整備費用は購入価格以上
髙田興平さん(46歳)は2008年に“品川33”の500SL(1982年型)を購入した。当時で26年落ち、かつ約10万km走行した中古車だったがコンディションはどうだったのか?
前話:Vol.10 品川33のメルセデス・ベンツ500SL 前編
「整備記録簿を見ると、しっかり整備を受けてきた個体でした。ただ、旧いクルマでしたから、“絶好調”というわけではなかったですね」
髙田さんいわく、「常に調子が良い、悪い、をいったりきたりしてきた」とのこと。
「旧車では、オウナーが変わると調子が悪くなるケースが多いですよね。それはオウナーによって運転の“癖”が異なるからです。このクルマの場合、前オウナーはある程度の距離を一気に走る“ツアラー”的な使い方が多かったようですが、ボクは街乗りもガンガンするいわば“アシ”的な使い方ですから、調子が悪くなりました」
購入してから数年間は、旧いメルセデスを得意とするショップにメンテナンスを依頼していたという。ある日、“エンジン内部を洗浄すれば調子が良くなる”と、言われるがままフラッシングを受けた。が、その後、おもわぬ結果に……。
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「フラッシングの結果、調子が良くなるどころか悪くなってしまったんです。エンジン内部のスラッジがなくなりその隙間からオイルが漏れて白煙を拭く、いわゆる“オイル下がり”が頻発するようになりました。修理するにはエンジンを開けるしか方法がなく、しかも1度エンジンを開けたら他にもあれこれやりたくなるから200万円以上は要する、と言われてしまい……」
しばらくは添加剤を入れて騙し騙し乗っていたという。“オイル下がり”以外は、とくに調子の悪い部分はなかったそうだ。
とはいえ完調ではない愛車の状態にどこか気持ち悪さを抱き続けていたとき、声をかけてくれたのがエスアンドカンパニーの代表を務める鹿田能規さんだった。同社は大阪と埼玉で、クルマの整備やカスタマイズ、カーラッピングの施工、板金塗装などを手がけている。
「鹿田さんとは、以前から気心のしれた遊び仲間でした。そこで500SLの状況と予算を伝え、修理出来ないかどうか、相談しました」
鹿田さん自身もちょうどその頃、R107の後期モデルである「560SL」に乗っていたという。
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「鹿田さんはまるで“町医者”のようでした。限りある予算のなかで、500SLをしっかり直してくれたのです」
オイル下がりを含めたエンジン関係をリフレッシュすると、次はエアコンが不調になって交換した。4速のオートマチックも2回オーバーホールしたという。さらに、足まわりもブッシュ類などを交換している。
「Sクラス(W126)用のダンパーに交換しました。鹿田さんの560SLの足まわりが、まさにそれだったのです。500SLを整備してもらうあいだ、しばらく鹿田さんの560SLを借りて乗っていたのですが、あまりの素晴らしさに感動して……ボクのもそれに交換しました」
これまでの整備費用は、「購入価格(約240万円)以上」になるという。「でも、ふつうにこれだけのメニューを整備したらその倍ちかくは掛っていたはず」とも。そしてなにより、各所に手を入れながら乗り続けることは「楽しい」と話す。
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「独身時代は頻繁にクルマを乗り換えましたが、結婚し、家を建てたりすると、当たり前ですがなかなか思うようにクルマに給料を注ぎ込めなくなってしまって……。だからといって、妥協して500SLに乗りつづけてきたのではありません。直せば直すほどクルマの状態が良くなってくることに、歓びと楽しさを見出したのです。この時代の西ドイツ製のクルマは、手を入れただけ、本当に新車のような輝きを取り戻せる。だからこそ、『これは一生乗るべきクルマかもしれない』との思いが深まりました」
964との再会
髙田さんは500SLを最愛のパートナーとして愛用するいっぽうで、いちど20代で手に入れたもののトラブル続出で“トラウマ”になってしまっていたポルシェ911(964)を再度購入している。
「結局964にきちんと乗れなかったのが悔しかったんです。それに周囲の“空冷ポルシェ乗り”から、『空冷ポルシェ、乗らずに死ねるか?』と、言われ続けていました。そこで、964を探し始めたものの、タマ数が驚くほど少なくなっていて希望する条件の個体。とくにMTの964は海外に多く流出しているためまったく見つからず……探しはじめて1年もするとすっかり諦めていました」
