10%アップのために要した時間は約50年
日産自動車は2月26日、次世代「e-POWER」向けの発電専用エンジンで、世界最高レベルの熱効率50%を実現する目処が立った、と、発表した。
「自動車用ガソリンエンジンの平均的な最高熱効率は30%台であり、40%台前半が限界」とされているなかで、「50%を実現」とぶち上げたのだ。熱効率50%のどこがすごいのか?
量産エンジンでは、トヨタの「カムリ・ハイブリッド」などが搭載する2.5リッター直列4気筒自然吸気エンジン(A25A-FXS)や、レクサス「UXハイブリッド」が搭載する2.0リッター直列4気筒自然吸気エンジン(M20A-FXS)、そして「ヤリス・ハイブリッド」の1.5リッター直列3気筒自然吸気エンジン(M15A-FXE)が最大熱効率41%を達成しており、世界トップクラスだ。それを50%にするというのだから、一気に9%ものアップであり、41%を基準に考えれば、伸び率は22%になる。
日産は2030年代の早い時期に熱効率50%を実現したいと意気込んでいる。30%程度だった熱効率を40%に向上させるのに約50年を費やしたことを考えると、この先10年で50%にしようとする目標がいかに意欲的かわかろうというものだ。
熱効率を高める意味
なぜ50%なのか? というと、ひとつにはキリがいい。それに、エンジンの開発に携わる技術者にとって、長い間チャレンジングな目標とされていたからだ。熱効率50%は、いくらなんでも無理だろうとされてきた目標だったのである。宇宙探査でいえば、火星に有人宇宙船を着陸させるような。日産はその目処が立ったので、内なる興奮を抑えつつ、「目処が立ちました」と、控え目に、しかし堂々と発表をおこなったのだ。
熱効率とは、燃料が持つエネルギーに対し、出力として取り出せる割合を指す。熱効率が40%ということは、残りの60%は出力にならずに捨てていることになる。出力が100kWなら、150kW分はどこかに捨てているわけだ。出力=仕事にならなかった分は損失ということになる。熱効率を高めて損失を減らせられれば、投入するエネルギー(消費する燃料の量)がおなじでも出力を高められるし、出力がおなじでよければ投入するエネルギーは少なくて済み、燃費を向上できる。燃費が向上すれば、CO2排出量は減る。
小難しい話は抜きにするが、エンジンの熱効率を高める手段は、比熱比を上げることと、圧縮比を上げることのふたつに極論できる。水は熱すれば沸騰して気体になるし、冷やせばかたまって氷になる。
それを「なぜ?」と、思わないで、そういうものであると認識するのとおなじように、熱効率を上げるには比熱比を上げることと圧縮比を上げることであると覚えるくらいがいいだろう。
圧縮比はともかく、比熱比については補足が必要だ。比熱とは「一定量の気体の温度を1℃上昇させるのに必要な熱量」と、定義され、比熱比が小さいほど暖まりにくく、大きいほど暖まりやすい。これでもピンとこないと思うが(筆者もそうだ)、エンジンの場合は空燃比をリーンにするほど比熱比が大きくなる。
空燃比は燃料と空気の比率のことで、空気中の酸素とガソリンが過不足なく燃焼する空気と燃料の比率は空気14.7gに対してガソリン1gである。この14.7:1の空燃比をストイキオメトリー(理論空燃比。略してストイキ)と、呼ぶ。
理論空燃比に対する空気過剰率を示すのがλ(ラムダ)で、λ=1(ラムダワン)はストイキ。この数字が1より大きい(空燃比が高い)場合をリーン、1より小さい(空燃比が小さい)場合をリッチと呼ぶ。日産が熱効率50%を実現するガソリン・エンジンは、空気過剰率をλ>2にするのがポイントだ。つまり、過不足なく燃焼するのに必要な空気量の2倍より多い空気を燃料と混ぜることになる。2倍の空気で薄める(希釈する)わけだ。
その結果、混合気は薄くなる(リーンになる)。ガスコンロに着火する際、ガスの出口で火花を飛ばすのは、その付近のガスが濃いからだ。離れたところで火花を飛ばしても火がつきにくいことは、容易に想像できるだろう。比熱比を高く、空燃比をリーンにしていくと、ガスコンロから離れたところで火花を飛ばすようなもので、着火しにくくなる。
その課題を解決する技術が、STARC(スターク:Strong Tumble and Appropriately Stretched Robust Ignition Channel)と呼ぶ新燃焼コンセプトだ。リーンな(希釈された)混合気を確実に燃焼させる技術で、強いタンブルを形成して放電チャンネルを伸長させるのがポイントだ。タンブルは水平方向からシリンダーを見たときに中心が見える渦(縦渦)のことだ。この渦の流れを制御して、点火プラグの電極部にぶつかるようにし、電極部で発生する稲光のようなアーク放電(放電チャンネル)を適度に伸長させる。その結果、リーンな混合気に対してエネルギーを供給できる表面積が大きくなり、安定したエネルギー供給が可能になって初期火炎核(火種のようなもの)の形成を促進する。これが、リーンな混合気を確実に着火する技術だ。
点火プラグの電極部を狙うタンブルの流速は遅すぎても、速すぎても狙った放電チャンネルは形成されない。たとえていえば、風向きがころころ変わる球場でど真ん中にストレートを投げ続けるようなものだが、それだけでは不十分で、毎回球速をそろえる必要もある。ものすごく高度なコントロールが求められる技術だ。
日産が開発している熱効率50%のエンジンは、新燃焼コンセプトのSTARCで比熱比を高めるのに加え、ミラーサイクルや急速燃焼、クールドEGRといった従来技術の応用によってノッキング限界を高め、理論熱効率の向上につながる高圧縮比にも取り組んでいる。
日産の将来
このエンジンのもうひとつの特徴は、e-POWER(イーパワー)専用の発電専用エンジンに限定した点だ。
e-POWERはハイブリッド・システムの一種で、エンジンとモーターの駆動を使い分けて走るのではなく、駆動に使うのはモーターのみとしたところに特徴がある。
エンジンは発電専用に割り切ることができるため、低速で走ったり、高速で走ったり、強く加速したりといった運転条件に左右されることなく、エンジンにとって最適な条件で運転させられる。カーブを投げたり、外し球を投げたりする必要がなく、ど真ん中のストレートを投げることだけに集中すればいい。球種をひとつに絞ることで(球速もそろえなければならないが)、熱効率50%というチャレンジングな目標を達成するための道が開けたというわけだ。
日産は2050年のカーボンニュートラル実現に向け、2030年代の早期に主要市場に投入する新型車をすべて電動車両にする目標を掲げている。タイプの異なるハイブリッドと電気自動車(EV)で電動化を進めていく例が多いなかで、日産はEV(電気自動車)とe-POWERに絞るという。