写真:伊藤有
Netflix(ネットフリックス)が、アニメ制作の現場を一変させている。
最大の変化は、企画や作画などを担う制作会社が、ネットフリックスとじかに契約を結び、これまでよりも潤沢な予算で直接、制作をコントロールできるようになったことだと言われる。クリエイティブの自由度も大幅に増したという。
日本ではテレビ局や広告代理店、制作会社などが製作委員会を組む方式が主流だが、この仕組みにも「変化」が起きている。日本的な合議制の製作委員会方式と、アメリカ的なネットフリックス方式の対立構造で語られることもあるが、実態は、それほど単純でもなさそうだ。
劇場公開と同時にネットフリックスで配信した「BLAME!(ブラム)」。
©︎弐瓶勉・講談社/東亜重工動画制作局
制作会社と直取引するネットフリックス方式
「ネットフリックスは基本的に、配信以外の権利を求めない。すさまじく合理的なやり方だ」
ある制作会社の幹部は、制作会社とネットフリックスの契約形態について、こう語る。
複数のアニメ制作会社幹部の話を総合すると、ネットフリックス方式は非常にシンプルだ。基本的には、制作会社がつくる作品について、ネットフリックスが一定期間、配信権を取得。この配信権に関連して、さまざまな条件が設定される。条件は例えば、次のようなものがある。
- 一定期間、ネットフリックス以外で作品を見ることができない
- 劇場映画として公開後、半年後にネットフリックスで独占的に配信
- 劇場公開と同時にネットフリックスで独占的に配信
契約の形態にもよるが、制作会社はネットフリックスとじかに契約するため、契約金を元手に作品をつくり、完成した作品の権利は制作会社側に残る。一方で、ネットフリックス側は、作品の権利は保有せず、配信以外のビジネスには関与しないため、限られた人数で運営が可能だ。
合議制の製作委員会方式
一方、製作委員会方式は、さまざまな業態の会社が資金を出し合って、作品をつくりあげる。多様な企業が参加することで、作品を中心にさまざまなビジネスが派生する特徴がある。例として、テレビ局や出版社などが委員会を組織するケースを考える。
- 制作会社:委員会からの出資をもとにアニメを制作
- 映画会社:劇場映画として作品を公開
- テレビ局:映画の公開から一定の期間が経過した後、作品を独占的に放映
- 出版社:自社の書籍やマンガを原作とし、原作の書籍やマンガを販売
- 広告会社:広告・宣伝を担当
- おもちゃメーカー:キャラクターのフィギュアを製造・販売
日本の一般向けアニメの映像ソフト売り上げの推移=日本映像ソフト協会の統計を基に作成
制作:小島寛明
映像作品を核に、委員会に参加する企業がそれぞれの分野で、ビジネスを盛り上げていく仕組みと言っていいだろう。
ただ、この数年の傾向としては、パッケージの販売が落ち込んでいる。日本映像ソフト協会の統計によると、一般向けの日本のアニメのDVDとブルーレイの売り上げは、2013年には約610億円だったが、2016年には約418億円にまで低下した。
アニメ配信の市場規模の推移=日本動画協会の統計を基に作成
制作:小島寛明
パッケージ作品の売り上げが落ち込む一方で、映像配信の市場規模は右肩上がりで拡大している。日本動画協会の統計によると、2016年のアニメの配信の市場規模は478億円で、パッケージ販売を上回った。
予算は潤沢も「回収」が複雑なネットフリックス作品
テレビ放映を想定して作品をつくる場合、1シーズンにつき二十数分の作品を10~13本程度制作する。これまで1本あたり1500万円~2000万円と言われていた制作費は、「ネットフリックスと契約することで制作費が倍になった」と指摘する制作会社幹部もいる。
3DCGを用いたアニメーションで知られる制作会社ポリゴン・ピクチュアズは、2014年ごろからネットフリックスとのビジネスを始めている。日本でネットフリックスのサービスが始まったのが2015年9月だったことを考えると、かなり早い段階で関係性を築いたと言えるだろう。
同社のCEO塩田周三氏は「ネットフリックスが来て、やっとクリエーターが自分たちのお金で作品をつくれるようになったと言われるが、構図としてそれほど単純ではない」と指摘する。
ポリゴン・ピクチュアズCEOの塩田周三氏。
撮影:小島寛明
作品を作り上げるうえで、極めて重要な要素として資金調達がある。先立つものがなければ、制作には着手できないからだ。
