画で描かれているような俗っぽくギラギラした「成功」のイメージも、たくさんの人々を惹きつけているのだ。

ちなみに、TOPSHOPは2006年に日本1号店をラフォーレ原宿にオープンし、2008年より森ビル系列の日本企業がフランチャイズ形式で全国展開していたものの、2015年には日本から完全撤退している。『グリード』がイギリスで公開されたのは2019年の秋。その後、TOPSHOPはCOVID-19感染流行の影響を受け、2020年、ついに経営破綻に至った。

新しい多彩なアイテムを低価格で販売するファストファッションが、装うことの楽しみを多くの人々にもたらしたのは事実だ。しかし、それが労働者や地球環境に重い負担をかけ、使い捨てを加速させていることは疑いようがない。いま、社会正義を重んじる人々は持続可能性を意識したブランドや古着に向かいつつあるが、日本では謎のドレスコードや横並び意識、そして貧困のせいで「脱ファストファッション」がとりわけ難しい状況ができあがってしまっているように思う。しかし、このままでいいはずがないのだ。「君はどうする?」というウィンターボトムの大真面目な問いかけ、しかと受け止めて、より良い未来を探りたい。

DSC_6281.NEF2019 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION


『グリード ファストファッション帝国の真実』
ファストファッション・ブランド経営者の栄光と転落をブラックユーモアを織り交ぜながら描き、ファッションビジネスの闇に鋭く切り込んだ社会派ドラマ。ファストファッション・ブランドの経営で財を成したリチャード・マクリディは、自身の還暦パーティを盛大に祝うため、ギリシャのミコノス島へやって来る。イギリス当局から脱税疑惑や縫製工場の労働問題を追及されたリチャードは、このパーティでかつての威光を取り戻そうとしていた。しかし、傲慢に振舞うリチャードと周囲との間には不協和音が生じはじめ……。6月18日全国ロードショー。

文・野中モモ