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映画『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介監督インタビュー【前篇】──役者が抱く“違和感”を手がかりに

世界中から熱いまなざしを集める濱口竜介監督の商業長編映画2作目は、村上春樹の原作に惚れ込み、自ら映画化を熱望したという意欲作。仏・カンヌから帰国直後の濱口監督に、作品にについてじっくりと話を聞いた。その前編。
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妻の音(おと/霧島れいか)を突然亡くした、舞台俳優で演出家の家福悠介(西島秀俊)。2年後、家福は広島の国際演劇祭に招かれ、チェーホフ『ワーニャ伯父さん』の舞台の演出を任される。妻との思い出が詰まった愛車を運転し、広島までたどり着いた彼は、そこで運転手の渡利みさき(三浦透子)を紹介される。当初は他人に愛車を任せることに躊躇していた家福も、寡黙だが極めて高度な運転技術を持つみさきに、徐々に信頼を寄せていく。一方で、演劇祭の舞台で主演することが決まった俳優、高槻耕史(岡田将生)と家福との間には、ある奇妙な関係が生まれていた。

村上春樹の短編を原作に、179分という時間をかけ壮大な物語に仕上げたのは、自主映画時代から大きな注目を集めてきた濱口竜介監督。映画『ドライブ・マイ・カー』は2021年のカンヌ国際映画祭に出品され、日本映画としては初めて脚本賞を受賞した(他3賞を同時受賞)。受賞後、日本に帰国したばかりの濱口監督に、脚本づくりのことを中心に、本作がどのように作られていったのか、話を聞いた。

家福(西島秀俊)の愛車を運転するみさき(三浦透子)

“西島さんがやるから大丈夫です”

──カンヌ映画祭のコンペティションに出品されたのは、前作『寝ても覚めても』(2018)に続き2回目ですが、脚本賞他3賞を受賞され、やはり前回とは違うなという感触はありましたか?

濱口:受賞を知るのは最後の日ですから、映画祭のあいだは特に前回との違いを意識することはなかったですね。ただクロージングセレモニーに参加するのは初めての経験でしたので、なるほどこういうふうになっているのかと新鮮に感じました。受賞すると他の映画祭にも呼んでもらったり、世界各国で配給がついたりといろんな反響があるようで、やはり映画祭の効果は大きいのだなと実感しています。

──『ドライブ・マイ・カー』は濱口さんと大江崇允さんの共同脚本ですね。お2人の作業分担はどのように行われていたのでしょうか。

濱口:もともと、脚本はなるべく共同で手がけたほうがいいというのが僕の考えです。複数の視点が入ったほうがいいだろうと。それでプロデューサーの山本晃久さんに相談したところ、それなら大江さんはどうか、と紹介していただきました。この作品は当初、韓国の釜山で撮る予定だったので、まずは山本さん、大江さんと僕とで釜山に行きシナリオ・ハンティングをしながら構想を練っていきました。そうして僕がプロットを書き上げ、大江さんにそれを見てもらい、その都度意見をもらいながら直していく。脚本も、基本的にそういう作業分担で進んでいきました。ただ、冒頭で妻の音が語る「やつめうなぎ」の話は、ここは他とはまったく別のものとしてあったほうがいいと思い、大江さんにまず書いていただきました。

──脚本を書く際、それぞれのキャラクターは演じる俳優が決まってから具体的につくっていったんですか?

濱口:プロット自体は配役が決まる前にすでに書いていて、それをもとに役者さんたちが決まり、具体的なキャラクターをつくっていきました。実際に演じる人がいることは脚本を書くうえでも大きな拠り所になりましたね。この人ならこういうことを言ってもおかしくなさそうだなとか、より想像しやすくなりました。

──他の俳優さんたちはもちろんですが、特に主演の西島秀俊さんは本当に多くの映画に出ていらっしゃいますよね。家福の役を書くうえで、西島さんが他の作品で演じた役に影響された部分はあったのでしょうか。

濱口:ある特定の役のイメージに引っ張られて、ということはないですが、西島さんという人はこういうふうに存在している人だ、という感覚は最初から強くありました。僕が20代の頃から本当にいろんな映画で拝見していましたから、そこで見てきた印象が強くある。そのイメージに沿いつつ、もう少し踏み越えた何かを描こうと考えていた気がします。

妻の音(霧島れいか)と家福

2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

──西島さん自身の持っているイメージが家福という役にもどこかしら反映されているということですか?

