“マクラーレンらしさの結晶”、真の性能は望んだ時に──720Sの真髄を見た

英国製スーパーカーにはラテン系のような乗る前からの高揚感は必要ない。真の実力はドライバーが自ら心のスイッチを入れた時にこそ発揮されるのだ。右足と直結する心のスイッチが入りつつも、京都への道行きで、スーパースポーツに乗っているということさえ忘れそうになるほど、ただ運転しているだけで気持ちのいい “マクラーレンらしさの結晶”を味わった。
Mclaren 720S|マクラーレン 720S
Rei.Hashimoto

ヘッドライトとターンシグナル、エアインテークを組み合わせた大型のライトユニットを備えた。

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乗り手に“心の暖機運転”は必要ない

マクラーレンに乗るということは、フェラーリともランボルギーニともまるで違う経験である。8気筒以上のマルチシリンダーエンジンをリアミドに置く2シータースーパースポーツ、という基本のパッケージが似ているにもかかわらず、乗る前の気分からしてまるで異なるというのだから面白い。

フェラーリに乗る前はいつだって何やら浮ついた気分になっているのが自分でも分かる。ウキウキしているのだ。筆者の場合、初めて運転した跳ね馬は512TRだったけれども、それ以来、ハンドルの中央に黄色いマークを見てはいつも“跳ね馬に乗っているんだ”と何だか嬉しくてアッパレな気持ちになる。

ランボルギーニはというと、フェラーリとはまったく別の感覚がある。獰猛な相手にこれから対峙するかの如く、腹のそこに力を湛えて身構える自分がいる。ハラハラしている。初めてドライブしたカウンタック を思い出させるから、かもしれない。マタドールにでもなった気分とでも言おうか。

とはいえ、イタリア系はいずれも躁系だ。乗る前から質は違えどもコーフンしている。何もスーパースポーツブランドでなくとも、例えばアルファロメオアバルトだって同じかもしれない。否、フィアット チンクェチェントだってそう。そこがイタ車の魅力というやつだ。

650Sの後継モデルとなる、2017年のジュネーブショーで初公開されたスーパーシリーズの第2世代。ボディサイズは全長4545×全幅1930×全高1195mm。

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ところがマクラーレンに乗る前は、たとえこの華々しい空力スタイルを目の前にしていたとしても、心が妙に落ち着いている。期待していないかというと決してそうではない。実力の高さを十分に知っているから、今日も楽しむぞというくらいの気持ちにはなっている。けれども冷静沈着なのだ。高性能をいつでも自由に引き出せて、その必要のないときはまるで良くできたラグジュアリィスポーツサルーンのように付き合ってくれることを知っているから、不必要なまでに心を昂らせておく必要がない。

イタリア系に乗る前には気合をイッパツ入れておくという、乗り手の心の暖機運転が要求される。マクラーレンにはそれが要らない。好きな時、好きな場所で心のスイッチを自ら入れてみせろ。さすがは背広とジャージー発祥の地、英国生まれのスーパースポーツというべきだろう。

P1で初採用された一体型のカーボンモノコック(モノケージⅡ)を使用。ブランドアイコンとなるディヘドラルドアが備わる。ちなみにドアをオープンにすると1953mmの全高となる。

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ただ運転しているだけで気持ちがいい

とはいえ、今回のお相手は720Sクーペである。先だって高性能シリーズの765LT(ロングテール)がデビューしたとはいえ、ブランドのメインモデルは今なおこの720Sだ。12Cから続くスーパーシリーズの第2世代。マクラーレンらしさの結晶であると言っていい。

この720Sクーペというモデルは、イタリアのライバルたち(F8シリーズやウラカンEVO RWD)に負けず劣らず、過激な性能スペックを擁している。本連載でも絶賛した新シリーズのGTよりもロードカーとしては激しい気性の持ち主だ。それなりに気合を入れて臨まなければ、と思いつつ……。

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この個性的でいかにも速そうな空力スタイルを間近で見ても尚、落ち着いていられる自分がいる。ガバッと開くディヘドラルドアを見てもまだ鼻歌まじり。乗り込んでドアをしめ、車体中央よりのドライビングポジションでマクラーレンらしさを確認しても脈拍はさほど上がっていかない。

