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センスのいい女の子がロックに夢中だった最後の時代──映画『ビルド・ア・ガール』

映画『レディ・バード』や『ブックスマート』で特別な存在感を見せたビーニー・フェルドスタイン主演の青春映画が10月22日(金)に公開される。シェイクスピア研究者でブリットロックにも詳しい北村紗衣が、作品の見どころを解説する。
センスのいい女の子がロックに夢中だった最後の時代──映画『ビルド・ア・ガール』

学校の外にも青春はある!

イギリスの作家でフェミニストであるキャトリン・モランの半自伝的小説“How to Build a Girl”(2014)を映画化した『ビルド・ア・ガール』は、1993年、イギリスのウェストミッドランズ地方にあるウルヴァーハンプトンが舞台である。ヒロインのジョアンナ・モリガン(ビーニー・フェルドスタイン)はアイルランド系ワーキングクラスの家庭の娘だ。16歳で文学が大好きなジョアンナは容姿もあまりパッとせず、学校では変わり者扱いであまり周りに馴染めていない。

ビーニー・フェルドスタイン演じるジョアンナ

こういう始まり方のアメリカ映画だと、だいたいお話は学校と家庭で完結する。ヒロインはなんだかんだいろいろあって、素晴らしい友達のおかげで自分をいじめる連中をぎゃふんと言わせ、たぶん素敵な恋人もできる。最後は奨学金をもらって大学に行くかもしれない。

しかしながらこの映画はイギリスの、しかもウルヴァーハンプトンが舞台だ。1990年代末以降、シェフィールドが舞台の『フル・モンティ』(1997年)やダラムが舞台の『リトル・ダンサー』(2000年)など、不景気にあえぐ地方都市が舞台のイギリス映画がいくつも作られたが、ウルヴァーハンプトンはとくに衰退している地方都市の代表例としてよくあげられる。失業率も高く、ジョアンナの両親は定職についていない。モラン自身は故郷のネガティヴなイメージに対抗しようとしており、著作ではいつもウルヴァーハンプトンの人々を生き生きと描いているが、それでもチャンスがたくさんある地域とは言い難い 。

モリガン一家はジョアンナが良かれと思ってしたことがきっかけで無収入になってしまう。そこでジョアンナが選ぶ道は、学校で一生懸命勉強して大学に行くのではなく、家族を支えるために働くことだ。1993年といえばブリットポップの盛り上がりが始まった時期で、音楽メディアはセンスのあるライターを必要としていた。

ロック好きの兄クリッシーに教えられ、ジョアンナは知識も無いのにロック雑誌『D&ME』のライターに応募し、一度は断られるが、文才と度胸だけでマニック・ストリート・プリーチャーズの取材をとりつける。マニックスのライヴを初めて見に行ったジョアンナは、目をキラキラさせて‘You Love Us’に聞き入り、すっかりロックに夢中になって、ライターとして活躍し始めるようになる。

『ゲーム・オブ・スローンズ』でおなじみのアルフィー・アレンが、ジョアンナと親交を深める歌手のジョン・カイトを演じる

たった16歳の女の子にそんなことできるわけがない……と思うかもしれないが、これは著者キャトリン・モランの経歴にほぼ基づいている。筆者が翻訳したモランの著書『女になる方法 ロックンロールな13歳のフェミニスト成長記』(青土社、2018)にも記されているが、モラン本人が十代の時から音楽メディアでライターとして活躍していた。さすがにこれは大変珍しい経歴だが、モランからもジョアンナからも、若い頃から働き始めるイギリスのワーキングクラスの人々の自立心が垣間見える。

『ビルド・ア・ガール』が青春映画として特徴的なのは、ヒロインの人生がほぼ学校の外にあることだ。よくある青春映画であれば、学校で親友と努力して勉強し……ということになるかもしれないが、ジョアンナは友達のいない孤独な女の子だ。さらに親が失職し、家計のために働かなければならない。このように深刻になりそうな要素がつまっている物語であるにもかかわらず、『ビルド・ア・ガール』は実に明るく、楽しいサクセスストーリーになっている。ジョアンナは早く大人にならざるを得なかったワーキングクラスの女の子だが、そこに悲壮感はない。友達がいなかろうと、働きにでなければならなかろうと、それはジョアンナが自分で選んだ道で、そこから人生が拓けていくのだ。

こうしてジョアンナはロック雑誌のライターになるわけだが、おそらく1990年代というのは、センスのいい女の子がロックに夢中になっていた最後の時代だろう。グランジの後にブリットポップがあり、スターもたくさんいた。2000年代にはガレージリバイバルやエモがあったものの、どんどんロックはメインストリームではなくなっていき、2010年代にはほとんどチャートインもしなくなった。今ならチャンスをつかみたいセンスのいい女の子はロックなんか聴かず、ヒップホップを聴いたり、オンラインゲームをやったり、メイク動画を配信したりしているだろう。ジョアンナはロックの最後の輝きにつかまった世代だ。

しかしながら、今考えるとロックの最後の盛り上がりを伝えてくれていたはずの音楽雑誌の内幕は、『ビルド・ア・ガール』ではずいぶんと男性中心的かつ階級差別的に描かれている。『D&ME』に勤める人々は高学歴の男性が主で、地方から出てきた若い女性であるジョアンナはそこに染まってしまう。この映画がただのシンデレラストーリーでないのは、ライターとして成功したジョアンナが、性差別的で思いやりに欠け、悪ノリが好きな音楽雑誌のカルチャーというもう1つの壁にぶつかるからだ。

最近、オリンピック関連で小山田圭吾のいじめ問題について『ロッキング・オン・ジャパン』の記事が取り沙汰されたが、こうした音楽雑誌の体質というのはひょっとすると日本にも存在したものなのかもしれない。ジョアンナはこの体質につぶされそうになりつつ、すんでのところでそこから距離を置けるようになる。

この作品は、地方に暮らす決して恵まれているとはいえない境遇の少女が文才を使って成功し、さらには成功した先でぶつかった男性中心的な文化に取り込まれそうになりつつ、ギリギリのところで踏みとどまって自分の人生を見つけるまでを描いている。フェミニズム的なテーマがユーモアをもって提示されており、ジョアンナを演じるビーニー・フェルドスタインの演技もコミカルでツボを押さえたものだ。エラスティカの‘Connection’に始まる1990年代の音楽に彩られ、時代ものとしても楽しめる成長物語である。

ビルド・ア・ガール』

10月22日(金)新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
© Monumental Pictures, Tango Productions, LLC, Channel Four Television Corporation, 2019
配給:ポニーキャニオン、フラッグ 
公式ホームページ:https://buildagirl.jp/

キャトリン・モラン(北村紗衣訳)『女になる方法 ロックンロールな13歳のフェミニスト成長記』(青土社)と原著。

北村紗衣(きたむら さえ)
PROFILE
武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授。2013年にキングズ・カレッジ・ロンドンにて博士号取得後、2014年に武蔵大学専任講師、2017年より現職。研究分野はシェイクスピア、舞台芸術史、フェミニスト批評。2015年より、大学の授業でウィキペディア記事を執筆する英日翻訳ウィキペディアン養成プロジェクトクラスを実施。著書に『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち 近世の観劇と読書』(白水社)、『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』(書肆侃侃房)、『批評の教室  チョウのように読み、ハチのように書く』 (筑摩書房)など。

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