“幻のモデル”になるかもしれない──日産GT-Rニスモ スペシャル・エディション試乗記

日産「GT-R ニスモ」の2022年モデルに設定された特別仕様車「スペシャル・エディション」に大谷達也が試乗した。
日産自動車 NISSAN 日産 GTR R35 GTR NISMO ニスモ ニスモ スペシャル・エディション
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アテーサET-Sの恩恵

あれからまだ3、4年しか経っていないはずだ。

とある雑誌の企画でNISSAN GT-Rニスモに富士スピードウェイで試乗したときのこと。朝1番でコースインした私は、2周目の2コーナー出口でGT-Rニスモにムチを入れた。すると、まだ十分にあたたまっていなかったリアタイヤが600psのパワーに屈し、振り子のようにテールを左右に振り出す仕草を見せた。

【主要諸元】全長×全幅×全高:4690×1895×1370mm、ホイールベース2780mm、車両重量1720kg、乗車定員4名、エンジン3799ccV型6気筒DOHCガソリンターボ(600ps/6800rpm、652Nm/3600〜5600rpm)、トランスミッション6DCT、駆動方式4WD、タイヤサイズ フロント255/40ZRF20、リア285/35ZRF20、価格2464万円。

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ニスモ専用の20インチ鍛造ホイールはレイズ製だ。ブレーキは「NCCB(Nissan Carbon Ceramic Brake)」と呼ぶ専用のカーボンセラミックタイプ。タイヤは、グリップ力を向上させるためにハイグリップゴムを採用。ナノレベルでの材料構造分析を実施し、世界トップレベルのグリップ力を実現したという。

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一般的にはここでスタビリティコントロールが介入し、私のスロットルワークとは関係なくエンジン出力が絞られるところであるが、そのときGT-Rニスモは私の意図を正確にくみ取って強大なエンジンパワーを発揮し続けるとともに、それまで後輪により多く配分されていたエンジントルクをフロント寄りに調整して体勢を立て直すと、加速の勢いを弱めることなく次のAコーナーに向けて突進していったのである。

ステアリングをどちらかに切った状態で後輪に過大なパワーをかければテールは外側に振り出されるが、反対に前輪に多くパワーを配分すればクルマが前に引っ張られる格好となり、クルマの姿勢は安定する。ただし、コーナー進入時にフロントの駆動力を必要以上に強めるとフロントタイヤのキャパシティを越えてアンダーステア、つまりフロントがアウト側に逃げようとする恐れがある。

空力性能を高めるニスモ専用のカーボンファイバーを使ったリアスポイラーやフロントバンパーなどを装備する。

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軽量化のためルーフはカーボンファイバー製だ。

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エンジンフードは、カーボンファーボン製に換装され、約4kgの軽量化を実現。

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こうした「曲がり」と「加速」との、矛盾する相互関係を解決するために生まれたのが日産の「アテーサET-S」であり、私がステアリングを握るGT-Rが不安定な姿勢に陥るのを防いでくれたのも、この電子制御式4WDシステムの恩恵だったといえる。

この日、私が操ったGT-Rは、コーナリング時にエンジンパワーを削ぐことなく体勢を立て直す能力を見せつけただけでなく、1.5kmにおよぶ富士スピードウェイのメインストレートでも天井知らずの加速性能を発揮した。

試乗を終えた私は、GT-Rのパフォーマンスに上機嫌になって横浜の日産本社を目指したのだが、正直にいって、これがなかなか辛い作業だった。

各所にレザーと人工皮革(アルカンターラ)を使ったインテリア。インパネ上部の純正ナビゲーション・システムは標準だ。

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快適な乗り心地

まず、荒れた路面ではタイヤからのショックがビシビシと伝わってくるうえ、ちょっとした轍でもステアリングを左右にとられるため、まったく油断がならない。日産で無事にGT-Rニスモを返却したときには、ほっとため息をついたくらいだ。

ところが、いま私が操っている2022年モデルのGT-Rニスモ・スペシャル・エディションは、おそろしく快適だ。路面からの衝撃をしなやかに吸収してくれるうえに、轍に進路を乱されることもない。3年ほど前にあれほど私を疲れさせたGT-Rとはまったくの別物で、私はまるでキツネにつままれたような気分を味わった。

