日経ビジネスは9月11日号の特集「若者消費のウソ」で、トレンドの発火点であり続ける若者の消費行動の現在とその深層に迫った。スマートフォンやSNS(交流サイト)の普及の影響で、彼ら彼女らの行動は大きく変化する一方、「〇〇離れ」という先入観に縛られた企業がその心をつかめない実態も浮き彫りになっている。日経ビジネスオンラインでは本特集と連動し、取材班が特に印象に残った人物のインタビューや企業の戦略を詳報する。

 第1回目は、今回の特集でインタビューしたユーチューバー、ヒカル氏を取り上げる。若者の消費行動に多大な影響力を持つ「インフルエンサー」の代表格として知られる一方、自身の歯に衣着せぬ言動や行き過ぎた行動力が災いし、9月4日に無期限の活動休止に追い込まれた人物だ。取材班では騒動前の8月前半に2度にわたってヒカル氏にインタビューを実施。彼が語っていた内容とは?

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<b>ヒカル氏</b><br />兵庫県出身。2016年3月にユーチューブでチャンネルを開設し、同年11月にはユーチューバー事務所「NextStage(ネクストステージ)」を設立。9月4日に謝罪と活動休止を発表する動画を公開。ネクストステージを解散した。(写真:的野弘路)
ヒカル氏
兵庫県出身。2016年3月にユーチューブでチャンネルを開設し、同年11月にはユーチューバー事務所「NextStage(ネクストステージ)」を設立。9月4日に謝罪と活動休止を発表する動画を公開。ネクストステージを解散した。(写真:的野弘路)

 「今後についてですが、無期限の活動休止とさせていただきます」――。

 9月4日夜、ある一本の動画がユーチューブに投稿された。14分弱の動画に登場したのは、黒のスーツを着てネクタイをつけた3人の男性。神妙な表情で中央に座り、手に持った紙を淡々と読み上げていったのは、ヒカル氏その人だった。

 動画でヒカル氏らが触れたのが、8月中旬からネット業界のみならず、金融業界にも飛び火して波紋を広げてきた新興ネットサービス「VALU」を巡る騒ぎについてだ。個人が発行する仮想の株式を売買できるサービスとして注目を集める一方、その仕組みやルールの不備が問題視され、大きな騒動となった。その騒動の発火点となったのが、まさにヒカル氏だ。

 VALU騒動の経緯や問題点については、日経ビジネス本誌の8月28日号で取り上げているため、詳細はそちらをお読みいただきたい(個人価値売買VALUが物議~「革新」と「詐欺」の境界線)。ヒカル氏やその関係者は8月中旬、VALUにおいて自身の仮想株式の価格を上昇させた上で放出。関係者が事前に売り抜けていたことで数千万円の利益を得ていた。この事実が明るみに出て以降、その手法が「詐欺的」だとしてネット上などで多くの批判が寄せられていた。

 ヒカル氏は9月4日の動画でこの件について謝罪。責任を取る形で、活動休止を発表した。この件は現在、VALUの運営会社とヒカル氏らとの間で訴訟の可能性もある事案となっており、その法律上の是非についてこの記事で取り上げることはしない。ただ、ヒカル氏は「たくさんのファンの皆さまを不安にさせてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした」と何度も頭を下げた。

騒動の前、ヒカル氏はイベントに出演し大歓声を浴びていた

「日本一の個人」を目指すと語っていたヒカル氏(写真:的野弘路)
「日本一の個人」を目指すと語っていたヒカル氏(写真:的野弘路)

 特集でも触れたように、このVALU騒動が明らかにしたのは、インフルエンサーであるヒカル氏の影響力の大きさと、その立ち位置の危うさだ。2016年3月にユーチューブで自身のチャンネルを開設し、約1年半で約250万人のフォロワーを獲得(9月8日現在は約232万人)。そして、8月の騒動以降、わずか数週間で表舞台から姿を消す事態となった。

