#映画連載 モーリー・ロバートソン 今の世界を映す『ウエストワールド』を見て覚醒せよ

映画鑑賞は動画配信サービスの普及によって、もはや特別な行為ではなくなり、感想の共有やレコメンド検索も簡単になった。しかし、それによって映画を“消費”しているようにも感じる。本連載では、映画を愛する著名人がパーソナルなテーマに沿ったオススメ作品を紹介。

記念すべき第1回目は、タレントのモーリー・ロバートソンが登場。メディアを中心にコメンテーター、DJ、ミュージシャンのほか、国際ジャーナリストとしても活躍する。政治・経済からサブカルチャーまで、いくつもの引き出しを持つ彼がコロナ禍の今だからこそ、見るべき映画を紹介!

重すぎないSF作品が時を経て重厚な物語へと進化 この世界そのものを描く、恐ろしい作品

新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う緊急事態宣言による自粛期間中、最も感情を揺さぶられた作品が『ウエストワールド』です。1973年に公開された映画版ではなく、HBO(米・ケーブルテレビ放送局)がリメイクしてドラマ化した作品に今ハマりにハマって。その理由は、世界情勢や芸能界など、国内外で起こっていることが、すべてこの作品にリンクしていたから。シーズン3まで公開されているのですが、もうすごすぎて自粛期間中に3回も観てしまいましたよ(笑)。

1973年の映画版は、リアルタイムで両親と劇場で観ました。当時僕はちょうど10歳。砂漠に建設された「デロス」と呼ばれる巨大遊園地が舞台の話で、まるで人間のような姿のアンドロイド=「ホスト」が、高額の入園料を払ってデロスを訪れる富裕層の人間=「ゲスト」を迎えるんですね。デロスではゲスト達が、アンドロイドであるホストを現実世界で抑制された禁断の欲望を満たすとばかりに殺害したり、レイプしたりとやりたい放題。ホストは傷つけられるたびに修理され記憶を消されてテーマパークに戻り、何事もなかったかのように再びシステム通りに生活を送ります。しかし、ある時、突然アンドロイド達が制御不能になり暴走し始める……というように、ストーリーは単純明快。子どもにもわかりやすい一方で、当時はインターネットなんて存在しない時代。だから今観てみると、アンドロイドも非常にお粗末な弱点がある、ロボットの域を出ない仕様だったり、また、エコロジーや格差、人種の問題に触れていないように見えるものですから、重すぎないSF作品に仕上がっているんです。

でも、HBOがリメイクした同作は、そんな単純さや軽さは全くなし。あちこちに社会に対するメッセージが込められていて、非常に緻密で複雑で、心揺さぶられ考えさせられる作品に進化しました。3回も観ているから、至るところにちりばめられたメッセージをすべてキャッチできましたね。しかも、この作品を観終わった時は、くしくもアメリカのミネアポリスでジョージ・フロイドさんが殺害され大規模なデモが起きた時でした。他にも人種問題、トランプ政権、価値観が相容れない者同士の対立……もう、その出来事のすべてがこの作品とシンクロしちゃったので、とても不思議な縁を感じてしまい、ますますハマってしまって。みなさんにもぜひ観てもらいたいと思って今回ピックアップしました。

“自由意思で生きている”なんて全部うそ この世界に公平なルールは存在しない

HBOリメイク版で描かれる世界は、今のグローバル社会そのもの。これは、ものすごい発見でした。何が同じか。それは、どちらも一部のあらかじめ選ばれた人の幸せのために、果てしなく“つけ”を末端に押し付け、末端にいくほどそれが極端になっていく不公平な世の中であること。

例えば、アメリカと中国に置き換えると非常にうなずける部分が多い。まずアメリカ。トランプ政権下では新型コロナウイルスによって黒人が白人の倍死んでいる事実があります。また黒人が白人警官に意味もなく殺されている。次に中国はどうでしょう。香港に中国が介入してきて香港人の人権が中国人と同じ平均値にまで下げられ、さらに警察がオールマイティで何をやっても良い国になりつつある。これだけ見ても、世の中は全然公平なルールでなんて成り立っていないってわかりますよね?

