新しい“上質”
世のなかには、地味だけれどいいものがある。自動車で思いつくのは、BMWの「5シリーズ」だ。日本では、SUV全盛だけに、存在感がすこし希薄になったかもしれないが、じつはとてもいいセダンである。欧州ではベストセラーだ。
2020年秋にマイナーチェンジを受けたプラグ・イン・ハイブリッド「530e」は、パワフルでぜいたくなセダンを欲しいひとに勧めたい。
530eは全長4975mmと余裕あるサイズのボディに、1998cc直列4気筒ガソリンターボ・エンジンに電気モーターのパワープラント搭載。システムのトータル出力は215kWで、最大トルクは420Nm。後輪駆動だ。
発進時はモーターの駆動力をフルに使うため、1910kgの車重をまったく感じさせず発進し、さらに速度があがっていくときに、一瞬たりとも力が途切れるような感覚はない。非常にスムーズだ。知らずに乗ると4気筒エンジン搭載車とは気づかない。これまでにはない、新しい“上質”である。
モーターで発進し、最大54kmまで可能なバッテリー駆動のモーターで走り、そのまま充電モードなしに走り続けると、エンジンにバトンタッチする。
4気筒エンジンも“さすがBMW"と言いたいスムーズな回転フィールと、痛快なサウンドを聴かせてくれるので、いってみれば、ひと粒で二度おいしい感覚が楽しめる。
素晴らしい走り
私は、ずっと5シリーズの大ファンで、いまのモデルも、ポルトガルの発表会からこのかた、折りに触れてドライブを楽しませてもらってきた。パリからル・マンまで走って24時間レースを観戦したのも、いまとなってはいい思い出だ。
5シリーズがいいのは、作りのよさ。ボディサイズは比較的ゆったりしているものの、エンジンのよさを存分に味わわせてくれるハンドリングを持っている2面性も、また他社の商品では見つからない魅力だった。
5シリーズに最初乗ったのは、1980年代初頭で、それは初代だった。そのあとすぐ2代目にも乗って、以来、上記のような魅力が薄らぐことがない。
今回の試乗では、東京から蓼科まで走った。路面からのフィードバックをしっかり伝えてくれて、気持ちの良い感覚のステアリング・ホイールと、アクセルペダルの踏み込みに対する反応のよさは、さすが、という感じ。
乗り心地は、車重も手伝って、重厚で快適だ。どんな路面でも、私の姿勢はフラットに保たれ、かつステアリング・ホイールに強いキックバックがくることもない。
蓼科では山道も走行したものの、スムーズで、やはり“すばらしい”と感じた。
インテリアは5シリーズのもうひとつの魅力。2975mmのロングホイールベースの恩恵もあって、前後席ともに、広々と感じられる。
かつ、試乗車には「レザーフィニッシュダッシュボード」や、BMWインディビジュアルによるソフトな感触の「メリノレザー」シートが装備されていて、ぜいたくだった。5シリーズの世界観と合うのだ。
充実の先進機能
2020年のマイナーチェンジで、キドニーグリルがさらにワイドになったうえ、ヘッドランプにはL字型のLEDライトが組み込まれた。リアでは、コンビネーションランプの造型が立体的になっている。
「オーケイ、ビーエムダブリュー」という発話で起動する対話型コマンド「BMWインテリジェントパーソナルアシスタント」搭載。ナビゲーション・システムの目的地をスマートフォンから転送することもできるし、電話のデバイスが車両のキーがわりとなって、ドアの施錠と解錠、さらにエンジン始動までおこなえる。これも、改良で採用された機能だ。
実際、試すと音声認識機能の高さに驚く。「●●へ行きたい」と呼びかけると、ほぼ完璧に希望の目的地を検索してくれる。
3シリーズで先に導入された「ハンズオフ機能つき渋滞運転支援機能」が標準装備。3眼カメラとレーダーによる検知と高性能プロセッサーを組み合わせている。高速道路などにおいて、一定の条件下であれば、ステアリング・ホイールを握っていなくても、車線を守りながら先行車を追従走行してくれるので便利だ。
ドライバビリティの高い、つまり運転して楽しいクルマにとって、運転支援システムは、ちょっと相容れない機能のように思えないこともない。せっかくの楽しみを奪われてしまうような気がするからだ。
でも、えんえんと高速道路を走るような機会が多いひとなら、重宝もするだろう。技術とは、転ばぬ先の杖でもあるから。
今回試乗した「530e Edition Joy+」はディーゼルやプラグ・イン・ハイブリッドなど、燃費を中心とした環境対応車に設定された“お買い得”仕様。価格は815万円だ。
530eでは上に「Luxury」も設定されている。いっぽう、スポーティなサスペンションを組み込んだ「530e M Sport Edition Joy+」は840万円だ。
文・小川フミオ 写真・安井宏充(Weekend.)