 なぜ彼はこれほどの毀誉褒貶を経験したのか。

 今から約1カ月前の8月7日午後、取材班は東京都港区の六本木にある大手インターネット企業、DMM.comの本社を訪れていた。オフィス内のイベントスペースには高校3年生~22歳の若者が約300人集まり、あふれんばかりの熱気に包まれていた。この日開催されたのは、ヒカル氏と、彼が所属するインフルエンサー専門プロダクションのVAZ(東京都渋谷区)、中卒や高卒の若者の就職支援などを手がけるハッシャダイ(東京都渋谷区)が主催した、「非大卒者向けのキャリアイベント」だ。

 ヒカル氏はイベントの顔として、5日間のイベント期間中たびたび登壇。彼が登場するたびに集まった女性の参加者からは「かっこいい!」といった悲鳴のような歓声が上がった。会場の入り口にはヒカル氏ら人気ユーチューバーの原寸大の立て看板があり、その脇で自撮りする女性の参加者もたくさんいた。まるで、アイドルのコンサートのようだった。このイベントにはリクルートライフスタイルやネオキャリアといった、大手企業もスポンサーや協力企業として参加。ヒカル氏の影響力の大きさを物語った。

 1週間後の8月13日。取材班はまたもヒカル氏に会うため、埼玉県所沢市で行われたオフ会も取材した。オフ会には朝から夜までひっきりなしにファンが訪れ、ヒカル氏は1人数分ずつ対応していた。ヒカル氏の名前は以前から知っていたものの、これほどの人気ぶりとは…。取材に訪れた記者は正直、驚かされた。

 「最近の中高生はテレビよりもスマホの視聴時間の方が長い」「朝学校で話題になるのは昨夜のテレビではなく、昨夜のユーチューブ動画」――。

 今回の特集では、取材を進めれば進めるほど、これまでの企業の常識では捉えきれない現代の若者の姿が浮かび上がってきた。「最近の若者はモノを買わない」「若者にどうPRしたらよいのか分からない」……。若者の消費動向をつかめず苦悩する企業が頼みにするのが、ユーチューバーやインスタグラマーなどのインフルエンサーだ。自社の商品をPRしてもらおうと企業が群がり、まるで「インフルエンサーバブル」とでも言うべき現象が起こっている。

 そして今年に入り、そのど真ん中に陣取っていたのがヒカル氏だった。イベント終了後のインタビューでは、「日本一の個人になりたい」「僕、めちゃめちゃ面白いと思うんですよね」と、「ビッグマウス」とも自信過剰とも取れる言葉を連発。一方で、「人気商売というのは水もの。自分の人気はいつまで続くか分からない」という心情も吐露していた。

 ヒカル氏が話した内容とは……

ヒカル氏「埋もれるより嫌われる方がマシ」

ヒカル氏は騒動前のインタビューで、「人気商売というのは水もの。自分の人気はいつまで続くか分からない」という心情も吐露していた。(写真:的野弘路)
ヒカル氏は騒動前のインタビューで、「人気商売というのは水もの。自分の人気はいつまで続くか分からない」という心情も吐露していた。(写真:的野弘路)

*8月7日と8月13日のインタビューを編集した。

イベントではヒカルさんが登場するたびに「キャー」という歓声が聞こえました。ユーチューブでは、チャンネル登録者数も動画の再生回数もトップクラスです。人気の秘密は何なのでしょうか。

ヒカル:やっぱり偽りのない言葉を発信していく、人間味のある言葉を常に投げかけていくということでしょうね。それが非難を浴びようが、批判されようが、自分の思ったことをありのままに伝えていく。僕の視聴者というのは結構ちゃんと考える人が多くて、ただ楽しいからというのではなく、僕のコンテンツから色々なものを吸収して欲しいんです。

 ユーチューバーって人気が出てくると、どんどん保守的になるんですよ。人を煽ったり、ちょっと攻撃的な発言をしたりって、有名になればなるほどできなくなってくる。ただ、僕は最初からそうしたテーマを掲げてやってきた。自分でも批判を受けることは分かっているけど、あえてそうしたことをしていかないと勝てない。差異化できないという思いがあります。

 僕なんかは(ユーチューバーとしての活動を)後から始めた方なので、やっぱり圧倒的に個性的でないと興味すら持ってもらえないという意識が強いですね。埋もれるのが怖くて、嫌われる方がまだマシかなと思っています。

