BEER

醸造所「West Coast Brewing」──シアトル出身の建築家が、静岡を旨いビールで盛りあげる(後編)

いま、ビール業界で静岡の用宗(もちむね)にある「West Coast Brewing」が注目を集めている。設立者はシアトル出身の建築家、デレック・バストン。なぜ、この醸造所はビール好きを唸らせているのか? 設立までのストーリーを追いながら、その魅力をさぐる。後編では商品の魅力とこれからの意外な計画を伝える。
West Coast Brewing
SHINSUKE MATSUKAWA

港町で生まれる“Hop Dude”のストーリー

前編でお伝えした通り、用宗(もちむね)は長閑な港町だが、2019年に「West Coast Brewing」(以下WCB)が誕生したことで、この街にいい刺激を与えるキャラクターが誕生した。それが、ホップを生き物にみたてた“Hop Dude(ホップデュード)”だ。

右上から時計周りに「Full Hop Alchemist v14」、「Hop Wave」、「Starwatcher CBD」、「Never Enough Bass」のラベル。

WCBは月平均6本とめくるめくスピードで新作を発表しており、大半のラベルにHop Dudeが描かれている。ホップの毬花(きゅうか)に手足を生やした彼らは、宇宙の未確認生物のような謎の存在。静岡を舞台に遊んでいるようだ。

ある時は駿河湾を背景にハンモックで寝ていたり、サーフィンを楽しんだり、浜辺でDJプレイをしたり、親子で富士山を眺めていたりもする。もちろん、彼の好物はビールだ。

新作の数だけキャラクターが増えていく。作者は英国マンチェスター在住のイラストレーターで、WCBからのシーン説明や背景資料をもとに描きおろされている。一様にご機嫌な雰囲気を醸しているが、時におどろおどろしい。よく見るとキャラに3つの棲み分けがあり、そこにはデレックさんのブランディングの意図があった。

「基本、自分たちが飲みたいビールしか作ってない」(デレックさん)

SHINSUKE MATSUKAWA

休肝日は月曜日。

SHINSUKE MATSUKAWA

「ダークビールがダークサイド、IPAがライトサイド、サワー系は中立系。中立系はお金次第でどっちにも行くイメージ(笑)。ダークサイドとライトサイドの主張はそれぞれ違い、お互いに自分たちが正しいと信じている。世の中、どこにでも派閥はあって、だから人はスターウォーズに共感しますよね。ああいう世界観を新作ごとに発表しています。壮大なストーリーを描いていて、何年もかけて広げていきたい」

擬人化されているので、新作の飲み心地を人に表すのも面白い。例えば、アルコール度数3.5%のサワー系「_vibe_machine」の感想は公式YouTubeライブで以下のように語られていた。

「小さい頃に仲がよかった女の子に同窓会で久しぶりに会って、昔の感じで話せるんだけど、髪が伸びていて、一緒にサッカーとかしてたはずなのに、彼氏の話をされて、“あっ……”と思った感じ」(静岡市のクラフトビール専門店「Beer OWLE」オーナー・草場達也さんの感想)。

アメリカの名だたる醸造所の組み立てを任されてきた職人・アランさんをモデルとしたHop Dude。髪型も本人のまま。いまでも醸造設備で困ったことがあると遠隔で助けてくれる頼もしい存在だ。

SHINSUKE MATSUKAWA

要は甘酸っぱい。こういった話を時おりSNSで発信していて、ビールマニア以外の人の興味もひく。そもそも味わいの完成度が高いことを前提にできる遊びでもある。そんな身近さやHop Dudeが遊ぶ世界観に惹かれるファンも多く、ラベルを集めるコレクターもいる。

サイズもブランド戦略のひとつで、日本で主流の350ml缶ではなく、あえて500ml缶のみで勝負。結果、小売店の棚で目立ち、売れ行きは好調だ。既にブランディングは成功しているように見えるが、デレックさんが見据える先はさらに遠くにあった。

「最近、タイ台湾香港への輸出も始めました。アジアの国々にはアメリカやオーストラリアからのビールも入ってくるから、たくさんのブランドが並ぶなかでパッと見た時に差別化できるものじゃないといけない」

