若者消費の「今」を検証してきた特集「企業は分かってない!若者消費のウソ」。最終回は、今、ネットで話題になっている日清食品のマーケティングの「謎」に迫る。
日清食品の宣伝や広告に関する話題は尽きることがない。今は、9月18日に発売した即席麺「カップヌードル」の具材の1つ、「謎肉(なぞにく)」の謎を暴露するマーケティングが注目を浴びている。これまで明かされることのなかった謎肉の成分を公表すると、SNS(交流サイト)ではそれを面白がる投稿が殺到した。
一方、過去にはカップヌードルの「OBAKA'S UNIVERSITY」と名付けたCMシリーズの1つで、不倫騒動を起こしたタレントを起用。その内容が「不謹慎だ」と批判され、約1週間で放映中止に追い込まれることもあった。
それにもかかわらず、同社は「OBAKA」や「CRAZY」というキーワードを前面に出し、大胆なマーケティングを打ち出し続けている。同社の宣伝や広告には自虐ネタなどのボケがふんだんに盛り込まれ、あえて突っ込まれる“隙”がある。イマドキの若者の心をつかみ続ける、同社のマーケティングの「謎」を探った。
「よく若者から、『日清は安定的に狂っている』と言われる」――。
そう嬉しそうに話すのは、日清食品の深澤勝義取締役だ。
日清はなぜ、「狂っている」と言われるのか。そして、なぜ、そんなマーケティングを展開するのだろうか。いくつかの事例を基にその理由を探ってみたい。
9月18日、日清は即席めん「カップヌードル」の発売46周年を記念して、「謎肉」の正体を明らかにした。その手法は一見すると、ふざけたものだ。
謎肉とは、カップヌードルに入っている具材の1つで、ミンチ肉をサイコロ状に固めたものだ。正式には「ダイスミンチ」と呼ぶ。2005年頃からネット上で「謎肉」と呼ばれていた。日清はそのネット上で広まったスラング(俗語)に乗っかって、「謎肉祭」と称して謎肉を増量したカップヌードルを期間限定で発売するなどのキャンペーンを展開してきた。
今年の「謎肉祭」は、人気漫画「名探偵コナン」のスピンオフ漫画「犯人の犯沢さん」とコラボレーションして、ネット上で「謎肉」の謎を解き明かす漫画を公開した。そのストーリーは、ボケと突っ込みの連続だ。
詳しい内容は割愛するが、漫画の中で日清の宣伝部が「謎肉の正体バラしちゃえばウケるんじゃねえキャンペーン」「『謎肉、謎肉』と公式に乗っかりすぎてもうバズらない」と、ひたすらボケる。それに対して、犯沢さんがひたすら突っ込む。
この特設サイトが当日からツイッターなどで話題を呼んでおり、翌日の19日にはキャンペーンを告知した公式ツイートのリツイートが1万6000件を超えた(19日17:45時点)。「今世紀最大の謎が解けた」「この流れ好き」など好意的の投稿が目立つ。
ネット上で、カップヌードルのファンは「謎肉の正体は大豆だった」と盛り上がった。正確には、肉と大豆由来の原料に、野菜などを味付けたミンチ肉だが、「謎」としてきた食品原料を公表した姿勢も好感を呼んでいるのかもしれない。日清も自ら、飼料として大量の穀物を消費する肉は非効率で、植物由来の原料が地球を救うというメッセージを発信している。
日清が自分で「アオハルかよ。」と突っ込み
日清は、カップヌードルの発売46周年に合わせて、謎肉の謎を解き明かすネット上のサイバー戦に加えて、テレビCMを使った空中戦も一気にしかけた。
空中戦では、9月14日から全国で「もしアルプスの少女ハイジが16歳の女子高生だったら」という設定のテレビCMを流した。公式ホームページでは企画意図をこう説明している。
「2017年のカップヌードルのテーマは『青春』。すべての人に、青春はある。青春と書いて“アオハル”。それは青くて、熱くて、ハングリーな日々。そんな日々を、カップヌードルは応援したい。」
「青春」を訓読みし、あえて「アオハル」と発音。「アオハル」をテーマに定めた背景には、若者にアピールしたいという狙いがある。だが、そんな会社の思いに自ら、CM最後のカットに「アオハルかよ。」という文言を入れることで、突っ込みを入れて見せる。