スペシャル・エディションが搭載するエンジンのピストンリング、コンロッド、クランクシャフトなどは、専用の高精度品を採用し、レスポンスを高めたという。高精度の証としてのアルミ製ネームプレートも付く。

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最高出力441kW(600ps)を発揮するニスモ専用のVR38型エンジンは、専用のGT3タービン(IHI製高効率・大容量ターボ)にくわえ、気筒別に最適な点火時期をコントロールする気筒別点火時期制御などを採用する。

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今回は本格的にワインディングロードを走るチャンスはなかったが、いくら快適性が優れているとはいえ、足まわりがフワついた動きを見せることは皆無で、常に十分なダンピングが効いた、無駄な動きのない走りを楽しめる。

しなやかでありながら挙動がいたって安定しているのは、GT-Rの基本レイアウトが優れているからだろう。ギアボックスを後車軸上に搭載したトランスアクスル方式は、前後の重量バランスを改善するだけでなく、低重心化にも役立っているはずで、フロントにエンジンを搭載する一般的なセダン・タイプのスモーツモデルとは、ハードコーナリング時の“腰の据わり方”がまるで異なる。

FUJITSUBO製チタン合金製マフラーを標準装備。職人がひとつひとつ手で加工したエキゾーストフィニッシャーを採用する。

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トランスミッションは6DCTのみ。

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また、GT-Rはリアタイヤが一旦滑り始めても、カウンターステアで素早く修正するのが容易だが、これも、重量物をなるべく車両の中心付近に集めるレイアウトの恩恵と思われる。

いずれもレーシングカーの設計で用いられる手法だが、おかげでGT-Rはフロントエンジン・レイアウトにもかかわらず、腰高感が薄く、意のままに操れるハンドリングを手に入れたのである。

アナログのメーターはニスモ専用デザイン。

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ナビゲーション用モニターには水温や油温も表示出来る。

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インパネ下部には、6DCT、ダンパー、VDC-R(横滑り制御装置)の特性を切り替えられるスウィッチがある。

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モータースポーツファンにはたまらない魅力

エンジンもGT-Rの魅力を語るうえで欠かすことのできない存在だ。その有り余るパワーもさることながら、メカニカルノイズをふんだんに聞かせるサウンドは、自分がレーシングカーを操っているかのような感動を呼び起こすもの。この音を聞いているだけでも深い高揚感を味わえるはずだ。

GT-Rニスモのカーボンコンポジットをふんだんに用いた内外装もレーシングカーを彷彿とさせる。これが軽量化に貢献することは明らかだが、その仕上がりが美しいことも特筆すべきで、所有欲を満足させるという意味でも申し分ない。とりわけ、今回試乗したニスモ・スペシャル・エディションはカーボン製ボンネットがクリア塗装仕上げとなっており、得も言われぬ迫力を放っている。モータースポーツファンにはたまらない魅力だろう。

FUJITSUBO製チタン合金製マフラーを標準装備。職人がひとつひとつ手で加工したエキゾーストフィニッシャーを採用する。

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フロントシートは、シートバックにカーボンファイバーを使った専用のレカロ製。

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そんなGT-Rも発売から約14年を経て、生産終了にまつわる噂がしきりに飛び交っている。そのいっぽうでフルモデルチェンジされるとの情報もあるが、EV(電気自動車)化されるかもしれない次世代GT-Rを、現行型とおなじ文脈で語れるのか、疑問だ。

さらに心配なのが、日産の公式ホームページを見ると「予約注文台数が予定販売台数量に達したため、オーダーを終了しています」という文言が目立つ点。

リアシートはふたり掛け。オーディオはBOSE製だ。

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ラゲッジルームにはゴルフバッグも積める。

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ニスモ専用のフロアマットは14万800円のオプション。

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GT-Rニスモにくわえ、限定モデルのTスペックも販売を終了しており、残るは標準仕様とトラックエディション・エンジニアード・バイ・ニスモのみだ。それさえも、半導体不足の影響により新規商談や注文の受付が中断されているのだから、現行型GT-Rもすでに“幻のモデル”の仲間入りをしているのかもしれない。

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文・大谷達也 写真・小塚大樹