PRIDE MONTH

「あなたってLGBTなの?」という質問はどこが問題なのか──LGBTQ+を読みとく vol.2

6月の「プライド月間(Pride Month)」を機に、性の多様性をめぐるさまざまな問題について森山至貴さんと考える。第2回目は「LGBTQ+」はなにを指しているのか、について。
「あなたってLGBTなの?」という質問はどこが問題なのか──LGBTQ+を読みとく vol.2

vol.1 なぜ6月は「プライド月間」と呼ばれるのか?
vol.3 クィア・スタディーズとはなにか:学問としての現在
vol.4 性の多様性について考えるためのおすすめコンテンツ8選\

性の多様性をとりこぼさないために

「あなたってLGBTなの?」と尋ねられて困ってしまった、という経験談をあなたは性的少数者の友人から聞く。「信頼できるかもわからない相手にそんな無神経な質問はされたくないよね」とあなたは応答する。あなたは誠意をもって応答したつもりだが、その友人はほんの少し失望したような表情を浮かべる。なぜだろうか?

あなたは、「LGBT」ではなく「LGBTQ」「LGBT+」「LGBTQ+」という表記を見かける。「LGBT」ならわかるけど、「Q」や「+」とは何だろうか?

「なぜ」「何」に答えるための最初のステップは、「LGBT」という言葉についての正確な理解だ。基礎的なことから、ひとつずつ確認していこう。

LGBTはLesbian(レズビアン)、Gay(ゲイ)、Bisexual(バイセクシュアル)、Transgender(トランスジェンダー)の頭文字である。レズビアンは女性同性愛者、ゲイは男性同性愛者、バイセクシュアルは両性愛者と訳すことができる。いずれも、社会の大多数を占める異性愛者(Heterosexual)とは異なる性的指向(sexual orientation、恋愛感情や性愛感情がどの性別に向かうかを示す概念)を持つ人たちである。

2018年10月24日、米・ニューヨーク市庁舎に集ったトランスジェンダーの人々を支援するための活動家とその支持者たち。

Drew Angerer

トランスジェンダーは、出生時に割り当てられた性別と異なる性自認(Gender Identity、自身の性別に関する自己認識を示す概念。性同一性という訳語もある)を生きる人々を指す。「出生時に割り当てられた」という表現は耳慣れないかもしれない。出生時に判断される「生物学的性別」は、実際には医師や看護師、助産師の医学的知識だけでなく、性別に関する意識や規範にも基づいて判断されるものであり、その意味で「純粋に生物学的なもの」ではない。そのことを踏まえ、現在では「生物学的性別」という表現を使わない、上記の正確な定義が一般的になっている。

よって、LGBTは、性的指向・性自認という2つの概念に照らして性の多様性を考えた際、「普通」とされる多数派とは異なる4つの性のあり方を並列したものである。そして、この4つが並列されるようになったのには、性的少数者の社会運動の歴史がかかわっている。

1982年にニューヨークで行われたプライド・パレードの様子。のちにLGBTプライド・マーチとなった。

Barbara Alper

もともと、セクシュアルマイノリティの社会運動の中でもっとも盛んだったのは同性愛者の社会運動であった。しかしこの社会運動には、バイセクシュアルを「どっちつかず」と批判し、トランスジェンダーを「同性愛者のような普通の男女ではない者」と異端視する側面が少なからず存在した。運動の内外からの批判を受け、同性愛者の社会運動は、同性愛者以外の性的少数者を排除せず、ほかの性的少数者の社会運動との連帯を模索するようになる。結果として、さまざまな性的少数者の連帯を示す「LGBT」という並列表記が一般的になっていったのである。

2019年6月30日、ニューヨークで行われたプライド・マーチに参加する、ドラマ『POSE』のキャストたち。左からMJロドリゲス、インディア・ムーア、ドミニク・ジャクソン。3人ともトランスジェンダーの俳優だ。

