普通の道でも進化点はよくわかる
「どこへでも行き、生きて帰って来られる」
という謳い文句のトヨタ・ランドクルーザーの新型“300シリーズ”に試乗した。もっとも、試乗コースは都内の一般道と首都高速という、キャッチコピーが示唆する世界とは似ても似つかない“ヤワ”な環境。それでも新型の進化点ははっきりと確認できたので、ご報告しよう。
試乗車は装備が充実した「ZX」というグレード。エンジンは「F33A-FTV」と呼ばれる新開発の3.3リッターV型6気筒ディーゼル・ターボを搭載する。ちなみにシートレイアウトはガソリン・エンジンが3列7人乗りとなるのに対し、ディーゼル・エンジンは2列5人乗りのみとなる。価格は760万円。
エンジンの始動ボタンはメーターパネル左側の、やや高い位置にある。実は、嬉しくないことにランクルは窃盗団からも大人気のため、新型では指紋認証システムを導入。あらかじめ登録したユーザーと指紋が合致しないとエンジンが始動しないセキュリティ・システムを装備している。ただし、今回はシステムがオフになっていたので、私にもエンジンを始動させることができた。まずはほっとひと安心である。
ランクルの広い室内に腰掛けていると、新開発のディーゼル・エンジンが発する音はごく小さく感じる。でも、そのとき車外にいたトヨタ関係者がなにかを話しかけてきたので窓を開けたら、ガラガラと意外なほど盛大なノイズがキャビンに飛び込んできた。もっとも、ここは天井があまり高くない地下駐車場。エンジン音がコンクリートの壁で反響したために、余計にうるさく感じられたのだろう。いずれにしても窓を閉めていればエンジン音はほとんど気にならない。この印象は、地下駐車場を抜け出して地上に出てからもほとんど変わらなかった。
格段に洗練された乗り心地
新型のボディサイズは全長4985mm、全幅1980mm、全高1925mmという立派なものだが、最近の欧米製フルサイズSUVのなかには、これよりも大きなモデルがいくつもあるので、とりたてて扱いにくいとは感じなかった。
むしろ、直線的な形状のボンネットは見切りが良好なため、狭い路地にも自信をもって進入していけたくらいだ。
都内の一般道を走っていてまず気づいたのが、旧型に比べて格段に乗り心地が洗練されたこと。サスペンション系のフリクションがいかにも少なそうで、タイヤがスムーズに上下している感触が伝わってくる。この辺は、サスペンションダンパーを直立に近づけて、サスペンションが上下する動きとダンパーのストローク方向を近づけたことが利いているのだろう。
いずれにしても、リアサスペンションがリジッドアクスル式とはにわかに信じられないくらい、足まわりの動きは軽快でスムーズだ。
新型にはエコ、コンフォート、ノーマル、スポーツ、スポーツ+、カスタムという6段階のドライビングモード切り替えが装着されているが、このうちコンフォートを選ぶと波うった路面でボディがユラユラと軽いピッチングを起こすくらい、足まわりの設定は柔らかめになる。こうしたソフトなサスペンションは、本格的なオフロード走行の際に役立つものと考えられる。オンロード志向の強い最近のSUVにはあまり見られないセッティングで、私は大いに好感を抱いた。
いっぽう、こうしたピッチングが気になるようであればノーマルもしくはスポーツを選べばフラット感の強い乗り心地に変わるので、ご安心いただきたい。いずれにせよ、リアにリジッド式サスペンションを備えたSUVとしては非常に洗練された乗り心地である。
とはいえ、五官を研ぎ澄ませて観察すれば、リジッドアクスル式らしい足まわりのドタバタ感が伝わってくることもある。それは、高速道路などで目地段差を乗り越えたときのように、タイヤが素早く上下したときに起きることが多い。これとは別に、やはり目地段差ではアクスルが上下方向ではなく左右方向に揺れたような感触が伝わってくることもあった。もっとも、これらは車輪の動きに神経を集中させて、ようやく感じられる程度の些細な現象に過ぎない。従来型のユーザーや、リジッドアクスル式のSUVに乗り慣れているユーザーであれば、新型ランクルのスムーズな乗り心地に驚くこと請け合いである。
心から拍手を贈りたい完成度
ハンドリングの進化も目覚ましい。新型は高速走行時のステアリングのすわりがよく、ドライバーが特に意識しなくても自然とまっすぐに走っていく。
また、車線内で少しだけ進路を修正したいときは、わずかにステアリングを切るだけでスムーズかつ正確に向きを変えてくれる。ステアリングの中立付近に大きな遊びがあったり、切ってからしばらく待たないと向きを変えてくれなかったりするようなことは皆無。この辺は、リジッドアクスル式サスペンションを採用していた往年のクロカンSUVとは大違いである。
窓を閉め切っている限り、エンジン音がうるさく感じられないことは前述のとおり。正直にいえば、最近はこれより静かなディーゼルSUVがないわけでもないけれど、新型ランクルの場合は音色が耳障りではなく、また高回転域でも安っぽいビビリ音を響かせたりしないので、快適性は高い。むしろ、アクセルペダルを大きく踏み込むと、クォーッという迫力ある吸気音が耳に届いて、気分が高揚してくるくらいだ。
エンジンのトルク特性は全回転域でフラット。スロットルレスポンスも良好で、4200rpmと思しきレッドゾーンまで引っ張ってもエンジンのスムーズさは失われない。充分にパワフル、そして意外なほどスポーティなディーゼルエンジンだと思う。
数々の運転支援装置を装備していることも新型の見どころのひとつ。試乗車にはアダプティブ・クルーズコントロールにアクティブ・レーンキーピング(トヨタはレーン・トレーシング・アシストと呼ぶ)も装着されていたが、残念ながら後者は作動がややぎこちなかった。
新しいランクルでは、このアクティブ・レーンキーピングを実現するためにステアリングコラム上に電動ステアリングアシストを装備しているが、これだけでは「どこへでも行き、生きて帰って来られる」のに必要な信頼性が確保できない恐れがあると考えたトヨタの技術陣は、実績のある油圧式パワーステアリングを残して電動式と組み合わせた。もっとも、ステアリングコラム式の電動アシストは、もともとコンパクトカー向けに開発されたもの。新型ランクルに装着されたシステムがどの程度の出力を持っているのかはまだ確認していないが、ひょっとしてこの電動アシストの能力が充分に高くないことが、アクティブ・レーンキーピングがギクシャクする原因ではないかと要らぬ想像を巡らせてしまった。この点については、後日、技術者と懇談する機会があるので、その際に確認しておきたい。
いずれにせよ、新型ランクルで私が物足りないと感じたのは、高速道路の目地段差を乗り越えたときの些細な違和感とアクティブ・レーンキーピングのスムーズさの2点だけ。これを除けば、新型は驚くほどの洗練されたSUVに仕上がっていた。とりわけ、乗り心地とハンドリングはオンロード向けに開発された最新のSUVと比べても遜色がないくらい。これは本格的なオフロード性能を備えたクロカンSUVとして異例なことといっていい。
そもそも、こうした舗装路での乗り心地やハンドリングは、ランドクルーザーにとって付加価値のようなもの。そんな領域でさえ驚くほど高い完成度で仕上げられた新型ランドクルーザーの出来映えには心から拍手を贈りたい。こうなると気になってくるのが、ランドクルーザーの本領というべきオフロード性能の完成度だ。
いつの日か、新型ランドクルーザーと道なき道を走ってみたいものである。