イタリアのTKG = カチョエペペを知っているか?

なぜだか、なんだか、どうしても、無性にカチョエペペが食べたくなるというクリエイティブディレクターの嶋浩一郎。緊急事態宣言明けにさっそく行きたい東京のベスト4軒を紹介。

自由に外食もできない状況が長く続いていますね。このコロナ禍では「メリハリ」って言葉の検索数が上がっているそうです。うん、たしかにその気持ちわかります。「何のために毎朝通勤してオフィスに行く必要あるんだっけ?」。「なんのために毎日メイクしていたんだっけ?」。本当に必要なものは何なのか多くの人が考えてきた1年だったんじゃないかと思います。そんな、エッセンシャルを求める時代にぜひ味わっていただきたいのが「カチョエペペ」。ある意味、イタリア版TKGだと僕は思っています。我らが卵かけご飯は、 卵と醤油とご飯というまことにシンプルな構造。それに対してカチョエペペは、チーズと胡椒とパスタというこれまたあらゆるものを削ぎ落としたもの。ちなみに、コロナの間「めだかの飼い方」ってワードも多く検索されたそうだから覚えておいてください。

カチョエペペはその極限までシンプルな料理のため多くのイタリアンレストランではまかない用につくられ、グランドメニ ューに書かれることがありませんでした。あんなに美味しいのに、二軍選手扱い だったわけです。しかしですよ、カチョエペペはその少ない変数の掛け合わせによって、その味わいには無限に広がる大宇宙が生まれるんです!(遠い目)。 本当に必要なものだけを見つめる今の時 代にふさわしいではないですか。エッセ ンシャルの風を受け、はばたけカチョエペペ!その深遠な世界に皆さんを案内してくれる4軒をご紹介いたします。

1. クオーレフォルテ  東京都世田谷区北沢3-20-2 大成ビル1F   TEL03-6796-3241  営17:30〜23:00 LO  休:火

トップバッターは下北沢の「クオーレフォルテ」。店主羽賀大輔さんのこだわりのスピーカーfostexからは、シティーポップが流れています。村上春樹はパスタを茹でるときロッシーニのオペラがあうと 『ねじまき鳥クロニクル』に書いていましたが、僕はパスタを食べるときに竹内まりやの曲が意外にあうことにこの店で気づかされました。羽賀さんは基本太麺好きなのでカチョエペペにもカンパーニャの「VICIDOMINI」という麺メーカーのスパゲットーニを使用。この麺、稲庭うどんのように吊るして乾燥するそうです。 チーズは本来のレシピの羊のチーズに牛乳からつくったグラナ・パダーノをミックス。クオーレフォルテのカチョエペペの楽しみ方は太麺の小麦の旨さを噛みしめること。ホロホロ鳥をトッピングするメニューもあり、身質が赤身の旨味を持つホ ロホロ鳥を麺とともに咀嚼していると鳥の旨味もろとも、小麦の味もしっかり伝わってきます。小麦って旨いなあと噛みしめるほどにその旨さを発見できる一皿。

2. 141 東京都目黒区自由が丘2-14-1 とりまさビル 3F    TEL:03-6421-3365  営18:00〜 26:00  休:木、月1回水 ※要予約

次は自由が丘の「141」。この店名、店主が石井一輝さんだから。僕はワンオペでメニューが多い店が大好きなんですが、カウンターに座って石井さんの手際いい調理プロセスを見ているだけで楽しくなります。石井さんは麺とチーズ&胡椒のテクスチャーを際立たせるために細めのスパゲッティーを使っています。スパゲッティーに粗挽きのチーズと胡椒がからまった食感は絶妙。麺と、粒子を感じる胡椒と、粉雪のようなチーズとの3段階のテクスチャーを同時に味わう感じは、ジャズトリオの抜群なインプロビゼーションのようです。

3. ナスキロ  東京都新宿区  TEL:非公開 営 16:00〜最終入店20:00 休:日、月、木 ※紹介制(毎月29日は一般予約可)。予約はInstagramより

新宿御苑の「ナスキロ」。肉好きの間では知らない人はいないと思われるステーキの店。〆としてカチョエペペがオーダーできます。店主高山いさ己さんの実家は浅草の焼き肉店「冨味屋」。肉中心のイタリアンレストランの経営をへてステーキの店を開店。ナスキロのカチョエペペはとっても優しい味。ステーキを食したあとに気分をカームダウンしてくれる感じでしょうか。最大の特徴は使う胡椒が白胡椒だということ。熟した胡椒の外殻をとってつくった胡椒はマイルドな味わいが特徴。ナスキロではカメルーンのペンジャ産白胡椒を使っています。カチョエペペはどちらかというとガツガツいきたいパスタだけど、落ち着いて味わいたいタイプの意外性にやられたという感じ。たとえれば、張り切ってバッターボックスに入ったら、球速の遅い変化球に仕留められた気分。食後にソファー席で漫画を読めるのも素敵。見事な緩急です。

4. スポルカチョーネ  東京都世田谷区用賀3-18- 4 TEL:03-6873-0255 営15:00〜 22:00(土祝 12:00〜)休:日、水

いっぽうでやんちゃなカチョエペペをガツガツ食べたいという方におすすめなのが用賀の「スポルカチョーネ」のカチョエペペ。もうね、2mm径のスパゲットーニの麺を噛み締めた瞬間に口の中にチーズの味がじゅわっと滲み出る感じが最高です。ここでもチーズにグラナ・パダーノが使われています。このチーズは日本人に懐かしい味を感じさせるんですよね。店名の「スポルカチョーネ」はイタリア語で食べ散らかすという意味で、いつ行ってもこの店は賑やかでお客さんは楽しそう。イタリアの赤ワインをガブガブいきながら、大胆に攻めてほしいカチョエペペです。

嶋 浩一郎 

1968年生まれ。博報堂ケトル・クリエイティブディレクターをメインに、本屋大賞実行委員会理事、下北沢「本屋B&B」運営、ラジオNIKKEI第2「ラジオ第二外国語」パーソナリティなど、多方面で活躍。著書に『このツイートは覚えておかなくちゃ。』 (講談社)、『欲望する「ことば」「社会記号」とマー ケティング』(共著・集英社新書)、『なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか』(祥伝社)など。

Words & Photos 嶋 浩一郎 Koichiro Shima