さらに同日には、意表を突く商品も販売し、話題性に拍車をかけた。セブン-イレブン・ジャパンから、謎肉だけを袋詰めした商品「カップヌードル 謎肉祭の素4連パック」を発売したのである。1袋に「カップヌードルビッグ」に入っている量の約10倍の謎肉を詰めという。
本来はカップヌードルの1つの具材に過ぎない「謎肉」を、あえてメーンにした。おやつとして食べられるほか、カップヌードルにトッピングして楽しめる商品だ。9月18日にセブン&アイグループのEC(電子商取引)サイト「オムニ7」で5000セット限定で販売を開始したが、即日完売した。
「大人には理解できなくていい」
日清のマーケティングに通底するのは、若者をターゲットにして「突っ込まれてなんぼ」という考え方だ。絶妙にボケて、ファンが突っ込みたくなる雰囲気を作る。
ネット上で広がっているスラングのほか、人気の漫画やアニメなどもふんだんに利用しており、大人には理解しがたい表現も目に付く。しかし、「大人には理解できなくていい」(深澤取締役)という割り切りがある。
そして、「狂っている」と思われるだけでは足りない。「狂っている」と言わせないといけない。そうしなければ、ツイッターなどで日清の話題が拡散しないからだ。
2016年に展開した「OBAKA'S UNIVERSITY」のCMの1つのバージョンは、その象徴のようなマーケティングだった。
このCMは、ビートたけしさん演じる学長のもと、歌手の小林幸子さん、「ムツゴロウさん」こと畑正憲さん、タレントの矢口真里さんらが登場する。このシリーズは当時、不倫騒動で話題となった矢口さんを「危機管理の権威 心理学部 矢口真理准教授」という設定で起用し、講義で「二兎を追うものは、一兎をも得ず」と学生に教えているシーンを盛り込むなどした内容が、不謹慎すぎると批判されて打ち切りとなった。だが、結果的に「狂っている」というブランドイメージを強烈に浸透させたという意味では、効果を発揮したと言えそうだ。
もちろん、こうしたマーケティングに批判はつきものだ。ブランドイメージを棄損するリスクがあるにもかかわらず、日清はなぜ、そこまで攻めるのか。そこは日清の強烈な危機意識がある。
同社には長寿ブランドが多い。46周年の「カップヌードル」だけではなく、「チキンラーメン」は来年60周年にもなる。今の若者にとっては生まれた頃から存在するブランドで、自分たちの商品という感覚が薄い。
ブランドを長続きさせていくためには、若者に愛されなければならない。だからこそ、マーケティングでは従来のしがらみにとらわれず、大胆な手を打ち続ける。
特に重要なのはスピード感だ。日清は消費者と対話しながら、次々と商品を発売するというマーケティングのサイクルを高速で回している。年間で発売するアイテム数は、約350アイテムにも上る。
若者のトレンドは、はやり廃りが速い。流行をすぐに反映しなければ、あっという間に時代遅れになる。日清は安藤徳隆社長とマーケティング部門が1週間に1回の頻度で会議を開き、アイデアを集めてその場で意思決定を下している。
40歳と若い社長が、現場の提案にブレーキをかけるどころか、さらにエッジを利かせてマーケティングに反映する。ネットならばアイデア提案から1週間で広告に反映できる体制だ。こうした組織体制と意思決定のスピードが、若者に刺さるマーケティングには不可欠だ。安藤社長の父である、創業家2代目の日清食品ホールディングスの安藤宏基社長・CEO(最高経営責任者=69歳)は、かつての日経ビジネスのインタビューで、「カップヌードルのCM、私は笑えない」と発言している。だからこそ、マーケティングについては日清の安藤社長に任せているという。(関連記事:「カップヌードルのCM、私は笑えない」~安藤宏基・日清食品HD社長が説く「破壊と創造」)
カップラーメンを木端微塵に
長寿ブランドだけでなく、新商品でも日清の戦略は徹底されている。その代表例が2014年に発売した「カレーメシ」だ。お湯をかけるだけでカレールウが混ざったご飯が出来上がるという新ジャンルの商品である。
