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【西川美和】「“コンテンツ”って言葉は悲しいですよ」────みんなで語ろう!「わが日本映画」

最新作からコロナ禍があぶり出した古典まで、各界の論客が「わが日本映画」を語る。──2002年『蛇イチゴ』でデビュー以来、国内外で注目を集める西川美和監督の最新作は、前科10犯の元殺人犯の出所後を描く。それは、「おもしろくて、でもおもしろいだけではない」映画だ。

MIWA NISHIKAWA

sayuri suzuki

『ゆれる』『ディア・ドクター』『永い言い訳』など、話題作を手がけてきた西川美和監督。これまですべての作品でオリジナルの脚本から手がけてきたが、新作『すばらしき世界』では佐木隆三著の『身分帳』を映画化した。元殺人犯の出所後の日常を喜怒哀楽ないまぜになった極上のエンターテインメント作に仕上げている。世界的に高い評価を受ける西川監督に、日本映画に対する思いを訊いた。

──日本映画界をどう思いますか?

「自分も日本映画をつくるひとりですし、"おなじ穴のムジナ"だと言われてしまいそうですし、私の年齢のせいかもしれないんですが(笑)、観たいと思わせてくれる映画、ゾクゾクするような映画が少なくなってきたなというのが正直な気持ちです。映画というのは、のちの世にも残っていくもの。繰り返し観られることを覚悟してつくらなければならないと思って来たけど、最近……4、5年くらい前からですかね、日本の映画は、その時々で消費されていく"コンテンツ"にすぎないと思われてる感じがしますよね」

──いわゆる娯楽作品は、昔からありました。現在の"コンテンツ"映画とはなにが異なるのでしょうか?

「スタジオがちゃんと人材育成までしていた時代に比べると、なんとなくお金を回すためによせあつめで簡単に作られているような気配を感じてしまいます。原作選びから始まって、脚本、撮影、編集……。出発点である原作も、ちゃんと考えて選んでいるのか疑問に思うこともありますよ。人気のマンガだから、売れている小説だから、映画としていいものになる保証はない。1つの小説を映画化しようとしたとき、2時間の映画というのはあまりにも短いんです。どうしても大幅にカットしなければならない。その際、小説のどこを切り取るかによって、せっかくのいい作品が、味気ないあらすじみたいなものになってしまう可能性もあるわけです」

──新作『すばらしき世界』の原案は佐木隆三さんの『身分帳』。もし時間に制限がないとしたらどのくらいの長さの作品になりそうですか。

「本当におもしろい小説ですから、あまり脚色せず1話1時間の連ドラで20話でも見応えがあるだろうと思いました。それを2時間の劇場公開映画にするわけですから、どうすれば小説と違うものを出していけるのかを考えつつ、時間をかけて脚本化していきました。映画の場合、撮影してからカットする場合も少なくありません。今回も役所広司さんに5、6回やってもらったシーンをどうしてもカットしなければならなかった。原作でも印象的なシーンだし、役所さんの演技もすばらしかったんですが、印象が強いだけに後半のストーリーの流れを止めてしまいそうでカットしてしまいました」

──おもしろいシーンでもカットすることがあるんですね。

「ひたすら派手でおもしろいシーンだけを盛り込んでいくと緩急がなくなるんですよね。抑えるべきところは抑えておくことで、クライマックスが効いて来ますからね。ここはすごく難しいところで、なかなか正解は出ないんですが」

──原作は、30年前の、しかもあまり有名ではない小説です。なぜこの小説を映画化しようと思ったんでしょうか。

「『身分帳』を知ったのは佐木さんが亡くなった2015年でした。小説家の古川薫さん(故人)が"佐木さんの真骨頂"と推薦されていて、読んだらすごくおもしろかった。佐木さんは元殺人犯の刑期を終えたあとの日常という題材によく目をつけられたなと。ただ映画のテーマとしては地味だし、重たさもある。プロット段階で興行に結びつきづらいと言われたこともありました。でもだからこそ、観客が楽しめる作品になるよう工夫したつもりですし、役所さんをはじめ、俳優陣の演技もすばらしかった。普通に生きていたら知らなかったことや見過ごしていたことも映画だから観られる、ということもありますからね。おもしろくて、でもおもしろいだけではない作品ができたと思っています」

オススメの3本

『復讐するは我にあり』

1979年公開、監督:今村昌平、主演:緒形拳。連続殺人犯の逃亡から処刑までを追った名作。「『身分帳』と同じ佐木隆三さん原作。西口彰をモデルとした役を役所広司さんが演じたテレビドラマも印象深く、今回につながりました」。¥2,800(DVD)/発売・販売元:松竹  ©1979 松竹株式会社/株式会社今村プロダクション

『幕末太陽傳』

1957年公開、監督:川島雄三、主演:フランキー堺。幕末の混乱期、無一文ながら遊郭で豪遊した佐平次が巻き起こす騒動を描いた、日本映画史に残る名作喜劇。脚本は助監督をつとめた若き日の今村昌平が担当。配給:日活。

『ヤクザと憲法

2016年公開、監督:圡方宏史。東海テレビ製作のドキュメンタリー映画。暴対法に揺れる指定暴力団に100日間密着。「もともとテレビのドキュメンタリーですが、手法として画期的。いろいろと"発見"も多い映画です」。

最新監督作品

すばらしき世界

『すばらしき世界』

役所広司が演じるのは刑務所から出所した前科10犯の元殺人犯。不慣れな社会に戸惑いつつ、人生の再スタートを切るが……。監督・脚本:西川美和/出演:役所広司、仲野太賀、橋爪功、梶芽衣子、六角精児、北村有起哉、長澤まさみ/原案:佐木隆三『身分帳』(講談社文庫)/配給:ワーナー・ブラザース映画/2021年2月11日(木・祝)公開 ©佐木隆三 / 2021「すばらしき世界」製作委員会

PROFILE

西川美和

映画監督

1974年、広島県出身。2002年に『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビュー。監督として『ゆれる』『ディア・ドクター』『永い言い訳』等を手がける。小説『きのうの神さま』『永い言い訳』が直木賞候補になった。『すばらしき世界』の製作過程から公開直前まで約5年の思いを綴ったエッセイ集『スクリーンが待っている』が発売中。

文・川上康介 Kosuke Kawakami