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【祐真朋樹】なんでもないことは流行に従う重大なことは道徳に従う──みんなで語ろう!「わが日本映画」

最新作からコロナ禍があぶり出した古典まで、各界の論客が「わが日本映画」を語る。──本誌隔月連載の「ファッション手帖」でおなじみの祐真朋樹に、ファッションのレンズで見る傑作日本映画を尋ねると、意外な答が返ってきた。

TOMOKI SUKEZANE

日本がバブルに浮かれていた頃、有名な日本人デザイナーが雑誌でインタビューを受けていたのを読んだ。「日本の男も最近はお洒落になりましたね」という取材者の問いかけに対し、そのデザイナーは「そんなことはありません。むしろ、戦中や戦後すぐの男たちの方がずっとお洒落だったと思いますよ」と答えていた。当時は戦中・戦後の男のファッションと言われてもピンと来なかったが、その言葉は長く僕の頭の片隅にインプットされていた。

新型コロナ騒ぎが大きくなる少し前、気の合う若い編集者に誘われて、深川不動堂前の「近為」で深川丼を食べた。その後、昭和の風情が残る街を散策してブルーボトルでコーヒーを飲むという、なんとも心地よい時間を過ごした。すると、若い編集者は「小津映画好きですよね?」と聞いてきた。「好き好き大好き」と即答したが、考えてみれば作品をきちんと通しで見たのは『東京物語』と『秋刀魚の味』の2本だけである。後はYouTubeやTVで名シーンをいくつか見たのと、『小津安二郎と「東京物語」』(貴田庄著、ちくま文庫)を読んだだけ。世の中に億といそうなオヅファンの中では末端中の末端である。にわかでお恥ずかしい。そんな僕を若い編集者が連れて行ってくれたのは古石場文化センター内にある小津安二郎紹介展示コーナーだった。

入り口に飾られていたのは、「なんでもないことは流行に従う  重大なことは道徳に従う  芸術のことは自分に従う」という小津監督の言葉。この言葉は、僕が小津映画から感じ取っていた世界観と絡みあって、まるで大口を開けた雲龍が獲物を襲うかのごとく、僕の心をのみ込んだ。ショックで暫し呆然としたあと、紹介展示コーナーへ。小津監督の古い写真を見て、生い立ちなどを知る。すると、僕の小津作品への興味はどんどん膨らんでいった。

ちょうどその頃から新型コロナ感染が拡大してきて、以降、家で作業することが増えた。僕は仕事の合間にNetflixやU-NEXTでドキュメントフィルムや古い映画をよく見るようになった。もちろん小津作品もチェック。最初に見たのは、『彼岸花』。小津映画初のカラー作品だ。それまでの作品ではモノクロだったものすべてに色が入っていた。日本家屋はもちろん、テーブル、畳、ふすま、食器、着物など、当然のごとくすべてに色があり、実際に近い有機的なものに見えた。にもかかわらず、モノクロ作品同様、小津映画特有の静寂に満ちた世界が展開されてゆく。掃除が行き届いた部屋。ちりひとつ落ちていない廊下……。そんな清潔感漂う空間を着物姿で歩く奥様、そして洋装の娘たち。主人公は靴を脱いだスーツ姿で廊下から部屋へ入り、スーツから寝間着に着替える。小津作品ではよく登場する、男の帰宅時の着替えシーンだが、僕はここに強く魅力を感じる。畳の部屋で昼間着ていた洋服を脱ぎ、浴衣に着替えてリラックスする。この姿は、当時の日本人を見事に捉えているように思う。こういう日本特有の和洋折衷な生活様式を見ていると、なぜか心が和むのだ。僕はまだ生まれていない時代だが、戦後〜1950年代の日本のあるクラスでは、そんな日常が当たり前だったのだろう。和服で待つ奥さんの前でスーツを脱ぎ、ネクタイを外し、シャツを脱ぎ、浴衣姿や寝間着姿になる。そして着替えながら、今日外であったことにボヤいたり、自分が出掛けている間に家であった出来事を聞いたりして、ため息をつく。そんな会話に惹かれる。会社や酒場などでの姿とはまったく違う、スイッチがオフになった男の解放感が、見ている者をも心地よい気分にさせてくれる。