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が、諦めたころに偶然にも条件に合致する964が見つかった。空冷ポルシェ乗りの大先輩が、まだ店頭に並ぶ前の良質車を見つけ出してくれたのだ。1993年型の911カレラ2の最終モデルでトランスミッションは5速MT。ボディカラーは希少なソリッドブラックでサンルーフとリアワイパー非装着仕様という点も、髙田さんの希望通りだった。「これはもう買うしかない!」とのことで、購入した。その日から500SLと964の2台体制になった。
実は964を購入する半年ほど前に、髙田さん夫婦には待望の第一子となる長男が誕生した。2ドアの、しかもほぼ2シーター同然のスポーツカーを購入するのに、奥様からの反対はなかったのだろうか。
「嫁さんは半ば諦めていましたね(笑)。自分の旦那はそういう性分だし、クルマの仕事を本業としているのだから仕方ないって……。それは本当に、感謝しかありません。当初は964のリアシートにベビーシートを装着し、家族での買い物や旅行にも使っていました。でも、子どもが2歳になると『もっと子どもを乗せやすいクルマにしたい』と、いつになく強く要望されたのです」
奥様でも運転できるオートマの500SLを4人乗り化(ヨーロッパや北米仕様向けのリアシート・キットが販売されている)することも考えたという。とはいえ、2ドアに変わりはないから日常生活には不便。もう1台ファミリータイプのクルマを増車し、3台体制も考えたというが、ランニングコストなどを考えると現実的ではなかったという。
「贅沢な話かもしれませんが、964と500SLをそれなりに乗るためには時間が足りない、というのもありました。どちらのクルマも、乗らないで放っておくと調子が悪くなる。だからある程度は走らせる必要があるのですが、今は964を転がすのがとにかく楽しくて……500SLに乗る時間があまり確保出来なくなってしまい、気づけばガレージの中で埃をかぶっている時間が多くなっていたんです」
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「これはもう、手放す潮時なのかな」と、売却を決意したとき、鹿田さんからかけられた言葉が、「オレが里親になってあげようか?」のひとことだったという。
「鹿田さんから『思い入れのあるクルマだろうから、見ず知らずの人が乗っていたらきっと悲しくなるよ』と、言われました。どこかほかに売るのではなく、自分の思いをきちんと理解してくれている人に引き継いでもらおう、と、決意したんです」
いくつものライフイベントをともにした500SL
髙田さんは500SLに乗るようになって、クルマに対する価値観が大きく変わったという。
「クルマを長く乗ることの大切さを教わりました。この500SLは、ボクの人生でいちばん長い時間を過ごした“相棒”ですからね」
500SLに乗ってから、その人生自体も大きく変わった。
「500SLを購入した頃に父を亡くし、結婚をして、家を建て、仕事では新しい媒体を立ち上げ、そのあと転職も経験しました。数年前には母も亡くしましたが、そのすぐ後に息子を授かりました。500SLは、いろいろなことがあった“人生の中盤”ともいえる時期に、ずっとそばにいてくれたので思い入れが深いんです。だから本音をいえば、手放したくはなかった」
500SLを鹿田さんに引き継いでもらうタイミングで、髙田さんはフォルクスワーゲン「ゴルフGTI」(6代目)を購入した。GTI誕生から35周年を記念した特別モデル「エディション35」という希少車だ。鹿田さんが驚くほどのグッドコンディションの個体を見つけてくれたのだという。
「ゴルフも昔から好きでした。GTIですから乗り心地は硬く、ファミリーカーとして適しているかどうかはなんともいえませんが、ドアは4枚ありますし、荷物もつめてチャイルドシートも設置しやすいので、嫁さんも納得してくれました。なにより運転がしやすいことを喜んでくれていますね」
現在、髙田さんのガレージには964とゴルフGTIが並ぶ。500SLはないものの、自宅からクルマで10分ほどの場所にある鹿田さんのマンションの駐車場に置かれ、“品川33”も品川ナンバー管轄内で暮らす鹿田さんに「きちんと引き継いでもらうことができた」という。
「鹿田さんは、500SLをさらに手直しして、それこそ一生乗り続けられるようなコンディションへ仕上げていってくれています。もちろん、1度手放す決意をしたので未練がましいことは言いませんが、それでもいつかまたタイミングがきて、鹿田さんが500SLを手放すのであれば、真っ先にボクに声をかけてもらう約束をしています。そのときは、ぜひ買い戻したい(笑)」
500SLを前にその魅力を嬉しそうに話す髙田さんと鹿田さん、ふたりの新旧オウナーの表情からは、形はどうあれ、この500SLをより良い状態で後世に残し続けようとする気概のようなものを感じた。その思いを応援したい。
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Vol.10 品川33のメルセデス・ベンツ500SL 前編
文・稲垣邦康(GQ) 写真・安井宏充(Weekend.)