その最新のテレビCMは、とにかく“大人”には理解不能といってよい。劇画タッチの展開で、カップヌードルを愛する昭和生まれ風のおじさんが、カレーメシのうまさに目覚めるという構成だ。
カレーメシの女神みたいなものは何なのか。なぜ昭和が舞台なのか。突っ込みどころが満載だ。
CMの最後には同社を象徴する商品であるカップヌードルを木端微塵に破壊して、こうアナウンスする。「メンよりメシ!」。
深澤取締役はこう説明する。
「『カップヌードル』のブランドは広く浸透しているが、『カレーメシ』はまだ不十分。カップヌードルの高いブランド認知度を利用することで、新ジャンルをアピールした」
そして演出の意味が良く分からないのは、日清の戦略でもある。深澤取締役は「理解不能であるからこそ、新ジャンルであることを訴えられる」と満足げだ。
こうしたマーケティングが奏功したのか、カレーメシの販売は好調だ。カレーメシを含む「即席ライス群」の販売が2017年4~7月で前年同期比2.8倍に伸びた。
日清は突っ込まれるために、とにかく“隙”や自虐的な要素を盛り込む。
カレーメシの商品パッケージには「かきまぜると無駄にうまい」と、「無駄」という言葉をわざわざ入れている。過去に売れなかった商品を「黒歴史」と銘打って売り出すなど、自虐的なキャンペーンも少なくない。
先ほどの「OBAKA'S UNIVERSITY」のCMの演出では、本社をレーザービームで破壊した。ちょうど正月休みの時期を狙ったもので、ツイッターで「本社がこのような状況となったため、弊社は本日より正月休みとさせていただきます」とボケた。
こうした日清の打ち出しに対して、ユーザーはSNSなどを使って突っ込みまくる。ツイッターでも「狂っている」との“称賛”コメントが多く寄せられている。日清は何もしなくても勝手に商品の情報が拡散していく。同社はこれを、「スルメサイクル」と呼んでいる。噛めば噛むほど面白さが拡散するマーケティング、という意味だ。
さらに、拡散している情報を次の商品やマーケティングに生かす取り組みもしている。「10分どん兵衛」というマーケティングはその典型例だ。日清が勧めてきた「どん兵衛」の食べ方は、お湯を注いで5分待つというものだった。だが、あるお笑い芸人が10分後に食べた方がおいしいことを訴えて、SNSでその情報が拡散していた。
これに対して、日清は「世の中の多様性を見抜けなかった」と深く反省したと表明。「10分どん兵衛」というキャンペーンを発売し、ヒットにつなげた。
「理解不能」だから愛される
日清のマーケティングを見れば、逆にどのようなマーケティングが若者から嫌われるのかが透けてくる。
まず、説教臭く上から目線のCMは拒絶されるだろう。それと、芸術作品のように完成度が高すぎるCMは、面白い突っ込みの入れようがない。
閉鎖的な企業風土が垣間見えるマーケティングは、若者には受けないだろう。少しのネガティブ情報でも受け付けない企業に突っ込むのは、本格的なクレーマーくらいだ。面白い突っ込みは期待できない。
昨今はコンプライアンス(法令順守)を重視するあまり、マーケティングに関しても企業は委縮しがちだ。もちろん、法律を違反するようなことは言語道断だが、万人受けしないことは覚悟の上で、消費者に刺さるマーケティングにチャレンジする意気込みは企業にとって必要だろう。
特に、予定調和的なマーケティングを嫌う若者に訴えるには、企業は「攻め」の姿勢を見せることが必要だ。これまで特集で連載してきたように、多くの企業が「若者に商品を売れなくなった」「若者の嗜好が見えなくなった」と嘆くようになったのは、リスクを恐れ、若者に向き合うことを止めた企業自身に責任がある。ヒカル氏のようなユーチューバーが若者から絶大な支持を受け、「インフルエンサー」として台頭してきた要因には、批判を恐れ若者市場を攻めることをしなくなった企業の姿勢もあるだろう。
若者に向き合い続け、支持を得るために「理解不能」なマーケティングに挑み続ける日清から学ぶべきことは多い。
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