Music Sketch

ティグラン・ハマシアンにコトリンゴが聞く、アルメニアと彼の音楽の魅力

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取材から少し時間が経ってしまいました。ジャズやクラシックという分野に留まらずに実験的な作品も発表している、アルメニア出身の稀代の天才ピアニストであるティグラン・ハマシアン。彼が最新アルバム『太古の観察者(AN ANCIENT OBSERVER)』をリリース後、今年5月にコンサートのために来日。そこで、彼の音楽に魅せられたというコトリンゴにインタビューをお願いしてみました。彼女もジャズからポップスまで幅広く活躍し、大ヒットした映画『この世界の片隅に』の劇伴を手掛けて第40回日本アカデミー賞で優秀音楽賞を受賞しているほどの多才ぶり。コトリンゴならではの質問がツボだったようで、内容の濃い話に……。

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ティグラン・ハマシアンとコトリンゴは、生まれた年は違うものの同じ7月17日生まれという共通点が。

■アルメニアの建築も音楽も、自然と関わりがある。

コトリンゴ(以下、K):ティグランさんの音楽は、クラシックやロックといったいろいろな音楽を吸収しながら、アルメニアの伝統音楽を軸に独自の音楽として昇華されているところがとても素晴らしいと思います。私はアルメニアには行ったことがないのですが、聴いていて「こんな国なのかな?」と目の前にアルメニアの景色が広がるようでした。ティグランさんの印象で構わないので、祖国について教えていただきたいです。

ハマシアン(以下、H):山が多くて、人々は山から来ているんだ。あとは石でできた土地。砂漠のようだけど、砂ではなく岩が多い。緑もあるけど、岩が多い。そのせいか、アルメニアの建築もまた自然と関わりがある。例えば、9世紀や12世紀に建てられた僧院や教会を訪ねると、大きな岩や山から浮き出てきたような教会を見かけることがある。それらはまるで風景の一部になっているんだ。だから僕は、アルメニアの人の性格や態度もその地の自然と似ているように感じる。少々荒っぽいところがある部分とかね。それに音楽にはたくさんのスペース(空間)があるし、荒々しい感じもあるように思える。これは僕の考え方で、同意しない人もいるかもしれないけど、僕は全てが繋がっていると思う。それからアルメニアの民謡には死を嘆いたものや英雄を讃えたもの、子守唄など、いろんな種類がある。しかも、どの歌もパンを焼きながらだったり、人形を作ったりしながら、女性が作っているんだ。

Tigran Hamasyan 「The Cave of Rebirth」

K:そうなんですね。ティグランさんの演奏でとても印象的だったのは短調のものが多い気がしたのですが、アルメニアの音楽(スケール)は、短調のものが多いのでしょうか。

H:そんなことはないよ。基本的には4つの違ったスケールがあるけど、メロディが悲しくなくても歌詞は悲しかったり、その逆もあったり様々なんだ。僕の曲もメランコリーな楽曲はあるけど、悲しみではなく希望を歌ったものがあったり。

■自国の文化を知りたいなら、近隣の国の文化も調べるべき。

K:ティグランさんのメロディの装飾音は、主にアルメニアの歌いまわしからきているのでしょうか、バッハなどのバロック音楽からきているのでしょうか?

H:もちろんアルメニア音楽によるものだけど、他のものからの影響も入っている。例えば僕はインドの古典音楽にものすごく大きな影響を受けているし、明らかにバロックからも受けている。バロック音楽はいつも聴いていて、バッハやヴィヴァルディも大好きだけど、でも、バロックの装飾音を実際学んだことはなかった。アルメニア的な部分から来ているものが、バロックと通じているんだ。それに他のものも……、僕が思うに自国の文化を知りたいのなら、他の文化も調べる必要があると思う。特に近隣の国の文化をね。ペルシャの音楽やインドの古典音楽、ブルガリア音楽とか。近隣諸国のフォーク・ミュージックを理解できなければ、何がアルメニア音楽なのか、何がそうでないのかもわからないと思う。アルメニア音楽の特徴はメロディの構成だ。でも僕はそのメロディを、ちょっとしたスパイスを加えてブルガリア音楽っぽくすることができる。さらにインド音楽っぽくも、トルコ音楽っぽくも、イラン音楽っぽくにもできる。

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1987年生まれ。曲を作る時は映画にインスパイアされることが多いそうで、好きな映画監督にアンドレイ・タルコフスキー、セルゲイ・パラジャーノフ、アルタヴァスト・ペレシャン、溝口健二の名前を挙げる。

K:日本の音楽にも?

H:いやぁ(笑)。でも、そういった考えだ。よく知らなければならない。さもなければ、少しこっち側の方向にいった時、メロディの核が聴こえなくなってしまうかもしれない。アルメニア音楽の装飾音はとても独特で、例えば一か所で四分音を演奏したとする。いや、実際は四分音でなく八分音だね、でもその四分音を低く弾きすぎると、ペルシャ音楽やアラブ音楽っぽく聴こえてしまう。そしてメロディをどんどん上げていけば、四分音や八分音は無くなっていくけど、また戻ってくると、今度は2度下がっている。そうしたディテールがとても重要で、それらが大きな違いを生み出している。でも、それをピアノで演奏するのはとても難しいから、方法を編み出さなければいけないんだ。ある意味キッチュ(通俗的)に聴こえない程度にね。

■ピアノの譜面は書かず、頭の中で即興演奏を進化させる。

K:9曲目の「レニナゴーン」は、どのようにして作ったのですか?