『彼岸花』の冒頭では、主人公を演ずる佐分利信が結婚式でスピーチをするシーンがある。そこでの言葉使いや間が何とも洒落ている。聞く者が飽きない程度の時間配分も完璧だ。こんな風に挨拶ができたらいいな、と憧れる。全編を通し、田中絹代演ずる奥様が常に微笑んでいるのもいい

『彼岸花』では初カラー作品を意識していたからか、テーブル上に置かれる器や娘が手に持つバッグ、テーブルの下に置かれたやかんや病室の花やポットには赤が使われている。ゴルフ場のシーンでは、黄色にブルーでバヤリースのロゴが入った灰皿が置かれていた。色や文字が緻密に計算されて配置されているのも見逃せない。どのシーンを切り取っても、美しい写真になるのだ。これを映画批評界では「ミザンセ−ヌ」というらしい。娘役の有馬稲子のブルーグレーなニットポロや、恋人役の佐田啓二のまっ白なスウェットシャツ、そしてふたりのシルエット。そのどれもが強烈に胸に焼き付いて残る。

後半の同窓会場面では、笠智衆が詩吟を吟ずる姿が興味深い。それを聞き終えると一同で「楠公の歌」を熱唱。オヤジの集まりであるのに品がよく、ついつい見入ってしまう。その場面から翌朝の爽やかな光景への切り替えは見事だ。海を眺めながら、笠智衆が佐分利信と子どもの話をする流れも実に心地いい。デザイナーが話していた、昭和中期の男たちの格好良さとはこういうものなのかと、少しわかった気がした。

と、『彼岸花』の話ばかりしていたら、そのほかに見た『お茶漬けの味』『秋日和』『晩春』『麦秋』『浮草』『東京暮色』、そして、サイレント映画の『非常線の女』『朗らかに歩め』など、見たものすべてを話すスペースはなくなってしまった。いずれにしても、小津作品に出てくる男たちは、格好も所作も話し方も、どれも素敵極まる。そのベースには、「なんでもないことは流行に従う  重大なことは道徳に従う  芸術のことは自分に従う」という信念があったからなのではないだろうか。

新型コロナの終息にはまだまだ時間がかかるだろう。でもこんなときだからこそ、立ち止まって小津映画をもっと見たいと思っている。小津監督本人の服装へのこだわりにも興味は尽きない。小津映画が教えてくれることは、まだまだ山のようにあるはずだ。

オススメの3本

『男はつらいよ寅次郎夕焼け小焼け』

1976年公開、監督:山田洋次、主演:渥美清。『男はつらいよ』シリーズ17作目。本作では太地喜和子がマドンナを務めた。¥2,800(Blu-ray)/発売・販売元:松竹

『悪名市場』

1963年公開、監督:森一生。勝新太郎と田宮二郎共演の痛快任侠アクション『悪名』シリーズの第6作。港町を舞台に朝吉と清次が、自分たちの名をかたる詐欺師と対決する。配給:大映

『女は二度生まれる』

1961年公開、監督:川島雄三、出演:若尾文子、藤巻潤、山村聡。変転かぎりない女の愛のすがたを描く富田常雄の文芸大作『小えん日記』(講談社、1959年)を映画化。配給:大映

PROFILE

祐真朋樹

ファッションエディター

1965年京都市生まれ。ファッションエディター。21歳で上京し、男性誌のエディターをした後、スタイリストとなる。雑誌『Casa BRUTUS』や弊誌などのディレクションの他、広告等でタレント・アーティストのスタイリングも手がける。

文・祐真朋樹