英国は「1,400万人へのワクチン接種」を2月中旬までに終えられるか? 目標達成に向けたいくつかの障壁

英国政府は新型コロナウイルスのワクチンを1,400万人に接種する計画を2月中旬までに終える方針を明らかにしている。だが現実問題として、この意欲的な目標は短期間で達成できるのだろうか? それにはワクチン不足や超低温物流、容器不足など、さまざまな問題を解決する必要がある。
Vaccination
CHRISTOPHER FURLONG/GETTY IMAGES

英国の都市ヨークで60,000人の患者がいる診療所に勤務する総合医のアビー・ブルックスは、2020年12月初旬の日々を慌ただしく過ごしていた。新たに承認されたファイザーとビオンテックの共同開発による新型コロナウイルスワクチンの一般向け投与開始を目前に控え、その準備にほとんどの時間を費やしていたからだ。

ところが、予約の受け付けもスタッフへの指示も完了しているというのに、肝心のワクチンがどこにも見当たらなかった。

「納入されるはずだったワクチンがぎりぎりになってから届かないとわかり、やむなく予約していた人たちにキャンセルを伝えました。当然ながらスタッフを含め全員が憤慨していました」と、ブルックスは言う。「ようやくワクチンが届き始めても、その数は希望通りではなかったのです」

21年に入り、いまのところ以前より供給は安定していると彼女は言う。しかし、英国各地の開業医たちの報告によると、製薬各社が懸命に供給量を増やそうとしているにもかかわらず、予定されていたワクチンの納入は遅れ続けているという。

「予約を受けたのに思うようにワクチンを入手できなかった多くの診療所が、直前になって大量の予約変更を余儀なくされました。ただでさえ猛烈に忙しいこの時期に、大きないらだちを覚えることになったのです」と、英国医師会の総合医委員会で委員長を務めるリチャード・ヴォードリーは語る。「しかし、これが深刻な物流上の課題であることは、わたしたちも理解しています」

接種が計画通りに進まない理由

ボリス・ジョンソン首相が1月5日の会見で宣言したように、英国政府は2月中旬までに「ワクチン接種・予防接種合同委員会(JCVI)」の定める優先度の高い上位4グループに属する約1,400万人に、ワクチンを接種することを目指している。だが、英国はどうやってこの目標を達成するつもりなのだろうか?

ロンドン大学衛生熱帯医学大学院(LSHTM)の研究チームがシミュレーションしたところ、この目標を達成して確実に国民の免疫力を上げるには、英国の国民保険サーヴィス(NHS)が主導して毎週200万人のペースでワクチンを接種する必要があることがわかった。これを実現するには、1日当たり約20万人という現在の被接種者数を2倍に増やすことが求められる。英国内でこれまでにワクチンの接種を終えている人の数は240万人ほどだ[編註:1月12日現在]。

目標達成のため、ワクチンを接種できる施設を増やす一方で、大量の労働力を確保する計画が進んでいる。ワクチンの輸送を手配し、管理業務を最大限に効率化するための人員が必要だからだ。


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そうした人材には、NHSの現役スタッフや退職した医師、看護師のほか、消防士や救命士まで含まれるという。大規模なワクチン接種会場が1月11日に7カ所開設されたほか、1月中旬までに約1,000カ所の診療所、200軒の地域型薬局、223カ所の医療ハブ病院でワクチンの投与が可能になる予定だ。

英国医師会のヴォードリーは、こうした英国の取り組みを阻んでいるのは主に人手不足ではなく、ワクチンの供給の問題であるという。そして適時に効率よくワクチンを届ける方法を見つけることが、何よりも重要なのだと指摘する。

「目標の達成は可能だと思います。しかし、それはひとえに各地の診療所がワクチンを入手できるか否かにかかっています」と、ヴォードリーは言う。「この取り組みの最初の数週間で、どの診療所も集団接種で大きな効果を上げていることははっきりしています。あとは接種対象者に行き渡るだけのワクチンがあればいいだけのことなのです」

ワクチン不足が足かせに

口で言うほど簡単でないことは明らかだろう。英国はファイザーとビオンテックが共同開発したワクチン4,000万回分を発注済みだが、20年12月末までに入手できたのはわずか400万回分だった

しかも、このワクチン特有の技術的な仕様のおかげで普及は大きく制限されている。このワクチンはマイナス70℃に保たれた専用冷凍庫での保管が必須なのだ。

つまり、超低温の耐熱ボックスに納められたワクチンを、厳重に管理された超低温のサプライチェーンだけを利用して運ばなければならない。到着したワクチンを取り扱う際には、高度な訓練を受けたNHSのスタッフが立ち合うよう義務づけられている。

