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完全記憶(トータル・リコール)がもたらすもの

倉下忠憲非常に刺激的な一冊。まずはそう評価するべきでしょう。

序文をあのビルゲイツが書くこの本は「ライフログ」を先駆的に実践する著者が自らの体験とともに「ライフログ後」の世界の可能性について言及されています。

帯には、

「見聞きしたもの、位置情報、体の状態まで、全てをデジタル化すれば世界が変わる!」

とあります。そういった記録を残していく事によって私たちは完全記憶(トータル・リコール)を手にする事ができます。

それはあまりにもやり過ぎだろう、という声もあるでしょう。あるいは待ち望んだ未来がやってきたと感じる人もいるかもしれません。どちらにせよ、世界は徐々に「ライフログ」的な世界に足を踏み入れています。


例えば、Twitterです。日常の思った事をつぶやくだけではなく、最近では自分がいる場所の情報なども流す人が増えてきています。あるいは就寝時間や起床時間などもよくみかけます。これらの情報は「ライフログ」と呼んでもよいでしょう。

まだまだ全体としては少数はながらも、そういった記録を残す人は徐々にでありながらも確実に増えていく事でしょう。

「ライフログ」がもたらす心理学的な変化に付いては佐々木さんが「「ライフログ」が変える心」(シゴタノ!)のエントリーで書かれています。

今回は別の側面から「完全記憶がもたらすもの」について考えてみたいと思います。

ビジネス

企業

「ライフログ」を活用する企業は、今までよりも大きな効率性を手にする事ができるようになります。

現在でもクラウド・サービスを使用して営業情報をすべて記録し、簡単に閲覧できる環境を実現している企業があります。

完全な営業情報が記録され共有されていれば、適切なタイミングで営業先に売り込みをかける事が誰にでもできます。また、担当者不在の状況でも営業先の要望に対応することも可能になります。

多くの人間が仕事を共有する企業において、使い回せる情報(使い回すべき情報)はまだまだ沢山眠っている事でしょう。それらを有効に活用できれば、多くの無駄が省けるようになると思います。

フリーランサーや個人事業主

恩恵を受けるのは企業だけではありません。個人で仕事をしている人にも十分な恩恵が存在します。例えば全ての活動記録を残しておけば、仕事時間の見積もりが立てやすくなります。あるいは作業効率が悪いところを後から見直す事もできます。

上司も部下も存在しない状況で自らの仕事の取り組み方を客観視するのは難しい作業です。しかし、ログを付ける事によって適切な仕事の組み立て方を見いだすことができるようになります。

教育

「ライフログ」が教育に与える影響も大きいでしょう。本書の中では幼児から児童レベルの学習に役立つと解説されてありますが、大学生が自分の学びや活動を記録していく事は大きな意味を持ってくるだろうと思います。

例えば、就職活動前の大学生にとって強力なサポータとなりうる事が考えられます。

自己PRをする上で、「大学で何をしてきたのか」を説明する必要があります。
しかし、今までの学生生活を振り返る、と言っても現実的に脳が記憶しているものは限られています。完全記憶では脚色も虚栄も無しに自分の活動を振り返る事ができます。

また、自分の活動記録をまとめて「自分プレゼン」を作り出す事も容易になるでしょう。デジタルで情報を残しておけば、編集・加工は容易になります。

こういった環境の変化で就職活動の質も変化していく可能性が出てくるのではないでしょうか。

メメックス

この本の中で一番興味深かったのがメメックスという装置概念です。この装置はヴァネヴァー・ブッシュ氏が「われわれが思考するごとく」というエッセイの中で提案されたもので、

メメックスとは、個人が自分の本・記録・手紙類をたくわえ、また、それらを相当なスピードで柔軟に検索できるように機械化された装置である。メメックスは個人的な記憶を拡張するための補助装置である。

(中略)

メメックスの最上部には透明のプラテンがあって、この上には手書きの文章、写真、メモなど、どんな種類のものでも置いてよい。そうしてレバーを押し下げると・・・・・・写真として記録される。(p.61)

このような形式と機能をもっています。

個人的な記憶を拡張するためのこの補助装置は、まさにEvernoteというクラウド・サービスで実現されようとしている概念とぴたり一致します。

Evernoteは「ライフログ」の一部分をなすものです。自分が見たウェブページを取り込む事も、デジタルカメラで撮影したものも、仕事上の書類も、自分のちょっとした思いつきもすべてクラウドに保存する事ができます。

このツールはある程度使い続けてみて、はじめてその真価を実感することができます。例えばついさっき「Evernote」という単語で自分のEvernoteを検索しました。すると200以上のノートが見つかりました。そこには自分の思いついたメモから気になったウェブ記事、雑誌ページのスキャンなど「Evernote」という単語が含まれるノートが全て抽出されて出てくるわけです。

アナログなノートだけを使っていては、この環境はまず実現できません。そしてこの環境は「知的生産」に大きな影響を与えると思います。

知的生産における「ライフログ」とは自分専用のライブラリーを作る行為と言えるでしょう。自分のアンテナに引っかかった情報や自分の内側から出てきたアイデアなどを一括に管理できるシステム。

もしそのようなシステムが出来上がれば、私たちはより「考える事」に時間を使えるようになるはずです。

まとめ

あたりを見渡せば、「ライフログ」を残すためのサービスはすでにいくつもあります。そしてこれからも開発されていくでしょう。最終的にそれらを統合するサービスができれば「ライフログ」を一般の人でも簡単に始められるようになります。

「ライフログ」が我々の生活に大きな変化をもたらす事はまず間違いなさそうです。であるがゆえにその事に対して無自覚であるのは危険だと私は思います。

世界の準備が整う前に「ライフログ」後の世界がもたらす可能性とデメリットについて知り、「何を残さないのか」についても考えておく必要があるのかもしれません。


▼関連:

「ライフログ」が変える心 
すべてを記憶する | Evernote Corporation

▼今週の一冊:

忘れる事で頭の働きが活発になる、という主張のこの本。
今回のこの『ライフログのすすめ』と読み比べてみるとなかなか面白いです。真っ向から反対の主張のような気もしますが、通じる部分もありやなしや、という感じですね。

忘却の整理学
外山滋比古
筑摩書房 ( 2009-12-12 )
ISBN: 9784480842909
おすすめ度:アマゾンおすすめ度


▼編集後記:倉下忠憲



この『ライフログのすすめ』を読みながら感じた事は「佐々木さんはどのように読むんだろうな?」という事です。自分の行動記録をこまめに付けておられる、との事なので方向性的にはぴったりなんじゃないかな、なんて思っていました。

私はEvernoteに「情報」はなんでも詰め込む、ところまではきていますが、Foursquareまでは手が出せない心理状況ですね。あくまで「今のところ」ですが・・・


▼倉下忠憲:
新しい時代に向けて「知的生産」を見つめ直す。R-style主宰。