Hop Dudeが海を渡りだした。きっと、欧米のビールに負けない存在感を放つだろう。

「West Coast Brewing」のチームと。現在は日本、アメリカ、フランス3カ国の醸造家が活躍する。

SHINSUKE MATSUKAWA

とにもかくにも、腕と水がいい

見た目だけでなく、きっちり美味しいからファンが離れない。現在、マネージャーを任されているのはカリフォルニア州パサデナ出身のショーラー・グラントさん。もともと彼はLAで一番勢いがあるとも言われる「Highland Park Brewery」の出身だ。デレックさんは慶應時代のつてでアメリカ西海岸のクラフトビール関係者と交流があり、ショーラーさんに巡りあった。

遠隔でのやりとりだったが、ふたりはすぐに意気投合。「気がついたら日本で働いていた」と話すショーラーさんはLA仕込みの腕を発揮し、日本になかったスタイルのビールを作り続けている。

特筆すべきは、アメリカ、ニュージーランド、欧州から調達する上質なホップをこれでもかと使い、強炭酸に仕上げていること。レシピの多くは「Highland Park Brewery」から着想を得ている。

「2年後を目処に沖縄でも店を出したいです。現地にいる米軍の彼らは、故郷アメリカで飲んでいたビールが恋しいはず。沖縄はこれからもっと盛り上がるだろうし、アジア各国から旅行者が来る場所だから発信にも繋がります」(デレックさん)

SHINSUKE MATSUKAWA

ショーラーさんは、「日本にあるほとんどの醸造所よりも、はるかに多くのホップを使用していると思います。ここ日本で他のIPAを飲んでみると、ホップパンチのようなものはあまり得られません。例外はあるかもしれませんが、それを味わえるのが最大の違いのひとつ」と、その個性を話す。

さらに決め手となるのが、デレックさんが惚れ込んだ用宗の天然水だ。60m掘って汲みあげる井戸水は、そのまま飲んでも旨い良水。ビールは全成分の約9割が水なので、当然、水質が味を大きく左右する。WCBには安倍川河口に近い地の利があった。

「安倍川上流から河口まで流れてきて、海のすぐ手前で汲みあげる伏流水は、自然のフィルターが最大限かかっているなめらかな軟水。うちのビールは軟水が理想で、IPAやピルスナーは特にそう。もともとピルスナーが生まれたチェコはミネラルが何も入っていない超軟水でした。その水がピルスナーのスタイルを作りあげたので、用宗のミネラルが少なめの軟水は最適です。ヘイジーにもIPAにもめっちゃ合います。不純物も何もない。ビールを一番美味しくする天然水がここにはあって、本当にラッキーです」

LA仕込みの技術と日本の天然水が出会うことはそうそうない。恵まれた環境でいくつかの名作が生まれ、筆者もシーズンごとに味わう新作が楽しみだ。

例えば「The Technician」は今日飲んだら明日も欲してしまう魔性のサワーエール。秒ごとにシナモン、ライム、カカオ、ココナッツが表れ、エキゾチックで複雑ながら清々しい気持ちにもなる。

ちなみにその名は醸造設備を据え付けしたサンディエゴ在住の凄腕職人、アランさんに由来しており、ラベルのHop Dudeも彼がモデル。「この人のおかげでここがある。彼を表すならこれだった」と、デレックさんが影の功労者を称えるビールは流石にスペシャルだ。

右から「Harmonic Dreams」、「The Black Book VP」、「The Technician」。注ぎたてはなぜこんなに旨いのか?タップはグラス¥750〜 

SHINSUKE MATSUKAWA

もうひとつ、ダブルIPAの「Harmonic Dreams」についても知って欲しい。これは日本では珍しい“ホップハッシュ”という特殊なホップ商品を輸入して作ったビール。麻やヨモギ

のような草の香りがあり強烈にホッピーで、ほどよい苦味とほのかな甘みも感じられる。

デレックさんはその飲み心地を「こんなDank(ダンク)でいいのかな? でも、みんなが期待するのはこれぐらい」と、攻めすぎた味に納得していた。Dankを日本語で言うのは難しいが、長州力さんの最近の名言「飛ぶぞ」といったところか。

「Harmonic Dreams」のラベル。デレックさんと彼の息子は毎週末ふたりでEDMを作っている。その大切な時間をイメージした絵柄。

ラベルにはパソコンに向かい曲作りをするHop Dudeが描かれていて、それはデレックさんと17歳になる息子の毎週末のお楽しみの時間を意味している。よって、名前も音楽を連想させる言葉をつけた。