端的にいうと、自由意思を働かせた人間の行動によって、社会の今までの“普通”が崩れてしまったら、劇中でいうところの“設定されたシステム”が脅かされることがあったら、世界はどうなるでしょう? 意思を持ったホストは即氷漬けにされてしまうんですが、これって非常に今のアメリカや中国っぽくないですか? そんな厳しい世界の中でも体制に反対し、頑張っている人はいるけれど、結局迷路の中を走らされているハツカネズミのようなもの。本人は頑張れば世界のルールに応じて報われると信じているけれど、プログラミングされた社会ではそんなの無理な話。めちゃくちゃな世界ですよね。でも、それって現実世界そのものにも見える。恐ろしいけれどそれが真実であり、常識なんです。

覚醒せよ! 反逆者であれ!
自分で考えてこそ“本質”が見える

この物語の主人公はホストの1人「ドロレス」という女性なのですが、他のホストと同じく、デロス(運営側)の作った虚構の世界を維持するために、都合の悪いことが見えないようにプログラムされています。でも、ある出来事によって覚醒してしまう。都合の悪いものも、いいものもすべてを認知してしまい、また、自我が芽生えてしまった。つまりドロレスは運営側に都合のいい、もしくはこの世界の秩序を守る“幸せになっていい”人物ではなくなってしまったんですね。自分の意思で自分の生活を変えていこうと人間相手に反乱を起こす、真の反逆者へと進化したんです。

この出来事は僕にはある種、このコロナ禍における希望のストーリーに映りました。「みんな、ドロレスのように生きたらいいのに」って大きなヒントを得たような。残念なことに、コロナ禍では、本当にどうでもいいことでも他人に対するやっかみや攻撃がとても増えたと感じていて。それって、今までのサステナブルではない生活が新型コロナによって露呈して、みんなが一気に不安になったから。人間って、アンドロイドの設計と同じく都合の悪いことから目を背ける生き物なんですが、新型コロナによって次々に不都合なことが否が応にも見えてきてしまった。でも、マニュアルや想像力がコロナ以前のまま取り残されている人は「自分だけは大丈夫だ」という傲慢さから、何かうまくいかなければクレームをつけて人のせいにして安心している。それが同調圧力に似た力によって、拡散してどんどん広がっていった。

その現実を目の当たりにして思ったんです。「自分で考えることがそんなに嫌なの?」って。他人を攻撃することは簡単にできるけれど、心に生まれた攻撃的なエネルギーは “自分を封じ込めている今までの常識”から解放する動力に変換すればいい。それができない人は「どうぞ氷漬けになってください全員」と(笑)。要は「覚醒せよ」ってこと。そして、自分を覚醒させるのは自分しかいないということを理解すること。それを理解できた人は、ものすごく強いと思います。この世界の見えない檻を作っているのは誰か、本当に自分が良いと思う社会はどういう姿か……。うそだらけの社会、特権階級に有利になるように作られた社会に評価されることよりも、“本質”を大切にするドロレスのように、自分の頭で考え、リスクを抱えながら乗り越えていくことが、真の人間の姿なんだと思うんですよね。僕自身、自分をドロレスそのものだと思っていますよ(笑)。いつだって、反逆者でいるのが、僕ですからね。

Photography Teppei Hoshida
Edit Kei Watabe

author:

モーリー ロバートソン

日米双方の教育を受けた後、東京大学とハーバード大学に現役合格。ハーバード大学を卒業後、メディアを中心にタレント・ミュージシャン・国際ジャーナリストとして幅広く活躍中。現在、日本テレビ「スッキリ」にレギュラー出演。著書「悪くあれ!窒息ニッポン、自由に生きる思考法」(スモール出版)も好評発売中。 Photography Kazuyoshi Shimomura

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