vol.1 なぜ6月は「プライド月間」と呼ばれるのか?
vol.2 「あなたってLGBTなの?」という質問はどこが問題なのか
vol.3 クィア・スタディーズとはなにか:学問としての現在
6月のその後も、考え続けるために
この記事(を含む私の4回の連載記事)が6月に公開されるのは、もちろんプライド月間に合わせてのものである。しかし、プライド月間が終われば性的少数者がいなくなるわけではもちろんない。性的少数者の日常は、その暮らしは、今年のプライド月間が終わっても当然続いていく。そこで、6月の「その後」も折に触れて性的少数者の問題について考えてもらうために、手元においておけるようなコンテンツをいくつかご紹介したいと思う。書籍が多いが、それ以外のものも含まれている。マジョリティにも手にとってほしいが、性的少数者の人々にも手にとってほしいものを選んだ。気になったものにぜひ手を伸ばしてみてほしい。
まずは、性の多様性について手軽に読めて深く知ることのできる2冊をご紹介したい。1冊目は渡辺大輔さんの『性の多様性ってなんだろう?』(平凡社)。渡辺大輔さんはセクシュアリティ教育の専門家で、子どもたちにわかりやすく性の多様性を教えることに関しては、日本で随一の専門家である。この書籍は「中学生の質問箱」シリーズの1冊で、中学生でも読める難易度だけれども、だからといって中身が薄いわけではまったくない。「LGBT」って言われてもよくわからない、という人は、(もちろん私の連載の第2回を読んでほしいのだが)この本を手にとってみてほしい。
専門的な知識を含めて、もう少し深いところまで知りたい、という人には、石田仁さんの『はじめて学ぶLGBT 基礎からトレンドまで』(ナツメ社)をすすめたい。副題に「基礎からトレンドまで」とあるが、まさに看板に偽りなしで、「どうしてこれだけの豊富な内容を1冊にまとめることができたのだろうか」と、読み返すたびに唸ってしまう名著である。2色刷りでイラストもあり、決して「文字だらけ」の本ではないにもかかわらずこの高い密度は驚嘆すべきである。私はほとんど辞典の代わりとしてこの書籍を頻繁に利用している。
性的少数者の社会運動の歴史をたどるのに最適なのはジェローム・ボーレンさんの『LGBTヒストリーブック 絶対に諦めなかった人々の100年の闘い』(サウザンブックス社)である。とりあげられているのは基本的にアメリカ国内の社会運動だが、印象的なエピソードが多く描かれているおかげで、親近感や共感を持って読めるはずだ。もちろん、ストーンウォールの反乱についての記述もある。ちなみに、この日本語への翻訳書は、クラウドファンディングによって集められた資金を使って出版された。その経緯を知ることで、この本がどれほど多くの人々の願いと希望の詰まった1冊であるか、より一層わかってもらえるはずだ。
性の多様性に関する記事を日本語で書くなら当然取り扱うべきにもかかわらず、これまでの連載3回のなかではとりあげなかった重要な現象に、日本におけるBL(ボーイズ・ラブ)作品の隆盛がある。いやむしろ、BLの隆盛はもはや日本国内にとどまるものではない。いまや、諸外国との文化の相互貫入のありようを考慮せずに一国内のBL文化について語ることなど不可能なのである。異性愛を中心とする社会においてまだまだ「普通」とはみなされていない男性同士の性愛が、フィクションの中でこれほど頻繁に描かれ、国境を超えておもに女性読者の熱狂的な支持を得ていることは、十分に特筆すべき現象なのである。
この点については、ジェームズ・ウェルカーさん編著の『BLが開く扉 変容するアジアのセクシュアリティとジェンダー』(青土社)が詳しい。学術論文集なので本記事で紹介するものの中ではもっとも難しいが、題材のポピュラーさも手伝ってきっと面白く読んでいただけるのではないかと思う。
もちろん、性の多様性は研究の対象としてのみ世界に存在するわけではない。それはなによりもまず人々の生や暮らしに関するものである。人々の生や暮らしを切り取る表現形態は多様であり、したがって性の多様性を扱う表現形態もまた多様である。そこでここでは、絵本、漫画、写真集、映画ということなる表現形態をもつ作品の中からひとつずつ、わたしのおすすめのものを紹介させてもらいたい。
まずは絵本を紹介したい。マイケル・ホールさんの『レッド あかくてあおいクレヨンのはなし』(子どもの未来社)は、自分らしさにそぐわないことをさせられる悲劇と、自分らしさを取り戻すことの喜びを、レッドと呼ばれた青いクレヨンを主人公に平易に描く。性に関する言葉はいっさい出てこないが、それでいて性的少数者の子どもを支える優しさに満ちているのがはっきりと分かる、素晴らしい本である。大人は、後ろから4〜3ページ目の見開きのセリフを熟読してほしい。ひとつひとつのセリフが、現実世界で他者を支え励ます際のヒントになっていることがわかるはずだ。
おくらさん・橋井こまさんの『そらいろフラッター』(1〜3)は、若者たちを登場人物に同性間の恋愛を描いたマンガ。同性を好きになることの葛藤や喜びが爽やかに表現されているが、その中にセクシュアリティ(性的な欲望や快楽)の側面も実に巧みに描きこまれているところが素晴らしい。豊富な「ゲイあるある」には私も思わずニヤリとしてしまった。ゲイにもそれ以外の人にも届く、誠実で優しい作品だと思う。
つづいて森栄喜さんの写真集『Family Regained』(ナナロク社)。性的少数者にとって、家族とは両義的な存在である。一方でそれは自らを差別する針の筵のような環境であり、他方でそれは親密な他者と築くことを熱望される新しい関係性の別名でもある。実在の家族の中に森自身が紛れ込んで撮られた写真たちは、「本物で、普通の家族」を自明視する精神に揺さぶりをかける。ページをめくるごとに、写真集全体を彩る赤が「血縁」という意味から遠ざかっていく。
最後に、とびっきりスカッとする映画を1本。マシュー・ウォーチャス監督の『パレードへようこそ』(2014年)は、1980年代のイギリスを舞台に、同性愛者と炭鉱労働組合との連帯を描いた映画。「LGBTブーム」の中で忘れられやすい労働や格差といったテーマを扱っている点も重要だが、なにより同性愛差別的な炭鉱労働者たちが同性愛者に心を開いていくさまに、本当に救われる思いがする。
もちろん、これ以外にも素晴らしい書籍やアートはたくさん存在する。来年の6月までかかってもそれらを全部吸収することはできないだろう。この記事の読者がこの記事でとりあげたものとそれ以外の書籍やアートを存分に楽しみ、そして来年の6月にはプライド月間を何らかの形で支えてくださることを、強く願っている。