また、ビール好きの間ではヘイジーIPA(濁っていてジューシーなIPA)もWCBの代名詞になっている。ここ1〜2年、日本でヘイジーIPAが流行りだしたことがブルワリーの設立時期とはまり、“本場仕込みのヘイジー”とブレイクしたのだ。デレックさんも「5年前だったらダメだった」と言い、タイミングも味方についた。

「うちの缶のビールはほとんど静岡県外で売られている。県民ではまだまだ知らない人が多いので、もっと僕らが呼ばないといけない」(デレックさん)

SHINSUKE MATSUKAWA

ビールは“いま”を楽しむもの

「単純に言うと、僕らは格好いいと思われたい」とデレックさん。上手くいっている秘訣は、醸造所でありながらライフスタイルブランドに近い意識があるからかもしれない。

実際、「ブルワリーは、ビール造りから派生して色んなビジネスを展開することができる。まだ誰もやっていないあれこれを始めて、チームがもっと活躍できる場を作っていきたい」と話す。いま始動している企画も日本のブルワリーとしては、まだ珍しい。

「ブルワリーの隣に6部屋だけのホテルを作ります。オープンは2021年の秋ごろの予定。宿泊者は割引で飲めるようにしたり、限定品を買えたり、ブルワリーのツアーなど特典をたくさん付ける。ブランディングの一環でもあります。それにビール観光は海外では盛んだけど日本ではあまりないし、ホテルを作ることでもっと訪れやすい場所にしたい。静岡市は東京と名古屋のど真ん中で交通の便もいい。コロナ前は全国からお客さんが来てくれていました。しかもうちは建築から施工まで出来るから、やらない手はない。何より、ここのよさを発信するのにホテルは最適です」

ホテルは強いメディアともなる。宿泊客がSNSでブルワリーや用宗の画像をシェアすることで、次の旅人をよび、地域がどんどん活気づいていく。“なりゆき”でシアトルからこの地へ来たと言う人が、いまや街おこしに一役買っている。

「海も山も温泉もあって、人は穏やかで、晴れている日は雲ひとつない。静岡サイコーですよ」

「West Coast Brewing」のすぐ隣にある用宗港。静かな港でアオサギがよく飛んでくる。

快晴率は全国トップクラス。晴れの沿岸部には青い空と海が広がり、そこに新鮮な旨いビールがあれば完全にリフレッシュする。そんな時間は東京から1時間20分で叶う。

最後、デレックさんに「ビールの魅力とは?」と抽象的なことを聞くと、「深い」と笑いながら考え始めた。

「他のお酒よりアルコール度数が低いから楽しめる範囲が広いと思います。そんなに高いものじゃないし、ひとりでも、好きなことをやりながらでもいい。ビールは環境と一緒に飲むもので、この辺りなら干物のBBQに合わせてもいいし、海辺で飲むのも最高。人との会話を弾ませるものでもある。種類も無限で、美味しければそれでいいという自由さも好き。昔は決まりもあったけど、いまは発想次第で何を入れてもいい。クラフト、凄く面白いですよ」

「まあ、でも……」と続ける。

「やっぱり、回転が早いことかな。1カ月のスパンで新作を10本も出せるのはビール特有だと思います。特にうちは、基本作って売り切らして、次を作るスタイル。新作が仕上がるまで早くてほんの3週間で、常に新しいことに挑戦できて、季節にも合わせられます。年中同じビールを売るのもいいけど、うちの規模では無理。ビールは鮮度が命だから作ってすぐ次にいった方が美味しいものが出来上がります。一期一会。たまに一年後に復刻して、“おお〜!”と再会できる文化もあります。数年後に飲まれる未来の財産みたいなお酒もあるけど、ビールはいまを楽しむもの」

次の七夕で「West Coast Brewing」は2周年を迎える。たくさんの“いま”が繰り返され、作ってきたビールはすでに100種以上。同じ味を簡単に飲めないことは刹那的だが、記憶は蓄積されていく。

「ビールはいまを楽しむもの」という話に心打たれた。何が起こるか分からない世の中で、先のことを過剰に心配しても仕方がない。ただし、できる限りの備えはする。「West Coast Brewing」のリーダーには、どっしり構えている平静さがあった。現状できる最高のものを作り、今日一番美味しいビールを飲む。

「いまを生きる」といったスタンスの背景として、晴れの日が多い海辺の町はとても似合っている気がした。

https://www.westcoastbrewing.jp/beer

文・大石智子 写真・松川真介