ブロックチェーン技術を基盤に信頼性の高いソーシャルメディアの開発を目指すスタートアップ企業ALIS(東京都渋谷区)が、仮想通貨を用いた資金調達手法のICO(Initial Coin Offering)を実施、日本円換算で4億円近い仮想通貨を調達した。2018年4月のベータ版の公開を目指す3人の共同創業者が明かす、ICO成功のポイントとは。
ALISの3人の共同創業者、水澤貴さん(左)、安昌浩さん(中央)、石井壮太さん(右)の3人。ICOのダイナミズムとプレッシャーを感じながらサービスの開発を進めている。
2017年9月1日、日本時間の午前11時きっかりに、ALISのICOは始まった。
3人の共同創業者のうち、CEOの安昌浩さん(28)とマーケティングを担当する水澤貴さん(31)は、大手人材会社に在籍しており、ALISの仕事はいまのところ副業だ。
フリーランスのエンジニア石井壮太さん(35)を含め、人材会社の同じプロジェクトでいっしょに仕事をしていたことが、起業のきっかけになった。安さんと水澤さんは、おおむね午前10時から午後6時までは会社で働き、勤務時間外の夜と朝に新しい事業の立ち上げを進めてきた。
ALISが集めたのは日本円でも米ドルでもなく、仮想通貨のイーサリアム(Ethereum)だ。日本円換算で1億円に達するのに要した時間はたった4分。外野からは驚異的なスピードに見えるが、当事者たちは冷静だ。欧米のICOの先行事例では、30分で20億円を超える資金調達に成功したスタートアップ企業が相次いでいるからだ。
水澤さんは「めっちゃ緊張しましたが、調達額は想定の範囲内でした」と振り返る。
ICOは、株式を証券取引所に上場するIPO(Initial Public Offering)とは異なり、仮想通貨を用いて企業が直接、個人や法人から仮想通貨を集める仕組みだ。
ALISの資金調達のイメージ図。
制作:小島寛明
ALISはまず、独自のトークン(引換券に相当)5億枚を発行。全体の50%に相当する2億5千万枚を9月1日に売り出した。出資を希望する人はこのトークンを、有力な仮想通貨のひとつであるイーサリアムで購入する。この時点では、トークンには価値がない。ALISがトークンを取引所に上場し、仮想通貨や現実の通貨に交換できるようになった時点で、ALISのトークンに価値が生まれる。
ALISの企業価値が上がるとトークンの市場価値は上昇し、うまく行かなければ下落する。市場原理が働く点については、株式市場と同じだ。
では、4分で1億円を集める構想はどんな内容なのか。ALISの事業計画書に相当するホワイトペーパーに詳細が記されている。
すべてはブロックチェーン・ソーシャルメディアから始まった
プロジェクトは今年5月、エンジニアの石井さんが、ブロックチェーンをベースにしたソーシャルメディアSteemに、南米の旅行記を掲載したことから始まる。旅行記は読者の評価を受け、石井さんは米ドル換算で30ドルほどの報酬を仮想通貨で受け取った。「報酬で最高級の宅配ピザを楽しむことができた」(石井さん)という。
Steemから着想を得たALISが開発を進めているのは、信頼性の高い記事の集まるソーシャルメディアだ。まず、個人が記事を執筆してALISのメディアに投稿する。投稿された記事を気に入った読者は「いいね」を押す。ここまでは、Facebookと似ている。
特徴的なのは、ブロックチェーン技術を用いる点だ。ALISが発行したトークンの一部は、記事の執筆者や「いいね」を押す読者への報酬として分配される。「いいね」をたくさん集めた記事の執筆者には、より多くのトークンが支払われ、「いいね」を押す読者にもトークンが支払われる。多くの「いいね」を集めた記事に、いち早く「いいね」を押した読者に対しても、より多くのトークンが分配される。
ALIS・CEO安昌浩さん。
トークンの分配は、執筆者にとっては多くの読者の評価を得る良質な記事を書き、読者にとっても良質な記事を見つけ出す動機づけとなる。記事の投稿と読者による評価のサイクルを繰り返すうちに、次第に質の高い執筆者と目利きの読者がわかってくる。そして、ALISの企業価値が高まれば、執筆者と読者が受け取るトークンの価格も上昇する。
CEOの安昌浩さん(28)は「ユーザーの信頼性を、すべてトークンで可視化する仕組みだ」と説明する。
試験運用の段階では仮想通貨関連の記事を掲載し、アニメやマンガなど徐々に掲載する情報を広げていく考えだ。最終的には飲食や旅行、ダイエットなど様々な口コミの情報を掲載したいという。調達した資金でエンジニアやデザイナーなどの人材も確保する。だれがいくらもらっているのか、給与の情報も従業員間で共有するという。
なぜ稼働したばかりで調達できたのか
5月に本格稼働したばかりのスタートアップ企業がなぜ、構想段階のサービスのICOで、必要な資金の調達に成功できたのだろうか。ALISの共同創業者たちは、5つのポイントがあると語る。
- ホワイトペーパーをしっかり準備する
- 法律の問題をクリアする
- スマートコントラクトを実装できるエンジニアを確保する
- 取引所に上場するなどして、TOKENの流動性を確保する道筋をつくる
- コミュニティをつくる
1.ホワイトペーパーをしっかり準備する
