メルケル危機、日本株には追い風
国際リスク分散運用の視点で、日本株の最大のライバルは欧州株だ。その欧州の政治が揺らぎ、日本の政権安定性が際立ってきた。ヘッジファンドなど短期マネーは、欧州不安=円高を連想するのだが、米国年金など長期マネーは相対的な政治安定性を重視する。
ドイツのメルケル首相の連立協議の頓挫により、場合によっては、2018年春に独伊でほぼ同時選挙となる可能性も出始めた。昨日の欧米市場でのユーロ乱高下が、想定外の政治的展開に対する市場の動揺を物語る。
英国の欧州連合(EU)離脱交渉の行方も、視界は悪化するばかりだ。メイ首相については、2人の主要閣僚の辞任に加え、身内の保守党議員40人がメイ首相への不信任提出に合意の報道で、先週はポンドが乱高下する一幕もあった。市場は、今週金曜日に予定されているメルケル・メイ直接会談で、果たしてメルケル首相が出席できる状態かどうかを注目している。
一方で、市場ではメルケル退陣を歓迎する見方もある。例えば、焦点の移民・難民問題について、ポーランドやハンガリーでは「メルケル首相は、100万人を超える難民を一方的に受け入れたあげくに、その経費負担をEUに求めている」との不満が強い。
ポスト・メルケルの新首相の人選次第では、新たな欧州のリーダー格のもとに再結束の機運が高まるかもしれない、との見立てだ。しかし、ドイツが難民規制を強めれば、難民流入の最前線のイタリアやギリシャでは国内難民問題が悪化するだけだ。
イタリアでは、五つ星運動と北部連盟の2つの野党勢力が反ユーロ・反難民などの政策を訴え、支持率を伸ばしている。このまま来春に予定される選挙に突入すると、かなり票が割れそうである。
かくして、イニシャルがMの女性宰相2人の去就に欧州市場は揺れる。与党圧勝の日本との政治環境の差は歴然だ。
なお、もう一人のMの存在も重要だ。「スーパー・マリオ」ことドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁である。
前回のECB理事会後の記者会見で、少なくとも18年9月まで縮小(ダウンサイズ)ながらも量的緩和続行を表明したほか、状況が大きく変われば再延長もありうることを示唆した。その状況が政治面で大きく変わる可能性が強まっている。
この場合、欧州株式市場の反応としては緩和延長を歓迎して「悪いニュース」を「良いニュース」と捉える可能性がある。特にヘッジファンドは、このような思考過程で動く。
しかし、長期マネーは、イタリアの銀行が抱える不良債権問題やオーストリア、チェコなど東・中央ヨーロッパでのポピュリズム政党の台頭、スペイン・カタルーニャなど独立運動の流れを欧州株のリスクとみなす。ECBの金融政策も、長期的視点に立てば、19年にドラギ総裁の任期終了後、ドイツが次期総裁を送り込む可能性が指摘され、タカ派台頭が予想されるからだ。
総じて、欧州全体に自国第一主義の風潮が強まり、リーダー格の国の首相でさえ「ドイツ・ファースト」の国民感情を無視できない情勢だ。世界経済成長には阻害要因だが、資産運用は相対的な価値基準で決まるので、欧州株に比べて日本株のほうが「ベター」との認識は強まりそうだ。
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経ヴェリタス「逸's OK!」と日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層心理」を連載。
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