製作委員会は、この資金調達の機能を担ってきた。複数の企業が委員会を組織して資金を出し合い、制作会社は制作費を受け取ったうえで、作品をつくる。
一方で、関係者の話を総合すると、ネットフリックス方式の場合は作品の完成前には原則として、ライセンス料は支払われない。5年間にわたってネットフリックスが作品を配信する契約と仮定すると、ライセンス料は一定期間ごとに分割で支払われるようだ。このため、制作会社側にとっては、作品の制作から資金の回収までに時間がかかる面がある。
ポリゴン・ピクチュアズが制作した「BLAME!(ブラム)」は、2017年5月の劇場公開と同時に、ネットフリックスで「オリジナル作品」として配信した。この作品で同社は、製作委員会を組織している。塩田氏は、ネットフリックスと製作委員会の双方の強みを取り込んだ選択だったと説明する。
「委員会には、ぼくらが不得意なところを補ってもらい、投資もいただいた。一方で、ネットフリックスと組むことで、早い段階で投下した資金の回収のめどがたった。ぼくらのような独立系のスタジオにとっても、ネットフリックスにとってもいい形だった」
表現の幅は広がったが……新たな課題も
ネットフリックスの到来で、制作サイドにとっての表現の自由は増したという。
2018年1月5日にネットフリックスが配信を開始したオリジナル作品「DEVIL MAN crybaby」は、かなり踏み込んだ性描写や暴力描写が多い。
地上波のテレビで放送する場合は、不特定多数の人が映像を視聴する可能性があるため、こうした表現は慎重にならざるを得ない。一方で、配信の場合は、ユーザーが自分で視聴することを選ぶため、過激な表現も可能だ。
ネットフリックスは、提供する膨大なコンテンツの多様性も重視しているとされる。このため、従来よりも、思い切った内容、実験的な新しい表現の作品であっても、ラインナップに加えられる可能性もある。また、ネットフリックスと制作会社がじかに契約するため、制作者側の意向が反映されやすい仕組みだと言う関係者もいる。
塩田氏は「ネットフリックスは、ポートフォリオでできるから、どんなコンテンツを提供するかについての判断のあり方は、変わってきている。なかには、ぶっとんだ作品があってもいい」と話す。
2018年5月に劇場公開される「GODZILLA 決戦機動増殖都市」。
©2017 TOHO CO.,LTD.
一方で、ある制作会社の幹部は「ネットフリックスは、作品の質が玉石混交になりやすい」とも指摘する。
ネットフリックス方式では、作品の方向性などについて判断する担当者の人数が限られる。作品制作の承認・決定のプロセスが迅速になり、高度にシステム化されたことで、尖った作品や新規性のある作品を生む可能性もあるが、内容やクオリティに関するチェック機能がゆるい面もあり、質の低い作品を生みやすい仕組みだという。
これに対して、製作委員会方式では、さまざまな企業の担当者らが脚本を読み、内容に注文もつく。コンセンサスを重視する日本型の合議制は、一定の品質を確保するうえでは有効な仕組みだろう。
ただ、この関係者は「委員会方式は、どうしても石橋をたたくような判断に流れがち。無難な作品はできるが、圧倒的な力のある作品が生まれにくい」とも。
日本のアニメ業界にもたらす「ポジティブな変化」
ネットフリックスが公表している会員数は、全世界190カ国以上で、1億1700万人にのぼる。塩田氏は、ネットフリックスが日本のアニメにもたらしているのは、ポジティブな変化だと受け止めている。
「日本は、優れた作品をつくっても、世界に売り込むことが苦手だった。ネットフリックスが流通路を切り開いてくれて、ぼくらのような独立系のスタジオでも、作品を世界に売り出すことができるようになった」
2017年のアニメ産業
制作:小島寛明
日本動画協会によれば、日本のアニメ産業の市場規模は近年、右肩上がりで成長している。2016年には全体で2兆9億円に達した。なかでも海外での売り上げが、7676億円と最大を占め、グッズ販売など「商品化」が5627億円で続く。
塩田氏は、世界の市場で、日本のアニメに対する認知の広がりを感じている。
「国際的なニーズに応えるコンテンツが条件になってきた。問われているのは、世界で戦える総合的な制作力だ」
(文と写真:小島寛明)