不振から抜け出せないアパレル業界。大量生産とOEM(相手先ブランドによる生産)に依存したビジネスモデルは限界を迎え、販売員の使い捨て問題なども深刻さを増している。

 では、その先にどういう未来を描けばいいのか。アパレル産業の最前線で奮闘する関係者の姿や個性的なビジネスモデルを追い、未来につながるヒントを探る。第一回目に取り上げるのは、東京・原宿の「白いTシャツ専門店」だ。

 EC(電子商取引)の普及により、「服を買う場合はまずネットで探す」という消費者が着実に増えている。株式時価総額が1兆円を超えたスタートトゥデイの手掛けるゾゾタウンや米アマゾン・ドット・コムで服を買う、という消費者は今後も増え続ける公算が大きい。

 では、現実世界で店舗を構える意味はどこにあるのか。週一日しか営業しない「白T専門店」が示唆する、アパレルの未来とは。

 東京・原宿駅から歩いて15分ほどの住宅街。若者向けのアパレルショップが少ない一角に、毎週土曜日だけ長蛇の列ができる店がある。記者が実際に行列の顔ぶれを見てみると、男女問わず、年齢も10代から50代過ぎと見られる人まで幅広い客層が並んでいた。日本人だけでなく、主にアジア圏から来た旅行客も少なくない。

 「白いTシャツを買いに来ました」。何人かに声をかけてみると、一様に同じ答えが返ってきた。それもそのはず。この行列の先にある店には、白いTシャツしか置いていないからだ。

白い壁に白いTシャツが並ぶ様は、妙な迫力がある(写真:竹井 俊晴、以下同じ)
白い壁に白いTシャツが並ぶ様は、妙な迫力がある(写真:竹井 俊晴、以下同じ)
夏目拓也氏は白いTシャツ好きが高じて店を出すまでになった
夏目拓也氏は白いTシャツ好きが高じて店を出すまでになった

 自分自身が「白いTシャツをこよなく愛する」という夏目拓也氏が、妻と友人の3人で、昨年4月に開いた白T専門店「#FFFFFFT(シロティ)」。

 扱っているのは「白い、無地の、半そでTシャツ」。極めてシンプルな商品だけに、国内外を問わず様々なアパレル企業が白Tを出している。単一のカテゴリーとしては、最大の商品数があるといっても過言ではないだろう。その中から、夏目氏の感性で選び抜いた30種類ほどが店頭に並ぶ。

 スマートフォンで検索すれば、目当ての商品にあっという間にたどり着くこの時代。百貨店やファッションビルをはしごし、商品を探して歩き回ることに、消費者は急速に価値を見出さなくなっている。“時間争奪”の観点から見ても、「顧客が何を求めているのかよく分からないので、とにかく多品種の商品を山のように並べてみる」というアパレル業界のやり方は通用しなくなっている。

 商品を大量に投入するユニクロでさえ「(顧客が求めているモノを)ライフル銃のように射抜かなければいけない」(ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長)と思案を巡らせているのが現状だ。

 そんな業界にあって、シロティのビジネスモデルが優れている点は「白いTシャツを買う」という、顧客にとってシンプルな目的に絞り込んだことだ。

 白いTシャツはそれ自体がシンプルなため、他の服に比べて素材感や肌触り、実際に着てみた場合のシルエットなどが気になる。だが、ECで画面を通して商品を見ても、そうした点はなかなか分かりづらい。だからこそ、実際に試着できるというリアル店舗の強みを強調することができる。

店内すべての商品を試着できるので、客1人当たりの滞留時間が長い
店内すべての商品を試着できるので、客1人当たりの滞留時間が長い

 店内には夏目氏の感性によって「商品選びで迷うことが楽しいと感じられる数量」まで絞り込まれた白Tが、すべて試着可能な状態で置いてある。商品の編集力を突き詰めたビジネスモデル、と言い換えることもできるだろう。

顧客が求めているのは「おもてなし」か?

 EC全盛の時代にあって、リアル店舗が持つ価値を「おもてなし」とする考え方はアパレル・百貨店関係者などの間に少なくない。しかし、丁寧と紙一重のしつこさで接客されることを本当に顧客が望んでいるのだろうか。アパレル業界の抱える大きな問題の一つは、『顧客がこれを求めているだろう』とあまり突き詰めて考えないまま提案していることだと感じている。

 一方、夏目氏が店を始めた背景にあるのは、「白T好きを増やしたい」というシンプルかつ、心からの願いだ。そこに「顧客はこんな商品を求めているだろう」という迎合の精神はない。

 20平方メートル強しかない店内は、8人も入れば手狭になる。そんな状況で夏目氏らが接客にあたるが、「何をお探しでしょうか?」といったやり取りは当然、発生しない。接客風景を見ていると、挨拶以外で夏目氏が何か話すのは、基本的に来店客から話しかけられた時のみ。だが、その客がTシャツに関する情報を求めていると分かれば、「白Tハンター」を自認する夏目氏が持てる知識を総動員して説明する。

 シロティの営業時間は土曜の正午から午後7時まで。1週間で1日しか営業しなくても「黒字になっている」(夏目氏)という。商品単価が1枚当たり2000~1万円台後半と高いうえに、複数枚購入していく客が多いからだ。

 客のいない時間帯にも人件費をかけて販売員を配置し、年中無休で店を開けておくぐらいなら、最も来店が見込める曜日・時間帯だけに集中して営業するというやり方も成立するのではないだろうか。

 「黒Tシャツ専門店とか、グレーのパーカー専門店とか、あってもいいかもしれないですね。やる前に一言、言ってほしいですけど」と夏目氏は笑う。顧客が本当に求めているものを明快に提示することができれば、店が不便なところにあったり、限られた時間しか営業していなかったり、入店まで行列で待たされたりしても、顧客は商品を買いに来る。

 シロティでは同店オリジナルのTシャツを作っていない。「究極の白Tは人それぞれ」(夏目氏)だからだ。それは逆に言えば、店内にあるすべて商品が、他の店やECで探せば購入可能だということだ。それでも顧客が集まるという現実は、取り扱う商品の選び方や売り方、つまり「編集力」で付加価値を付けることができるという証左であり、店舗運営の手法も含め、アパレル業界の改善に向けて多くのヒントを示唆している。

アパレル不振の真因を突き止めた『誰がアパレルを殺すのか』
アパレル不振の真因を突き止めた『誰がアパレルを殺すのか』

 なぜ、アパレル業界は過去に例がない程の不振に見舞われたのか。経済誌「日経ビジネス」の記者が、アパレル産業を構成するサプライチェーンのすべてをくまなく取材した書籍『誰がアパレルを殺すのか』が2017年5月、発売された。

 業界を代表するアパレル企業や百貨店の経営者から、アパレル各社の不良在庫を買い取る在庫処分業者、売り場に立つ販売員など、幅広い関係者への取材を通して、不振の原因を探った。この1冊を読めば、アパレル産業の「今」と「未来」が鮮明に見えるはずだ。

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