H:僕は今まで一度もピアノのパート譜を書いたことはないんだ。

K:コードなども?

H:ないね。アイディアをiPhoneやカセットテープに録音したり、バンドに向けてパート譜を書いたりすることはあるけど、ピアノのパートは書いたことはない。

K:そうなんですね。インプロヴィゼーション(即興演奏)がとても新鮮で引き込まれます。

H:ありがとう! 例えば、「ナイリアン・オデッセイ」でのインプロヴィゼーションをしている時、コード云々といった考えはしていない。核となる中心、型みたいなのを決めて、そこを中心にインプロヴィゼーションを発展させていく。ポリフォニーで考えるのも好きだよ。核となる中心があって、ベースがある。そしてベースラインのコードが変化していく。核とベースが変化していくことによってハーモニーがまた別の核になっていく。僕はそういった考え方も好きなんだ。それから例えばこの曲は、いくつかの異なる音階を使っている。実際はひとつの音階がインプロヴィゼーションの最初に使われていて、それが変わっていく。つまり中心となる核を変えていくんだ。ひとつのスケールの核は自分の好きなように変化させていくけど、ベースラインは変わらない。そして次のインプロヴィゼーションはまた違っていて、核となる中心は同じまま、今度は低い部分を変えていく。ある意味、形式を考えていくようなものだけど、僕は核となる中心を変えていくことによって、新たなレベルへ到達しようとしているんだ。

Tigran Hamasyan 「Markos and Markos」

K:とても興味深いです。頭の中でインプロヴィゼーションが展開し、進化してくのがすごい。ひとつのフレーズから広げていくのですか?

H:僕はメロディを聴くようにしている。そこからアルペジオで広げたり、練習するようにしてインプロヴァイズするというか。

K:スケールやアルペジオの練習をよくやるのですか?

H:もちろん! 最初にやって、指を温めるというか、よく動くようにするためにも大事な練習だよ。

■子供時代に受けた影響は一生ついて回ると思う。

K:そうですよね(笑)。メタルやプレグレシッヴ・ロック(以下プログレ)を通らずにティグランさんの音楽を知った音楽ファンに、オススメのメタルやプログレはありますか?

H:自分をジャンルで縛るようなことはしないし、どうしても聴いてしまうんだよね(笑)。母親のお腹にいたころから、父親は私にブラック・サバスなどの本当にヘヴィなロックを聴かせていた。だからそういった音楽は子供の頃からの影響の一部だと言える、それもとても深いところからのね。どんなものでも子供時代に受けた影響は一生ついて回ると思う。一緒に生きているみたいにね。だからヘヴィ・メタルやプログレの影響はそこから来ていると思う。自然と自分の音楽の一部になっている。

K:そうなんですね。

H:サウンドやリズムが好きなんだ。まず、メシュガーはスウェーデンのメタル・バンドで、すごくヘヴィだけど、素晴らしく高度だ。とても知的で、リズム的な部分においてもジャズ界から来ている自分には訴えかけてくるものがある。たとえ子供時代にロックから影響されていなかったとしても、どこかの時点で惹かれていたと思う。全員が驚異的なミュージシャンだし、インプロヴァイザーで、特にメンバーのひとりはアラン・ホールズワースみたいなインプロヴィゼーションをする。そういった知的な凄さがある。カー・ボムも同様にすごく好きなバンド。最高に強烈だけど、リズムがとにかく素晴らしい。それからトゥールは美しいよね。好きじゃないのは、ヘヴィでプログレッシヴ・ロックな音にポップなヴォーカルが加わったもの。歌が演奏を台無しにしているって感じるから。だからペリフェリーとかはあまり好きではないんだ。リズミックなアイデアは好きだけど、ポップなヴォーカルがダメなんだ。メタル以外なら、グリズリー・ベアの『Shields』は素晴らしいアルバムだね。マーズ・ヴォルタは特に彼らの1枚目の『De-Loused in the Comatorium』が最高だよね。

Tigran Hamasyan Vardavar live in the mountains 2013 いろいろな編成で音楽を楽しんでいる。

トークの終盤は、メタルキッズのように瞳を輝かせながら好きなバンドについて熱く語り出したハマシアン。子供の頃にギターは習わなかったものの、作曲のためにもメタルなどのロックをよく聴いたし、いろんな楽器のテクニックをピアノに持ち込みたかったので、その研究のためにも聴いたそうだ。

最後に、今後どういう音楽家になりたいかを聞いてみた。
「常に進化していたいし、たくさんのプロジェクトを抱えているので、常にいろんな違ったフォーマットで作曲している。そのどれもをきちんとレコードに残し、何をしたいか方向性を意識し、ミュージシャンとして発展していきたいね」

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最新アルバム『太古の観察者(AN ANCIENT OBSERVER)』

5月24日に浜離宮朝日ホールで行われた来日公演はグランドピアノに加えmicroKORG XLとエフェクターを駆使した芸術的なパフォーマンスで、ピアノ演奏の新たな可能性をも確信させてくれる非常に素晴らしいものでした。

*To Be Continued

伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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