 こうしたヒカル氏の言葉を象徴するのが、4月に投稿され、現在まで約1800万回も再生されたある動画だ。「祭りくじの闇すべて公開します」とうたって春祭りの会場に“突撃”。露天の景品くじを大量に購入し、当たりが出ないことを検証した。生々しい店主とのやり取りや率直な表現が話題を集め、人気や知名度が飛躍的に向上するきっかけとなった。

 さらに、インタビューの中で特徴的だったのが、ヒカル氏の強烈な「上昇志向」である。

日本一の個人になりたい

ユーチューブを始めたきっかけや、その時の思いとはどのようなものだったのですか。

ヒカル:僕がユーチューブを始めたのは多分、21~22歳くらいの時です。ユーチューブは僕の中では1つのステップで、ゴールではないと思っています。僕がなりたいものは何かというと、日本一の個人。以前将来のことを考えたとき、「日本一の会社を作る」か「日本一の個人になる」か迷ったんです。でも、自分は会社を経営するような器ではないと判断したんです。

 日本一の個人って、例えば(ダウンタウンの)松本人志のような存在です。大衆に対して圧倒的な発言力、発信力を持っていて、ツイッターのつぶやき1つで国民を動かせるのは松っちゃんだろうなと。経営者でいえば、(ソフトバンクグループ)の孫正義社長がすごいと思いますが、松っちゃんは一個人としてはそれ以上でしょう。だから、僕もそういう存在になりたいんです。

あくまで、ユーチューブは「手段」というわけですか。

ヒカル:僕は別にユーチューブが好きというわけじゃなくて、普段は全然見ないんですよ。どちらかというとテレビの方が好きです。テレビに出られるに越したことはないですけど、今のテレビの世界ってすごく理不尽です。例えば、お笑い芸人としてテレビに出るには、コントなどで面白いネタを披露できて、その上でひな壇などでトークができないとダメ。僕はトークだったら今のお笑い芸人とも互角にたたかえる自信があるけれど、ネタは持っていないんです。

 でも、ユーチューブだったら自分のチャンネルだから自由に発信できる。僕がユーチューバーをやっているのは、そういう理由からなんです。ユーチューブだったら、自分で情報を発信して自分でどんどん拡大していける。自分のチャンネルを持っているというのは、ユーチューバーに特徴的なことだと思います。

ヒカル氏は「無理だと判断したらすぐにやめる」と語っていた

(写真:的野弘路)
(写真:的野弘路)

ユーチューブ以外に表現活動の場を広げていきたいということですか。

ヒカル:ユーチューバーじゃなくても実際構わないのですが、今はユーチューブ以上に影響力が大きいものはない。今はユーチューブが旬なだけで、旬が別に移れば僕はまた別の分野でやっていく可能性はあります。実際、僕って人気商売じゃないですか。こういう活動をいつまで続けるかは正直、あまり決めていません。水ものだと思っているので、自分の人気がいつまで続くか分からないです。無理だと判断したらすぐにやめるつもりです。

 今や、小中学生の「なりたい職業」でも上位に位置するユーチューバー。その収入源や稼ぎ方についても、ヒカル氏は赤裸々に語った。ユーチューブには、動画の投稿者が自分の動画に広告を表示させ、再生回数に応じて広告収入の一部を受け取れるプログラムがある。さらに、ユーチューバーの存在感の高まりを受け、企業の新製品などのPR動画を制作、配信したり、タイアップのイベントに登壇したりすることで広告宣伝費を稼げる仕組みができつつあるのだ。

年収はどのくらいですか。

ヒカル:移り変わりが激しい職業なので、一概に平均的なことは言いにくいのですが、今年に入って年末までということで言えば、このままいけば多分5億円ぐらいだと思います。割合は、再生回数に応じた広告収益の部分が半分から60%くらい、企業案件が40%くらいですね。比較的、企業案件の比率は高いと思います。

 僕のチャンネルは、再生回数が多いので広告収益も非常に多くなるんです。再生1回あたりの単価は0.1円を大きく上回っていますが、例えば0.03円ぐらいの人もいる。そうした高収益という面も僕の特徴でしょうね。