濱口:バランスをとりながら考えていった部分はあったと思います。西島さんが言うならこういう台詞も大丈夫だとか。実際、最初に脚本を読んだとき、プロデューサーは「この家福という人、けっこう嫌なやつじゃないですか?」と心配していましたが、僕としては「いや、西島さんがやるから大丈夫です」と(笑)。

物語をかきまわす役どころ、俳優の高槻を演じるのは岡田将生

役者が抱く“違和感”を手がかりに

──岡田将生さんが演じる高槻は、かなり際どいところのある役ですね。

濱口:高槻という男は、決して観客にわからせてはいけない、複雑な部分がある。岡田さんにも高槻のキャラクターについては何度か話し合いましたが、結局は「わからないですよね」と言うしかない。その「わからなさ」が映画に必要なので。かといって単純に「わからないなりに演じてみましょう」とはできない。

これは僕の他の映画でもそうなんですが、役者さんたちには、いつも脚本の他に役の背景や性格などが想像できるようなサブテキストをお渡ししています。岡田さんにも「高槻がこういうことを口にする背景にはこんなことがあったかもしれない」ということを書いたサブテキストを渡して拠り所があるようにしました。そういうふうに演技の環境をつくっていって、結果として岡田さんの演技は素晴らしかった。

──三浦透子さん演じるみさきも不思議な役ですが。

濱口:でも、みさきはわりとすらすら書けた気がします。これは三浦さんとの出会い方が特別だったからでもあります。『偶然と想像』(濱口監督による短編オムニバス作品。2021年12月に公開予定)のキャスティング時に彼女と出会い、みさきの役はぜひこの人にやってほしいと直感した。そういうバチっと合う感覚があったので、脚本を書くうえでも、彼女ならこういうふうにしゃべるだろう、というイメージがすんなり入ってきたんです。

──岡田さんだけでなく、他の俳優さんからも「これはわからない」と言われたりはしたんですか?

濱口:結構ありました。むしろこちらとしては、そうした意見はどんどん言っていただきたい。役者さんのそういう違和感はすごく大事なんです。本読みをしていて「これはちょっと言いづらい」とか「どうしてもこの台詞だけが覚えられない」と役者さんが感じるということは、必ず何か理由がある。つまり何かがうまくいっていないわけで、その違和感を手がかりに脚本にも反映していくわけです。

「本読み」のシーン

──この映画では、濱口さんがふだん役者さんと行われている「本読み」に近い状況が、家福の演出方法として描写されますね。役者はまず感情を抜いて台詞を読み上げ、それを何度も何度も繰り返す。ただ西島さんは、あるインタビューで、実際の撮影現場ではむしろすごく自由度が高かったとおっしゃっていました。脚本に書かれていない言葉がぽろっと出てしまっても意外とそれがそのまま使われていたりすると。本読みの正確さとは裏腹に、撮影現場では、役者さんに自由に演じてもらったということでしょうか。

濱口:本読みをするのは、現場で自由にやってもらうための準備です。役者さんが役を自分で解釈し、自然と台詞を口にできる状態になってもらうことを目的に、演出方法を考えているつもりです。

──脚本と一字一句違わないように、ということではないんですね。

濱口:それはないですね。ただ、本読みは本当に何度も繰り返しやっていますので、一字一句間違わずに口にするほうが、役者さんにとって楽な状態になっているとは思います。そのうえで、現場で自然と口をついて出てくる言葉があるのであれば、それは全然問題ありません。

【後編へつづく】

『ドライブ・マイ・カー』

8月20(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
配給: ビターズ・エンド
© 2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
公式サイト: dmc.bitters.co.jp

濱口竜介(はまぐち りゅうすけ)
PROFILE
1978年12月16日、神奈川県生まれ。08年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され高い評価を得る。その後も日韓共同制作『THE DEPTHS』(10)が東京フィルメックスに出品され、東日本大震災の被害者へのインタヴューから成る『なみのおと』、『なみのこえ』、東北地方の民話の記録『うたうひと』(11~13/共同監督:酒井耕)、4時間を超える長編『親密さ』(12)、染谷将太を主演に迎えた『不気味なものの肌に触れる』(13)を監督。15年、映像ワークショップに参加した演技未経験の女性4人を主演に起用した5時間17分の長編『ハッピーアワー』が、ロカルノ、ナント、シンガポールほか国際映画祭で主要賞を受賞。さらには、商業映画デビュー作にしてカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出された『寝ても覚めても』(18)、ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員大賞)を受賞した短編集『偶然と想像』(21)、脚本を手掛けた黒沢清監督作『スパイの妻〈劇場版〉』(20)がヴェネチア国際映画祭銀獅子賞に輝くなど、国際的な舞台での注目度も高まっている。