大手アパレル企業の中期経営計画を見ていると、必ず出てくる文言がある。「EC(インターネット通販)の強化」だ。

 消費者がアパレルを買う際の手段として、確かにECは欠かせない。しかし、そこに落とし穴はないのか。大量のリアル店舗を抱えたアパレル企業が、ECを再生の処方箋と捉えがちな点に関して、スタイラー(東京・渋谷)の小関翼CEO(最高経営責任者)に話を聞いた。

 スタイラーが手掛けるファッションアプリ「フェイシー」は、「こんな感じの服が欲しい」という消費者の感覚的な問い合わせに、各アパレルの店舗スタッフがそれぞれのおススメを提案する。消費者が提案された商品を気に入れば、来店して購入する。もしくはフェイシーが決済・物流機能も持っているので、そのままネット通販することもできる。アプリを通じてアパレル企業が提案した商品が売れた場合、その20%を手数料としてスタイラーが受け取る仕組みだ。

ECが急速に普及し、リアル店舗を多く抱えるアパレル企業が対応に追われています。

小関翼氏(以下、小関):多くのアパレル企業はビジネスモデルが古いままです。例えば、消費者との接点をかなり外部に依存しています。ファッション誌などに出稿し、百貨店やショッピングセンターなどに出店するとか、かなり原始的にやっていました。

 それなら、消費者の買い物体験を向上させて、来店回数を増やす方がいいでしょう。百貨店が象徴的ですが、その来店回数を上げるやり方が分からないんです。そうなると1店舗当たりの売り上げは下がり、販売員の待遇も下がっていきます。

<span class="fontBold">スタイラーの小関翼CEO</span><br /> 東京大学大学院卒業。日英の大手銀行勤務などを経て、アマゾンで決済サービスの事業開発を担当。2015年3月にスタイラーを設立。1982年生まれ。
スタイラーの小関翼CEO
東京大学大学院卒業。日英の大手銀行勤務などを経て、アマゾンで決済サービスの事業開発を担当。2015年3月にスタイラーを設立。1982年生まれ。

 簡単な話ですが、我々は接客の質と機会を創出したいと考えています。「フェイシー」はあくまで消費者中心のサービスですが。

 ECでは消費財とか定番ものしか売れません。ECもリアル店舗も分け隔てなく考えるのがあるべき姿ですが、今のアパレル企業は「ECやっていると言わなきゃいけない」という雰囲気すらある。結局は設計の話ですね。EC化が進んでいるから先進国というワケではないんですよ。例えば香港のEC化率は1~2%しかありません。売り場と住む場所が近いので、ECを使うまでもなく済んでしまうんです。

ECはマーケットを低価格化する

ECの普及は消費者の購買行動をどう変えましたか。

小関:僕はほとんどの買い物を米アマゾン・ドット・コムでします。アマゾンは価格、品ぞろえ、そして利便性を追い求めています。これって普遍性のあるサービスで、今の利用者も100年後の利用者も求めるものは変わりません。これはコモディティー(日用品)中心の設計思想なんですね。

 基本的に検索窓がサイトの一番上にあって、そこで自分の好きなものを検索してたどり着く。これ自体は便利だからそうなっています。売り手と買い手の情報差のない、日用品なら簡単に商品にたどり着けます。

 でも、ライフスタイル系商品の場合、答えがない。そういうものは苦手なんです。消費財とか、ものすごくファストな欲求はネットに向かいます。一方、消費者は欲しいものがあれば、今でもごくごく普通にリアル店舗に行きます。昔は「趣味=ショッピング」というのもありましたが、今は当てもなく商品を探すのはいや、という人も多い。だからECで物を買い、気に入ったらリアル店舗もフォローして、という風にぐるぐる回っていきます。

 オンラインのみの購買経験は“プア(貧困)”だと思います。消費者と売り手の間に情報の非対称性があると、マーケットが低価格に移行していきます。そうなると購入頻度を高めようとするので、例えばアマゾンのように扱う商品として食料品や洋服に力を入れていくことになります。

確かに、アパレル通販サイトのページをのぞくと、価格帯の低い商品が売れ筋ランキング上位に並んでいます。商品を検索する際に、値段比較が容易だからでしょうか?

小関:抽象的なニーズは検索しにくいんです。例えば「スポーツ系のスニーカーで長時間履いても疲れず、都会的なデザイン」が欲しいとしても、検索するときは「スポーツ スニーカー おススメ」とかになる。微妙なニュアンスが検索できないんです。でも、店舗の販売員はそういう質問や相談を毎日されていますよね。

「デジタル化=EC化」ではない

各アパレル企業の中期経営計画を見ると、判で押したように「ECの拡充・強化」が入っています。その割に、本当の意味で対応できている企業は少ないように感じます。

小関:店もECも、結局は顧客との接点でしかないんです。それが分かっている企業はうまくビジネスができているが、ECを赤字で続けているところもあります。いまのままECをやるなら、低価格衣料にまでタッチしないと厳しいでしょう。もしくは限定にしてECでしか買えないとか。一方で、ウェブ系の企業がリアル店舗に進出していますね。なぜなら、リアル店舗は多様なデータが取れるからです。消費者その人を象徴するような買い物は、リアル店舗でしていることが多いんです。

 デジタル化は別にEC化ではありません。機械ができることを機械にやらせ、販売員の仕事がだんだん知識労働になっていくとか、これもデジタル化ですよね。現場の販売員がお客さんを持っているんですね。「誰から買うか」みたいなニーズを重視する世界になっていくんじゃないでしょうか。

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