Theo Wargo

したがって、「LGBT」という言葉は、共通の特徴を持つ単一の集団というニュアンスからはるかに隔たったところにある。じっさい、「LGBT」に含まれるひとびとも、まずは自身のことを「L」や「G」や「B」や「T」だと自認している(L・G・Bは排反的だが、Tとは同時に成り立ちうる。性的指向と性自認という概念を鍵に、なぜそうなるのか考えてみてほしい)。

だからこそ、「あなたってLGBTなの?」という質問は、きわめてナンセンスなものに聞こえるのである。かりにこの質問に「そうだ」と答えたとして、LかGかBかTかを区別せずに何が分かると言えるのか。「LGBT」かどうかを訊かれて「そうだ」と答えるやりとりは、「あなたって老若男女なの?」と訊かれて「はい、わたしは老若男女です」と答えるやりとりと同じ奇妙さを含んでいる、と言えばわかってもらえるだろうか。

「L・G・B・Tのどれなのか」が決定的に重要であるにもかかわらず、その程度の解像度すら持たない「あなたってLGBTなの?」という大雑把で無内容な質問をすれば、「私の性のあり方やそれに関する経験をわかってもらえそうにない」と感じる性的少数者の友人が失望するのも無理はない。差別の口実になってしまう性のあり方について、単に無神経に訊いてしまうことだけが問題なのではないのだ。

レインボーフラッグ以外にもプライドフラッグには多種多様な旗がある。

「LGBT」を語る時、LとGとBとTが互いに異なることに留意すべきならば、「Q」や「+」が付け加えられたのは、L・G・B・Tのどれでもない性のあり方に言及するためではないかとあなたは考えるかもしれない。そのとおりである。少し詳しく考えていこう。

「LGBT」は性的指向と性自認という概念に関連していると述べたが、この概念、とくに性的指向概念を用いて考えれば、性的指向の対象となる性別がないAsexual(アセクシュアル)の人々を考えることができる(もちろん、実際にアセクシュアルの人々は存在する)。また、性的指向や性自認という概念を離れれば、ほかの性のあり方をいくらでも考えることができる。たとえば、恋愛感情の向かう性別と性的欲望の向かう性別が異なる人は現に存在するが、このような人々の性のあり方について、性的指向概念を使って理解することはできない。

Poppy Marriott

「LGBT」に含まれない性のあり方を指すために、もっともよく使われている2つの表記が「Q」と「+」である。「Q」はQuestioning、すなわち自身の性のあり方を(まだ)決めていない人を指すこともあるが、同時にQueer、ここでは社会の想定する「普通」に含まれない性のあり方(のうちLGBTのいずれでもないあり方)を生きる人、を指すこともある。「+」は「それ以外のものも含む」という意味で考えてよいだろう。すべての性のあり方が都合よくアルファベット1文字で省略できるわけではないので、たとえば「LGBTAI…」などと列挙するよりは、「LGBTQ」「LGBT+」「LGBTQ+」などと表記し、性の多様性をとりこぼさない(よう目指す)ことを明示するのが現在では一般的になりつつある。

「Q」や「+」は、「LGBT」がブームとして消費されつつある現在、そこに含まれない性のあり方に目を向けさせる表記である。同時に、「Q」や「+」に込められた、何者をもとりこぼさずに性の多様性を考えていきたいという精神は、「LGBT」という言葉を生んだ社会運動の中にすでに存在したものでもある。よりよい表現、よりよい表記は、人々の生を支える力になる。「LGBT(Q+)」という言葉には、人々の多様性とそれを支えようとする営みの歴史性が刻み込まれているのだ。今後この表記の限界が明らかになり、ほかの表記が一般的になるのだとしても、この表記に込められてきた精神の根幹は失われてはならないと私は思う。

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森山至貴(もりやま のりたか)
PROFILE
1982年、神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(相関社会科学コース)博士課程単位取得退学。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻助教を経て、現在、早稲田大学文学学術院准教授。専門は、社会学、クィア・スタディーズ。主著に『「ゲイコミュニティ」の社会学』(勁草書房、2012年)、『LGBTを読みとく クィア・スタディーズ入門』(筑摩書房、2017年)がある。

写真=Gettyimages

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