企業とのタイアップでPR動画も多く制作していますね。

ヒカル:企業からこの商品をPRしてくれという依頼は多く来ます。スマートフォンのゲームなどの会社が多いですが、(ファッション通販サイトの)「ゾゾタウン」からの依頼もあって驚きました。そういう有名どころからも話がありますし、焼肉店など外食業界からの依頼もありましたね。

商品やサービスをPRするうえで、気を付けていることはありますか。

ヒカル:ありのままに視聴者に伝えることですね。僕は企業から依頼が来たとき、面白くない商品やサービスだったらはっきり言いますよ。「これおもんないからウケないと思いますよ」とね。企業からも、「偽りなく、改善すべき点があればあると言ってほしい」という要望が強いです。

 PR動画が僕の視聴者にフィットするか、しないかという点を伝えたうえで、その中でもできる限り、お金をいただいているのでフィットするような動画を作ります。視聴者が興味を持つようにタイトルを工夫するとか、サービス自体に問題があるなら、そのサービスが面白くなるようなプロモーションを組みますね。要はステップを踏むというか、視聴者に十分に興味を持たせた状態で商品の紹介をする、というイメージです。

「企業はしょうもない芸能人ばかりをCMに使っている」

 企業の若者向けのマーケティングや広告宣伝についても、率直な意見が飛び出した。

若者になかなか商品が売れないと嘆いている企業が多いです。若者にリーチできない理由は何だと思いますか。

ヒカル:しょうもない芸能人ばかりをCMに使っているからじゃないですか。テレビのCMなんて15秒ですよね。それに、出演している芸能人はその商品を好きなわけでもない。うわべの感じがすごく強いですよね。芸能人が心から薦めている思いが全く見えなければ、若い人は買おうとは思わないですよ。

 ユーチューバーは5分とか10分で動画を作って、商品を紹介します。商品と触れ合う時間が長いですし、その商品を使うところを見せます。だから商品の魅力が伝わるんだと思います。

 あとは、芸能人自体に力がなくなってきているというのもあると思います。彼らは、自分で発信できる場を持っていないので。事務所に与えられて初めて発信できる。でも僕たちユーチューバーはユーチューブっていう自分のチャンネルを持っている。ツイッターも自由に使えるから、ユーチューブで宣伝したことをツイッターで繰り返す、ということもできます。そういうふうに自分で調整できる、というのも大きいかなと思います。

若者の消費やネット活用の意識について、変化しているなと感じる部分はどこでしょうか。

ヒカル:インターネットが発達したことによって、昔であれば情報をラジオやテレビでしか収集できなかったところが、今ではもう誰でもある程度平等に、ネットを調べればどんな情報でも集められるようになった。それは大きな武器だと思いますが、それを活かせていない若者も多いと感じます。単純に遊びにしか使っていないのも、正直もったいないと思います。

 ネットで得られる情報をもっと自分の生活、自己成長に生かすようにすれば、もっと若者の可能性は広がるはず。自分でネットを駆使することで多くのことが学べる世の中になってきているということを、若い子たちに伝えていきたいですね。

 ここまで読み進めてきた読者の方々は、ヒカル氏の言葉に何を感じただろうか。彼が表舞台から姿を消す原因となったVALU騒動は、彼自身が謝罪の言葉を口にするように「身から出たさび」であり、業界内外に混乱を招き、これまでのファンからも非難を浴びたこと自体は擁護できるものではない。無期限の活動休止から、どのように復帰への道を探るのか、または別の道を選ぶのか、現時点ではまったくの未知数といえる。

 ただ、インフルエンサーが大きな影響力に至った業界の状況や若者の意識の変化、また企業の若者向けマーケティングなどについてのヒカル氏の指摘には、取材班が頷かされる点もあった。ネット業界の中には、ヒカル氏のインフルエンサーとしての才覚を認め、「才能があるだけに騒動は残念だ」と語る関係者も少なからずいるのも事実。ヒカル氏のような存在にどのように向き合い、どう評価すべきか。企業には様々な問いが突きつけられている。

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