ベース艇のデザインは奥山清行
藤原ヒロシ主宰の「フラグメント(fragment design)」がヤンマーの旗艦「X47 EXPRESS CRUISER」をプロデュースし、「X47FRGMT」として限定販売される。
ベースのX47は、フェラーリ・エンツォやマセラティ・クアトロポルテのデザインで知られる工業デザイナーでヤンマーホールディングス取締役をつとめる奥山清行がデザインした高性能クルーザーだ。全長14.53m、約47フィートの船体はフェラーリを思わせる流線型で、後部にヤンマーの船舶用ディーゼル・エンジン、4.5リッターV8ツイン・ターボを3基搭載、370馬力×3の大パワーでもって、その流麗なボディを最高速度40ノット(74.08km/h)に至らせる。自動車で74km/hはたいしたことないけれど、40ノットの船は高速艇に分類される。高速艇でありながら、ふたつのスイート・キャビンとラウンジ、キッチンを完備する贅沢な空間を併せ持つところが、X47 EXPRESS CRUISERの特徴だ。
2019年12月にバハマ諸島で初公開されたX47は純白と赤の2トーンで、南国の青い海と太陽が似合いそうだった。そのX47を、キング・オブ・ストリートはどう仕立て直したのか? 藤原ヒロシはこう語る。
「これはスポーツカー、プラス・ベット付きみたいな船で、スポーツボートなんだけど、ベッドルームがあって泊まれるというやつなんです。僕のコンセプトは、どっちかというと、ベッドルームがあって泊まれるというほうなんだけど、それでいてスポーツボートでもあるというわけで、オリジナルの逆かもしれません」
初めて船をデザイン
船のデザインはそれまで考えたこともなかったそうで、スポーツボートというカテゴリーも、2018年冬に依頼を受けて、初めて知ったぐらいだった。
「内装、ベッドもテーブルも取りたいと思っても、不可能なんですね。船の底をふくめて、全部があらかじめ成型されている。全部でき上がっていて、そこに(僕のアイディアを)付けていくので、これはむずかしいと思いました」
ベッドやテーブルを取ったりはできないということは、つくり方を教えてもらうべく、詳細設計と生産を担当するAzimut(アジムト)社を、イタリアはトリノの山のなかに訪ねて知ったことだった。
「ま、でも、僕は限られたなかで(デザイン)していくのはけっこう好きなほうなので、向いていたかな、とは思います」
オリジナルのX47は、最大12名でのクルージングと、最大7名が宿泊できる最新の設備をキャビンに備えている。イタリア製の素材を用いたラグジュアリー空間だ。それを、もっとシンプルにしたい、と藤原ヒロシは考えた。
「ゴチャゴチャしたものをなるべくなくして、普通にリビングみたいにしたりとか、いわゆるヴィンテージっぽいカーペットを敷いて、デッキを全部ウッドにしたり。ソファの素材は、船の場合、普通はビニールっぽい革なんですけど、それを防水のコットンぽいものにしたりとか……。もしかしたら船を買うひとは、もっときらびやかなほうがいいのかもしれないけど、そういう意味では地味といえば地味かもしれないです」
自宅のリビングを再現
ラウンジにカーペットを敷く、ということそれ自体もクルーザーでは常識はずれだろうに、30〜50年前のペルシャ絨毯を再染色して使う。ヴィンテージものだけに1艇ごとに異なる柄や風合いになる。量産品ではかなわない、唯一無二のデザインで、なにより長年住み慣れた自宅のような親しみやすい雰囲気を醸し出すことが想像される。
オリジナルではプラスティック素材のデッキ部分には、天然のチーク材を貼った。手入れの手間はかかるものの、天然木の風合いと経年変化による深みはチーク材ならではだ。
もうひとつ大きな違いは、シートの配列である。オリジナルはキャビンとアウトデッキに、それぞれ別個にコの字型に配置している。屋内と屋外を明瞭に区分する扉があり、屋内と屋外のシートを別々に使用することを前提にしている。藤原はそれを、扉を開けて使うことを前提に、アウトデッキからキャビンにかけてまっすぐベンチシートを配置し、ウチとソトの区別を排除して、より広々とした自由度の高い一体空間をつくりあげている。
「高級ホテルみたいなラグジュアリーなものではなく、猫足の家具があるようなものでも、いわゆるピカピカなものでもなく、シンプルで、基本的にはウチの応接間と同じような感じのものにしたんです」
キャビンとデッキからプライベートな雰囲気がにじみ出ているのは、藤原ヒロシの自宅のリビングのムードが再現されているからなのだ。
黒い外装色
紹介の順番が遅れたけれど、外装色は藤原ヒロシのシグネチャー・カラーともいえる黒。この種の船のほとんどは白色が基調だから、きわめて珍しい。
「真っ黒じゃなくて、黒に近いグレーです。黒い船ってあんまりないから、そもそもレギュレーションで黒はダメだとか、そういうのがあるのかと思ったんですけど、アジムト社とすり合わせていたときにも、なにもいわれなかった。下のキャビンも、ホントは広くしたかったんですけど、それは絶対無理だということがわかったので、できる範囲のことをやった。船の常識を知らないので、黒でできるのかとか、ヒントなしでつくっていって」
唯一の気がかりは、このコロナ禍でイタリアのアジムト社を訪問できず、自分の目でそのでき栄えを確かめられなかったことだ。
「ひと口に黒といっても、すべての黒は違う色なんで、これは出来上がったのを見てみないと……」
藤原にとってもX47FRGMTは楽しみな作品ということになる。価格はオリジナルのX47の約1億5000万円(オプション別)に対して、約2億円で、世界限定3艇が生産される計画だ。
「一応、次は、もっと大きいのをやりましょう。と、なんとなく、そういう話はしているんです。現実味があるかどうかはわからないですけど」
キング・オブ・ストリートの快進撃にさらなる注目だ。