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ドルチェ&ガッバーナ史上最大のメンズウェア・ファッションショーの裏側でなにがあったか

ヴェニスでおこなわれた男の服の祭典は、突然の雹(ひょう)の来襲にもめげなかった!
ドルチェ&ガッバーナ史上最大のメンズウェア・ファッションショーの裏側でなにがあったか
GREG KESSLER/KESSLER STUDIO

ドルチェ&ガッバーナが「アルト・サルトリア」(直訳すると高級仕立て服という意味だ)と銘打って毎年おこなっている男の高級仕立て服の祭典は、ファッション・カレンダーのうちでももっとも劇的で記憶に残るイベントのひとつである。それはたんなるランウェイ・ショウのみで終わるものではなく、数日間にまたがる経験であり、ロケーションが贅沢をきわめる。招かれたA級の顧客たちは、服の仕立て職人の仕事ぶりの頂点となるコレクションを称賛するのである。彼らは幾度にわたるディナーに出席し、ダンスをし、ショッピングをする。そしてラウンウェイ・ショウではドルチェ&ガッバーナが披露するもっともレアでもっとも排他的なクリエーションを夢見心地で見て、ショウが終わるとすぐに、ショウにでた一品制作の服を急いで注文するのだ。

8月30日の月曜日は「アルト・サルトリア」のランウェイ・ショウがヴェニスで行われる日であった。いよいよこのイベントの終わりの時間が近づきつつあったこの日、イタリアではこのイベントとは別の、切迫した事態が待ち受けていた。ひどい悪天候が予想されていたのだ。そこで、ドルチェ&ガッバーナはショウの開始時間を1時間早めた。中世には海軍工廠だった「アルセナーレ・ディ・ヴェネツィア」に沿ってつくられた鏡張りの長いランウェイを、モデルたちが闊歩し始めたまさにそのとき、一天にわかにかき曇った。いずれ劣らぬ裕福なゲストたちは、そのほとんどが最上級のアルタ・サルトリアの服の着用に及んでいたのであったが、ひとしく息を呑んだ。そうして次の瞬間、3人のモデルが豪奢な、宝石のようなサテンのスーツをまとってランウェイを歩き出すと、あろうことか、空から大量の雹が落ちてきたのだ。

アルセナーレの倉庫の横に設置されたバックステージでは、大きな混乱が起きていた。降り出した大粒の雹に、観客たちは叫び声を上げている。しかし、会場にいた全員がなんとか建物の中へ避難すると、恐怖が大きな笑いに変わった。雨降って地固まる……。悲惨な嵐をも味方につけた「アルタ・サルトリア」は、参加者の記憶に深く刻まれ、SNS上でも話題となった。実際のところ、雹から避難した人々が考えたことは、何ヵ月にもわたる手作業でつくられた作品たちが無事、避難できたかどうか、だった。

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男性が装飾を楽しむ自由

「アルタ・サルトリア」は毎年、世界中のさまざまなロケーションでお披露目される。そして、その土地のエッセンスがコレクションにも反映される。ヴェネツィアは、その長い歴史を通じて死に絶えることのなかった奇跡の街であり、その美を探求せんとする人智にとっては、この街そのものが一個の、生きて呼吸するモニュメントである。その美は、自分の目で見て、手で触れて、感じなければならないものとしてある。ドメニコ・ドルチェがショウの前に、「愛は(デジタルの)テクノロジーではありません。ヴェネツィアもテクノロジーではないのです」といみじくも語ったように。今回のコレクションには、そんなヴェネツィアらしさとクラフツマンシップへの敬意が詰まっている。セーターやジャケット、ガウンには大運河にかかる白い大理石のリアルト橋が刺繍で描かれ、教会や宮殿といった名所がビーズやストーン、ガラスで表現された。また、コレクションを通して、ヴェネツィアの小さな島、ムラーノ島の数限られた職人がつくるヴェネツィアン・ガラスが、作品の上で昇華された。骨の折れるような手仕事で、サン・マルコ寺院のファサードを再現したモザイク画まで登場した。

ステファノ・ガッバーナとドメニコ・ドルチェが2015年に「アルタ・サルトリア」を始めた当時、宝石のような華美な装飾を用いた男性用オートクチュールを仕立てるブランドは数少なかった。オスのクジャクがカラフルなように、人間の男性も豪華な装飾に興味を示すものである。フォーマルウェアとコスプレのあいだを行き来する「アルタ・サルトリア」において、デザイナーの2人は、シルクやゴールドといった煌びやかな素材がもたらす官能と快楽に耽溺する自由を男性に与えたのだ。

ショウが終わり、雨に濡れたゲストたちの衣服が乾いてきたころ、突然の嵐にさらされた服の安否についてデザイナー2人に訊ねたゲストがいた。どれほどの損害があったか把握していないが、ショウを続行したことに後悔はない、と2人は答えた。「私たちは、やると決めたことは、必ずやります。それは愛があるからです」とドルチェはいった。時代が変わっても、あれこれの議論がかまびすしく巻き起こっても、ドルチェ&ガッバーナを心から愛している人々は屈しない。それはヴェネツィアが嵐に負けないのと似ているかもしれない。「愛は名誉をもたらしません」とドルチェは続ける。「しかし、大事なのは、まさに愛であり、なくならずにとどまるものこそが大事なのです」。

文・ジャコポ・ベドゥシ

翻訳・篠原泰之@GQ