CINÉMA JAPONAIS

【三島有紀子】演出が冴え渡る黒澤、神代、成瀬は何度、観返してもいい──みんなで語ろう!「わが日本映画」

最新作からコロナ禍があぶり出した古典まで、各界の論客が「わが日本映画」を語る。──2017年公開の『幼な子われらに生まれ』が第41回モントリオール世界映画祭で審査員特別大賞に輝くなど、世界的な評価も高い三島有紀子がコロナ禍に観直した約60本からおすすめの日本映画をチョイス。監督のマニアックな解説が止まらない、止まらない!

YUKIKO MISHIMA

三島有紀子監督の映画『Red』は昨年2月に封切られたが、コロナ禍に見舞われるなど自身も打撃を受けた。三島監督は、いまコロナ禍にある映画関係者をサポートするとともに、若手映画監督を育てるプロジェクト「DIVOC-12」に参加している。

「いまの段階では非常に充実した企画になっていると思います。私にとっていちばん大きかったのは、つくりたい想いを抱えている若手のみなさんに作品をつくる機会を持っていただけることでした。自分自身も、演出部で助監督と呼ばれる仕事をしていた時期は、作品をつくるチャンスがなくて悶々としていたこともありました。演出部の優秀な若い人たちと一緒に作品をつくってきたので、彼ら、彼女たちが自分の作品をつくる道筋を示してあげられるこのプロジェクトはとても有意義だなと思いました」

春に撮影予定だった新作が制作延期に追い込まれたという三島監督も「とりあえず映画を観よう」とコロナ禍にはたくさん映画を観たそうだ。監督が選んだ3本を演出家の視点で解説してもらおう。

『生きる』(監督・黒澤 明)

「大学に入ったら映画を撮ると決めていて、入学直前の春休みに『これだけはもう一度観ておかなければいけない』と思って観ました。人生の意味とは何か?というテーマに向き合っており、何度も観ている作品です。志村喬さんが演じる主人公が生きる目的を見つけた時、ハッピーバースデイの歌が流れます。つまり、目的を見つけ魂が躍動し始めた時に人は本当の意味で『誕生する』ということなのだなと感じ入りました。その演出に18歳だった私は圧倒されました」

『恋文』(監督・神代辰巳)

「神代監督の作品では特に『恋文』が好きです。出演者は萩原健一さんと倍賞美津子さん、高橋惠子さん。ショーケンが美術の先生で、奥さんの倍賞美津子さんが雑誌の編集者で生き生きと働くキャリアウーマンです。そこに昔の恋人だった高橋惠子さんから一通の手紙が届きます。『白血病で余命いくばくかと言われているので命が尽きるまで一緒にいてもらえないか』という内容でした。倍賞美津子さんは期限付きと思いそれを許すんですが、高橋惠子さんが亡くなって、普通だったら約束通りショーケンは家に帰ってくるわけですよね。マンションでは倍賞さんと子どもがじゃれあっていて、ショーケンの足音が聞こえてくるのですが、ドアの前で足音が止まって、やがて遠ざかっていくんです。その時の倍賞さんの表情がとにかくすばらしい。繊細なお芝居に役者さんをあらためて尊敬しました。事象よりも感情を丁寧に追いかけるという意味で特に衝撃的な映画でした」

『女が階段を上る時』(監督・成瀬巳喜男)

「高峰秀子さん演じる主演の女は銀座のクラブで働いているんですが、いろんな苦境に立たされて『この人と結婚すればホステスの仕事から逃れられる』と、一縷の望みを持ってある男に会いに行くわけですよ。その男性を演じたのが加東大介さん。ワンカットでしかも台詞がなくてもすべてが伝わる演出がされています。ふたりがむかい合って立っていて、3歳ぐらいかな、男の子どもが三輪車で女のまわりをぐるぐる回るんです。一瞬で男には家庭があったことがわかりますし、女の愚かな行動も伝わる。鳥肌が立つぐらいすばらしい演出だと思いました。最後は高峰秀子さんがクラブの階段を上がっていくシーンで終わるんですが、それはここにしか生きる道がないという切なさでもあり、それでも生きていくしかないという人間のたくましさでもあり、素敵な映画の終わり方でした。
こんな話でよければたくさんあります。川島雄三監督の『暖簾』という映画……森繁久彌さんと山田五十鈴さんの夫婦はあまりうまくいってないんです。が、屋台のうどん屋で山田五十鈴さんが自分のきつねうどんのお揚げをぺろっと森繁久彌さんの鉢に入れるシーンがあって、二人の関係性の変化が食事で演出されているんですね。三池崇史監督の『DEAD OR ALIVE 2 逃亡者』の、船上で食べるうどんのシーンの演出も食事のシーンの演出として秀逸で好きです。降旗康男監督の『あ・うん』の、好きな人へ向かっていく時のハイスピードの使い方。富司純子さんが誰も見ていないと思って歌って踊るシーンも、人が人に惹かれるのは、綻びが見えた瞬間なんだなと、好きなシーンです。『女殺油地獄』のクライマックスシーンで祭を背景に殺しをするシーンであえて五社英雄監督の無音にするという音の演出……もう、いくらでも話ができます(笑)」

「DIVOC-12」プロジェクトでなにをやるか

クリエイター、制作スタッフ、俳優などを支援するためソニー・ピクチャーズ エンタテインメントによって発足。三島監督のテーマは「共有」。「これだけ世界中の人たちが同じ痛みを共有したことはないと思うので、じゃあここから人間という生き物が何を共有できるのか、していくのかを見つめていきたいと思いました」

『Red』

監督作品『Red』

2020年公開、監督:三島有紀子、出演:夏帆、妻夫木聡。直木賞作家・島本理生の小説を映画化。危険な求愛に心を揺り動かされる女性を描く。配給:日活。©2020『Red』製作委員会

オススメの3本

『生きる〈東宝DVD名作セレクション〉』

1952年公開、主演:志村喬。「元同僚の女の子が"うさぎのおもちゃをつくっていると日本中の子どもと友だちになれる気がする"って言うんですけど、黒澤監督の映画づくりにも通じると感じます」。¥2,500(DVD)/発売・販売元:東宝

『恋文』

1985年公開、監督:神代辰巳、主演:倍賞美津子。「足音のシーンで、行動を決意するときは気持ちが足元に表れると学びました。それで自分も足元を撮ることや足音を入れることが多いのかもしれません」。配給:松竹富士

『女が階段を上る時』

1960年公開、監督:成瀬巳喜男、主演:高峰秀子。黛敏郎の音楽も話題になった。「作品全体がすばらしいと思うんですけど、高峰秀子さんが衣装も担当されていて、衣装が人物像だけでなく心情も表しています」。配給:東宝

PROFILE:

三島有紀子 映画監督

大学で自主制作映画を撮りはじめ、卒業後はNHKに入局。ドキュメンタリーを数多く手がけた後、2003年に劇映画を撮るために独立。『幼な子われらに生まれ』が第41回モントリオール世界映画祭で審査員特別大賞受賞。

文・サトータケシ