V8エンジンが背後で目覚めても、駐車場からそろそろと抜け出て街を走り出しても、その乗り心地の良さに改めて感動しながらも、ドイツ車を駆っているかのように冷静でいられる。日本車のように無味乾燥というわけじゃない。心は十分に満たされている。移動する間、一瞬一瞬のクオリティが非常に高い体。GTの時と同様に、ただ運転しているだけで気持ちがいいので、もはやスーパースポーツに乗っているということさえ忘れてしまいそうになってしまうのだった。

最高出力720ps/最大トルク770Nmを発生する、4リッターV8ツインターボエンジンを搭載。

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ドライバーの意思のまま、思い通りに駆け抜ける

京都に向けて東名高速を走り出しても、しばらくは平穏この上なく走っていた。確かにマクラーレンGTと比べればまだしも乗り味は硬派で、ちょっとした操作に対する車体のレスにもクイックさを感じる。ハンドルの中心がよりソリッドで、それゆえノーズの動きもまたGTよりはっきりとスパルタン、とも思う。

GTのマイルドさを時折思い出しながら走ってはいたが、高速域、特に新東名120km/h区間での安定した走りは快適そのもので、道路上の空間をすり抜けていくような、このブランドに共通する特有のライドフィールを楽しむことができた。

なんならこのまま、ちょっと硬派なグラントゥーリズモとして京都まで走り続けてもいいや、と思い始めた頃、新東名の3車線を全て100km/h以下で走る大型トラックに塞がれた。彼らの互いの速度差はせいぜい1、2km/hで、追い越し車線のトラックはじりじりと進んでいる。塞がれた方にとっては随分と焦らされた気分。追い越し車線に出てくるトラックもどうかと思うが、その前に真ん中をチンタラ走るトラックも悪い。大型は左側二車線でコトを済ませてくれ! とイライラしながら後についていた。

通常のメーターだけでなく、コンパクトな液晶メーターに回転数など最低限の情報のみを表示する仕様に変更できる。

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ようやく追い越し車線が空いた。数分の鬱憤を晴らすかのように、たまらずアクセルペダルを踏んだ。クルマからではなく、環境と意思の作用で右足に直結する心のスイッチが入ったのだ。

一瞬、車体がググっと路面に押しつけられたかと思うと発射台から放たれたかのように加速し、ドライバーはといえば腰から椅子ごと前へ弾かれたような気分になった。この凄まじい中間加速もまたモダンマクラーレンの真骨頂で、それこそイタリアンブランドとは一線を画するフィールである。

インテリアはレザーやアルミなどを用いてラグジュアリーな仕立てとされた。

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ドライバーが意思を確かに踏んだときに初めて、真の性能に触れることができる。このギャップがまたたまらないのだろう。マクラーレンがロードカービジネスへと第1世代のスーパーシリーズをもって参入した際、初めてMP4-12Cをサーキットでテストした日のことを思い出す。初めてのテクニカルサーキットをずっと笑顔のまま攻め込んだ。720Sでもそうしたい!

本当はトラック走行を、と言いたいところだが、生憎その時間がない。京都に着くなり、いつものワインディングロードへと繰り出した。

パワートレーンとハンドリングのモードをトラックに切り替える。メーターパネルが収納されて、見えるのはレブカウンターのみ。視界がさらにクリアとなった。

緻密に制御されたアクティブシャシーのもたらすハンドリングはやはりクラス最高レベルだと思う。ドライバーの意思に忠実でかつ正確な前アシの捌きは驚異的というほかない。さすがはフォーミュラーカーの世界でずっと第一線を張っているレーシングチームのロードカーだ。思い通りの加減速、中でも制動フィールもまた素晴らしい。

F8やウラカンとは異なる嗜み方が720Sにはある。日常域からサーキットまで、その高い総合パフォーマンスで選ぶというなら、911GT3RSと並んでアリだと思う。

文・西川 淳 写真・橋本玲 編集・iconic