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ドミニカ系少女の詩と信仰、そして青春:エリザベス・アセヴェド『詩人になりたいわたしX』──「モダン・ウーマンをさがして」第40回

現代に生きる女性たちの/による表現をめぐる、ライター・野中モモによる連載。第40回は、詩をめぐる、アメリカで話題のヤングアダルト作品についてのお話。
ドミニカ系少女の詩と信仰、そして青春:エリザベス・アセヴェド『詩人になりたいわたしX』──「モダン・ウーマンをさがして」第40回

アメリカ社会とキリスト教の固い結びつき

第46代アメリカ合衆国大統領ジョー・バイデンの就任式が執り行われてから、はやいもので、もう1カ月余りが過ぎました。彼の評価はさておき、これまで4年にわたって女性や有色人種などの社会的弱者をあからさまに軽視し、社会の混乱を煽ってきたドナルド・トランプがホワイトハウスを去ったことに、ひとまず胸を撫で下ろしている人は少なくないでしょう。

そんなわけで私も日本時間の1月20日の深夜(21日早朝)には、ワシントンDCからの大統領就任式のネット中継を斜め見していたのですが、そこで改めて思い知らされたのが、かの国の政治におけるキリスト教の存在感の大きさです。新大統領は聖書に手をおいて神に誓いを立てます。若々しい力にあふれて鮮烈な印象を残した詩人アマンダ・ゴーマンのパフォーマンスにも、聖書を参照した表現が含まれているのでした。

2021年1月20日、バイデン米大統領就任式で詩を朗読するアマンダ・ゴーマン(Photo by Rob Carr/Getty Images)

そもそもアメリカ社会というものを眺めた時に、神や教会と切り離せないのは政治の中枢だけではありません。マイノリティの人々のあいだでも、神が心の拠りどころとなり、キリスト教と深く結びついた文化が育まれてきたことは明らかです。たとえば公民権運動を見ても、指導者として最もよく知られているのが牧師であるマーティン・ルーサー・キングJr. だったり、重要な局面でゴスペルにルーツを持つ「勝利を我等に(We Shall Overcome)」が合唱されたりします。

しかし、公民権運動が人種差別の撤廃を求める運動である以上、積極的に参与している人の中にも神や教会に懐疑的な人は当然いるはずで、そういう人たちは日々の暮らしのさまざまな場面で何重にも生きづらい思いをしているに違いありません。アメリカでキリスト教を信じないでいることの重みが改めて意識され、「私は神を信じない」と公言する勇気ある人々への尊敬の念がますます強まります(具体的に言うとジョディ・フォスターとかロクサーヌ・ゲイとか)。公言できずに密かに疎外感を味わっている人々を応援したい気持ちも。

エリザベス・アセヴェド『詩人になりたいわたしX』(田中亜希子訳、小学館)

詩を通じて語られる青春物語

そんな折、ずばり「マイノリティと宗教と詩」にフォーカスした、アメリカで話題のヤングアダルト作品が日本の書店の棚に並びました。それがエリザベス・アセヴェドの『詩人になりたいわたしX』(田中亜希子訳、小学館)。原題は『The Poet X』。2018年に発表され、全米図書賞、ボストングローブ・ホーンブック賞、マイケル・L・プリンツ賞、カーネギー賞といった児童文学の主だった賞を総なめにしたのだそうです。ニューヨークのハーレム地区に生きるラテン系の移民たちの生活が目に浮かぶようで、なおかつ普遍的な青春物語としても心洗われる清々しい作品でした。

主人公は15歳の少女、シオマラ(Xiomara)。タイトルの「X」は、彼女のイニシャルです。物語は彼女が書いた詩や学校の課題の作文というかたちで語られます。シオマラは、ドミニカ共和国からやって来てたいへんな苦労をした信心深い母親と、かつては遊び人だったと言われている(けれど今は違う)父親、加えて頭がよく奨学金を獲得して別の学校に通っている双子の兄と暮らしています。主に話すのは英語だけれど、母親をマミ、父親をパピと呼ぶなど、スペイン語も日常に溶け込んでいる環境です。

2019年3月4日、ニューヨークで行われた「2019 Audie Awards」でのエリザベス・アセヴェド(Photo by Astrid Stawiarz/Getty Images)

周りの子たちよりも体の成長がはやく、性的な視線を浴びることにうんざりして目立たないように縮こまっているシオマラは、いつしか胸にあふれる想いをノートに綴るようになっていました。そんな彼女は、ある日、学校の「スポークンワードポエトリー部」に誘われます。シオマラは詩の世界に心惹かれるのですが、母親に教会で堅信(カトリック教会で信者を完全なキリスト教徒とする儀式)の準備をするように厳しく言われているため、部活動に参加することができません。神を疑う気持ちを抱え、親との関係に悩む彼女に、初めての恋が訪れます。

厳格な親のもと、もはや「言うことを聞くいい子」ではいられなくなったティーンエイジャーが、新たな出会いを通じて自分自身を発見し、成長していく物語は、まさに青春ものの王道です。「詩を書いて覚えて自分の声や体を使って表現することを目指す」スポークンワードポエトリー部の活動や、詩の競技会(スラム)の描写にもわくわくさせられます。何年か前から「アメリカでは若い世代に詩が人気」と聞いていたけれど、なるほどこういう感じなのか、と。著者のエリザベス・アセヴェド自身、14歳からニューヨリカン・ポエッツ・カフェで開催されるスラムの舞台に立ち、全米大会で優勝したこともあるのだそうです。

はじめてオープンマイクのイベントに参加した夜、シオマラはこう綴ります。
「だって、今夜聴いた、ものすごくたくさんの詩は、どれも少し自分たちの物語のように思えたから。」
大きな物語を共有するのとは別のやりかたで、ひとりひとりが手を取り合って生きていこうとしている人々の息吹を感じさせる美しい場面です。

15歳のヒロインは宗教観の異なる家族といかに衝突し、折り合いをつけるのか。さまざまなルーツを持つ人々が共生し、文学とラップと音楽、書かれた文字とパフォーマンスが交差し重なり合う現代アメリカ文化に興味のあるかた、そして甘酸っぱい青春ものがお好きなかたにおすすめしたい1冊です。いまは男女のラブストーリーをロマンティックに見せるのが難しい時代だと思うのですが、この作品で若いふたりが公園で一緒にケンドリック・ラマーを聴いたり、アイススケートに出かけたりする場面はとてもかわいくて心うるおいました。読んでいる自分の顔はきっとニヤニヤしていたに違いありません。


野中モモ(のなか もも)
PROFILE
ライター、翻訳者。東京生まれ。訳書『飢える私 ままならない心と体』『世界を変えた50人の女性科学者たち』『いかさまお菓子の本 淑女の悪趣味スイーツレシピ』『つながりっぱなしの日常を生きる ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの』など。共編著『日本のZINEについて知ってることすべて』。単著『デヴィッド・ボウイ 変幻するカルト・スター』『野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る』。

ドミニカ系少女の詩と信仰、そして青春:エリザベス・アセヴェド『詩人になりたいわたしX』──「モダン・ウーマンをさがして」第40回
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