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【GQ読書案内】2月に読みたい「身近な旅」の3冊

編集者で書店員でもある贄川雪さんが、月にいちど、GQ読者にオススメの3冊を紹介します。
【GQ読書案内】2月に読みたい「身近な旅」の3冊

まだまだ遠出をしにくい日々が続いているので、今月は「身近な場所」を歩きなおしたくなるような本を紹介します。

『地球の歩き方 東京 2021~2022』(本体1,836円)

話題の「東京を知る最適書」

おなじみの海外旅行情報誌『地球の歩き方』が、創刊40年の歴史の中で初めて国内を特集した「東京版」(初版2020年9月)が話題になっている。発行元がダイヤモンド・ビッグ社から学研プラス社に移り、今年の1月26日に学研版初版が発行された。これは通算すると8刷目にあたり、現時点で発行部数は8万部を超えるという。

元々オリンピックを見越して企画されたものだというので、最新スポットを多く取り上げているのだろうと勝手に思っていた。しかし実際は、文化と地続きの場所・店舗が重点的に取り上げられている。

たとえば「第三章 歴史と文化」で8ページにわたって掲載されている「年表でみる東京の歴史」では、今なお残る名ホテルや、老舗の飲食店が成立した時代・文化を俯瞰できる。続いて、江戸の伝統芸能や東京ゆかりの文学を紹介するコラムがあると思えば、一方で都内のアニメの聖地マップが展開される。新旧問わず、土地の歴史と文化に立脚してガイドする姿勢は、まさに「地球の歩き方」そのもの。「関東圏に住んでいる人が買っている」というのも納得できる、学び直しに最適の1冊かもしれない。

一緒に読みたいおすすめ本
「なし」

岸 政彦、柴崎友香『大阪』河出書房新社(本体1,700円)

「大阪ってこうでしょ?」の先に

2冊目は、大阪にまつわるエッセイ集だ。書き手の1人は、30年以上大阪に住んだ作家の柴崎友香さん。もう1人は、30年を超えて今も大阪に暮らす社会学者の岸政彦さん。先に紹介した『地球の歩き方 東京版』は万人向けのフラットな情報ガイドだが、こちらは至極私的な街の記憶を綴った1冊。

「はじめに」で岸さんは「大阪とはなんだろうか。大阪を書く、ということは、どういうことだろうか。なにをすれば、大阪を書いたことになるのだろう」と問いかける。これは大阪に限らず、場所を語る行為に普遍的につきまとう問いだ。しかし、あえてこの一文が付されたのは、大阪を語ることには、かつて強い呪縛があったからではないか。

道頓堀に通天閣、粉もん、関西弁、お笑いにヤクザ……景気が良くて、いきがいい、いわゆる“コテコテ”を「大阪といえばこれでしょ?」と想起する人は、もはやいない。本書が心地よいのも、肩肘を張った「大阪ってこうでしょ?」から、自然と大阪が解放されているからだ。ややくたびれた大阪の風景が、断片的に積み重なっていく。それが多少なりとも大阪で暮らした自分の実感にとても近くて、手触りのある「大阪」が浮かび上がってくる心地がした。

一緒に読みたいおすすめ本
柴崎友香『わたしがいなかった街で』(新潮社、2012)
岸政彦『ビニール傘』(新潮社、2017)

内澤旬子『内澤旬子の島へんろの記』光文社(本体1,600円)

自分の中のわだかまりに向き合う小さな旅

内澤旬子さんといえば、各国の屠殺場をルポした『世界屠畜紀行』や、乳癌治療ののち離婚、その後小豆島へ移住しそこでの生活を記した『漂うままに島に着き』、そして、文字通り『ストーカーとの七〇〇日戦争』をした際のドキュメントなど、興味深いテーマで執筆を続ける書き手だ。そんな内澤さんが今回向き合ったテーマが「お遍路」。といっても、舞台は四国八十八箇所ではなく、内澤さんが6年前に移住した小豆島の八十八箇所の霊場だ。いわば近場だし、「飼っているヤギの食事の時間までに帰る」という日常と地続きの現代的なお遍路である。

それでも、人が「お遍路をする」という時、それが単に旅をする、霊場を踏破するという以上の意味を持っているのは明らかだ。自分の中にあるわだかまりに向き合うために、人はお遍路をする。内澤さんの場合は、ストーカー被害による対人恐怖症が遍路の中で和らいでいき、移住先として暮らす小豆島の新たな魅力を自らの足で再発見していく。

家から少し出てどこかを訪れる。それを積み重ねることが、自分の心に何かをもたらす。本書は、いままさに多くの人に響く旅の本だと思った。

一緒に読みたいおすすめ本
宮田珠己『だいたい四国八十八ヶ所』(本の雑誌社、2011)
内澤旬子『漂うままに島に着き』(朝日新聞出版、2016)

本屋plateau books

贄川雪(にえかわ ゆき)
PROFILE
編集者。本屋plateau books選書担当・ときどき店番。

本屋plateau books(プラトーブックス)
建築事務所「東京建築PLUS」が週末のみ営む本屋。70年代から精肉店として使われていた空間を自らリノベーションし、2019年3月にオープン。ドリップコーヒーを味わいながら、本を読むことができる。

所在地:東京都文京区白山5-1-15 ラークヒルズ文京白山2階(都営三田線白山駅 A1出口より徒歩5分)
営業日:金・土・日・祝祭日 12:00-18:00 
WEB:https://plateau-books.com/
SNS:@plateau_books

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