3人は、海外で実施されたICOのホワイトペーパーの分析を重ねた。CEOの安昌浩さんは「100億円以上を調達したICOのホワイトペーパーを見ると、どういう技術で何を実現しようとするのかを書いた“テクノロジーペーパー”に近いものがあった。成功した事例の構成をまねることからはじめた」と話す。
詐欺的な手法で資金を集めるICOも出ているが、詐欺の可能性がある企業のホワイトペーパーは、資金の使いみちや利用する技術の説明に、具体性を欠く特徴があるという。「明らかに詐欺っぽいホワイトペーパーを逆手にとって、僕らはすべてをオープンにして、技術とビジネスの両面をしっかり書くことにこだわった」と水澤さんは説明する。
2.法律の問題をクリアする
ICOをめぐる国内法の整備は追いついていない。2017年4月の資金決済法の改正で、仮想通貨を交換する取引所は「仮想通貨交換業」として金融庁への登録が義務付けられた。
ICOを実施するうえでハードルのひとつとなったのが、この法律だ。ALISが発行するトークンが仮想通貨に該当する場合、業者としての登録の対象となる可能性があった。このため弁護士らに相談したうえで、ALISとしては登録の必要がないと判断した。「事例がないだけに、当局がお墨付きを与えてくれるわけではない。最終的には自分たちで判断するしかない」(安さん)という。
3.スマートコントラクトを実装できるエンジニアを確保する
ICOに必要なブロックチェーンを用いたスマートコントラクト(契約の自動化や履行などをスムーズにできる仕組み)を開発した経験のあるエンジニアは、日本にはまだほとんどいないという。
ICOを実施するうえで、ALISは仮想通貨イーサリアムを、1万1,666ETH(ETHはイーサリアムの通貨単位)集めるとの目標を設定した。ICOを開始した時点での価格は、日本円換算で3.5億円ほどだった。
トークンを購入した人に対しては、9月末までの期間内に目標額に達しない場合には、仮想通貨を全額返還すると宣言。スマートコントラクトを利用することで、この約束をブロックチェーン上で確実なものにできる。
ALISの技術面を担うエンジニアの石井壮太さん。
トークンの購入者との約束をブロックチェーン上に書き込み、自動で処理できる人材がALISの言う、「スマートコントラクトを実装できるエンジニアを確保する」だと理解していいだろう。
石井さんは、独力でスマートコントラクトの仕組みを作り上げた。ICOに使ったコードは、コードを共有するプラットフォームGit Hubで公開。コードを理解できる人が見れば、ALISの「全額返還する」との約束に、うそがないか確認することもできる。
初回の目標額の調達は、すでに達成した。水澤さんは「石井は、日本で初めて1億円を超えるICOに成功したエンジニアだろう」と言う。
4.取引所に上場するなどして、トークンの流動性を確保する道筋をつくる
ALISが発行したトークンは、取引所で交換できるようになるまで、単なるデータでしかない。ALISがトークンの上場に失敗すれば、出資者がトークンを仮想通貨や現実の通貨に交換できないリスクがある。
スムーズに取引所への上場を実現するには、一定規模以上の資金調達に成功することや、スマートコントラクトの中身を有識者にレビューしてもらうことなどが条件となる。トークンをできる限り市場に出し、経営者らが保有している割合を必要最小限に押さえることも求められる。
5.コミュニティをつくる
出資者らとのコミュニケーションには、ALISはビジネス向けのチャットサービスSlackを使っている。希望者はだれでも参加でき、ALISのメンバーとチャットできる。
Slackのコミュニティには、世界中の参加者がおり、開発中のサービスに関する意見が飛び交っている。英語はあまり得意ではなかったが、Google翻訳を使ってSlackの参加者たちと英語でコミュニケーションを交わしている。どの取引所が信頼性が高いかなど、参加者から開発チームへのアドバイスも少なくない。
安さんは「世界中の人たちから、もっとこうした良いサービスになるといった建設的な意見がたくさん届く。元気をもらっている」と笑う。
Slackの参加者とトークンの購入者は重なる可能性が高いという。ALISが成功すればトークンの価値が上昇するだけに、チャット上のやり取りは真剣そのものだ。
「個人から集めたお金なので、絶対に失敗できない。ものすごいプレッシャーがある」(安さん)
時間とコストを節約、世界を相手に資金調達
ICOには、未整備な部分が数多い。税制の面では、企業がトークンを販売して集めた仮想通貨をどのように処理するのか、いまのところ税務当局の明確な見解は示されていない。トークンを買ってくれそうな人はどこにいるのか、スマートコントラクトを形にするにはどんなコードを書けばいいのか。3人は日本では先を走る人がほぼいない道を、手探りで進んできた。
マーケティングを担当する水澤貴さん。
通常、株式市場で資金を調達するには、証券会社などに依頼して、数カ月かけて証券取引所向けの膨大な資料を作成しなければならない。石井さんは、ICOの強みを実感している。
「間に入る人がいないから、時間とコストを節約しながら世界中から資金を調達できる。これまでのやり方なら、僕らはこの短期間では500万円も集められなかったかもしれない」
調達した資金の大きさは、出資者に対する責任の重さでもある。水澤さんの表情が少し、真剣になった。
「たくさんの資金を集めたことが良かったのか悪かったのか、それを決めるのは、これからの僕らの行動だ」
(写真撮影:今村拓馬)