こうした課題に対処するために、NHSイングランドと英国保健省は「プッシュモデル」と呼ばれる複雑なシステムを開発した。国内の一般診療所のうち、どこが高リスク患者を多く抱えているかを評価し、それによって優先的にワクチンを届ける施設を決めるシステムである。しかし、各施設がワクチンを受け取るタイミングや入手できる数量については、不透明な部分が多い。

ファイザーとビオンテックのワクチンは、診療所に届いてから3日半以内に使用する必要があり、それができない場合は廃棄しなければならない。特にこの点が各地の診療所を悩ませているのだと、ヴォードリーは指摘する。「接種を受ける人たちは、ワクチンが届いたとき必ずその場にいなければなりません。そして、そこにいる全員が猛スピードで作業を進めなければならないのです」

常温保存が可能で遠隔地や農村部にもはるかに配送しやすくなったアストラゼネカのワクチンは、20年12月末に英国で承認されている。これによって当初の課題がいくつか解決されるだろうと思われたが、やはり英国が発注した1億回分のワクチンに対しわずか53万回分しか届いていないのが現状だ。

ガラス不足という思わぬボトルネック

サプライチェーンにこうした滞りが生じているのは、英国の規制要件が厳しいせいでもある。ひとつの製薬会社によって同時に製造されたワクチンは、バッチあるいはセットごとに国立生物学的製剤研究所(NIBSC)での20日間にわたる厳しい検査にかけられ、この工程を通過しなければ出荷の承認を受けられない。もちろんワクチンが工場から外に出る前にも、製薬会社による独自の品質検査が実施されている。

しかし、配送の遅れはワクチン製造に不可欠な原料が不足していることにも起因している。ワクチンは傷つきやすく高価な製品だ。このため充填および仕上げの工程のひとつとして、ホウケイ酸塩ガラス製の特殊な容器に詰める作業が必要になる。このガラス容器は温度変化に耐えられるよう設計されており、輸送中の破損を防ぐためにガラス自体に衝撃を和らげる特殊な仕様が施されている。


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以前なら想像すらできなかった規模でワクチンを製造し、各地に届けなければならない時代になり、ホウケイ酸塩ガラスはとりわけ貴重なものになってしまった。以前は英国内でも生産されていたが、最後に残った工場が07年に廃業している。つまり、ワクチン用のガラス容器の供給は、いまやドイツの大手メーカーであるショットをはじめとする他国のガラス製造業者に全面的に頼っているのだと、ガラス製造業界団体であるBritish Glassの最高責任者を務めるデイヴ・ダルトンは指摘する。

ワクチンの充填と仕上げの工程を自社で手がける英国の製薬各社は、ガラス容器の確保に自信を見せていると報じられている。しかしダルトンは、英国のEU離脱によってその可能性が脅かされているのではないかと危ぶむ。

「種類の異なるワクチンをより多くの人々に届けるとなると、いまのところすべては製薬各社が世界中の業者からガラス容器の完成品を調達できるかどうかにかかっています」と、ダルトンは言う。「EU離脱の影響は絶対に避けられないでしょう」

“ドタキャン”による廃棄を避けられるか

こうしたなか、ロンドンの人工知能(AI)スタートアップで医療施設に物流ソフトを供給している7bridgesが、英国でのワクチンの普及に関するシミュレーションを実施している。同社の予測によると、ワクチンの供給において今後大きな混乱を避けることができれば、英国が2月中旬までに接種の目標を達成できる可能性は残っているという。

7bridgesの共同創業者のマテイ・ベレムスキによると、英国の取り組みの成否に影響を与える重要な要因は、ほかにもいくつかあるという。そのひとつとして彼が挙げるのが、予約した人が現れないケースと、接種を1回でやめてしまうケースだ。

パンデミック以前にも、英国ではNHSで予約をしながら接種を受けに来ない人が20人に1人の割合でいたのだと、ベレムスキは指摘する。また、ハンタウイルス肺症候群(HPS)などの予防には2回のワクチン接種が必要だが、2度目の接種を受けに来ないことで十分な免疫を得られていない人が相当数いるという。

「予約をしたのに現れない人の割合は、ロックダウンによる移動制限のせいで今後数カ月のうちにさらに増えるかもしれません」と、ベレムスキは言う。「予約が守られないことによって生じる最大の問題は、決められたタイミングで投与できなかったワクチンは廃棄するしかないという点です。ただでさえ不足しているワクチンを廃棄せざるを得ないのは、非常に大きな問題だと思います」

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TEXT BY DAVID COX

TRANSLATION BY MITSUKO SAEKI