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『ミッドサマー』の後も“誘われる”作品が続々。日本の観客にとってもブランドになりつつある「A24」

斉藤博昭映画ジャーナリスト
7/10に公開されるA24の『WAVES/ウェイブス』

やけに美しく、訴えかけてくるビジュアル。

いったいどんなストーリーが展開するのか……。

この『WAVES/ウェイブス』の写真が呼び起こす心のざわめきは、もしかしてあの映画も思い出す? そう、『ミッドサマー』。2作の共通点は「A24」の映画であること。

新型コロナウイルスの影響で、2020年の前半は映画の大ヒット作に恵まれなかった。目立ったヒット作といえば、昨年末からの『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』の73億円、アカデミー賞作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』の46億円(現在も公開継続中)あたりだけで、上半期の後半(4月以降)は映画館の営業、新作公開もストップしたために、ヒット作自体が存在しなかった。

そのような状況の中で、大ヒットというわけではないが、予想外の人気を獲得した作品もあった。『ミッドサマー』だ。若い世代を中心に「明るく美しいビジュアルなのに、得体の知れない怖さ」というイメージが広まり、実際に衝撃の展開になだれ込むことから、さらに口コミで観客を増やした。ビッグスターも出演していない、白夜のスウェーデンを舞台にしたこの映画の成功は、ある程度、予感されていた。

それは「A24」の作品だったからだ。ここ数年、すでに映画ファンの間では、確実に面白い作品を送り出す会社として知られていた映画の製作および配給会社。今回の『ミッドサマー』のヒットで、日本でもより広範な人気を得ることになった。『ミッドサマー』では日本での宣伝用のアートポスターも話題を集めたように、A24のスタジオグッズ、たとえばキャップやTシャツ、ジム用のショーツ(短パン)などが「カッコいい」と評判になるなど、今や「ブランド」としてのパワーも備えたと言ってよさそう。

そのA24の作品が、これから公開ラッシュなのである。もともと2020年は日本での公開予定作品が多かったとはいえ、新型コロナウイルスの影響で延期になっていたものもあり、それらが続々と公開される。そんな流れになっている。公開作は以下のとおり。

6/26公開 『SKIN/スキン

7/10公開 『WAVES/ウェイブス

8/7公開 『ディック・ロングはなぜ死んだのか?

9/4公開 『mid90s ミッドナインティーズ

10/9公開 『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ

近日公開 『フェアウェル

このように「月イチ」のペースでA24作品が日本の劇場で観られるという、ある意味で「幸せ」な状況なのである。

A24の作品には、『ミッドサマー』や『WAVES』『mid90s』のように製作から関わっている、文字どおりの「自社作品」もあれば、『SKIN』『フェアウェル』などアメリカでの配給のみを担当した作品もある。しかし配給のみの作品にも高いこだわりが見られ、それらすべてのラインナップで「ブランド化」していると言っていい。

俳優のジョナ・ヒルの初監督作である『mid90s ミッドナインティーズ』。90年代のロサンゼルスで13歳の少年が仲間との絆を通して大人の階段を上る。
俳優のジョナ・ヒルの初監督作である『mid90s ミッドナインティーズ』。90年代のロサンゼルスで13歳の少年が仲間との絆を通して大人の階段を上る。

A24は2012年設立という若い会社にもかかわらず、『ルーム』『エクス・マキナ』『ムーンライト』『レディ・バード』など、これまで「アカデミー賞に絡む作品を送り出す」というイメージが確立されていた。ミラマックスや、FOXサーチライトのようなイメージだ。それがここ2、3年、賞狙いというより、いい意味での「危険な香り」の作品も目立ってきた。ただ、野心的でチャレンジングな作品が多いのは設立当初からの傾向で、それが近年、日本の観客も実感してきた、という流れ。ホラーの幕の内弁当のように強烈な『ヘレディタリー/継承』と、同じアリ・アスター監督の『ミッドサマー』で、そのイメージが拡張した。

心ざわめく内容はもちろん、A24の映画を観ることが「おしゃれ」で「カッコいい」という意識も、『ミッドサマー』は高めたように感じる。

実際にA24作品が支持される理由を考えると、「感覚」に刺激してくる作風が挙げられるのではないか。『WAVES』は(監督の嗜好なのだが)場面によってスクリーンの縦横比率(レシオ)が変化したりする。それも観客の気づかないうちに変わっていることも。「色」を強調した映像(『ムーンライト』もそうだった)や、音楽の効果的な使い方も含めて、ストーリーとともに五感に訴えてくる。それは『mid90s』も同様で、スケボーをきっかけに新たな仲間を作る少年のドラマは、Tシャツや音楽でロサンゼルスの90年代カルチャーを追体験させる。イケてる映画を観ている気分になるのが、今のA24作品の特徴なのである。この2作は、製作からA24が手がけている。

『ミッドサマー』と同じく、予想外の展開で魅了する作品も目立つ。『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』は、タイトルが示すとおり、その理由を巡るドラマが信じられない方向へ転がっていく。祖母のガンを家族が隠し続ける『フェアウェル』にしても、不覚な瞬間に思わぬ感動が訪れる。この『フェアウェル』も、音楽の隠し味がハイレベルでエモーショナルな効果を与えたりする。

北京生まれでアメリカ育ちのルル・ワン監督『フェアウェル』。オークワフィナ(右)はゴールデングローブ賞で主演女優賞(コメディ/ミュージカル部門)を受賞した。
北京生まれでアメリカ育ちのルル・ワン監督『フェアウェル』。オークワフィナ(右)はゴールデングローブ賞で主演女優賞(コメディ/ミュージカル部門)を受賞した。

実際に公開が連続する6作を、映画批評サイト、ロッテントマトの数字で見ても、その高いレベルを実感できる。(数字は前者が批評家、後者が一般観客の支持率。数字は7/7現在)

『SKIN』  76% 84%

『WAVES』  83% 81%

『ディック・ロング』  75% 86%

『mid90s』  81% 80%

『ラストブラック』  93% 84%

『フェアウェル』  98% 87%

ちなみに『ミッドサマー』は83%、63%

もちろん、観客誰もがA24の作品すべてに心から満足するわけではないだろう。

しかし強く感じるのは「いま観るべき意味」だ。この6作には多かれ少なかれ、過剰な人種差別、多様性などの骨太なテーマが盛り込まれ、「現代の映画」であることを強烈にアピールする。クールでイケてる映画を観ている感覚に陥りながら、無意識に社会の問題を自分のことのように受け止めることができる。時代を反映することが、映画会社の勢いにもつながっている好例だ。

A24に配給を委ねた『フェアウェル』のルル・ワン監督は、筆者とのインタビューで次のように語った。

「A24はインディーズ映画の『キング』です。マーケティングのチームに有能な才能が集まっています。私の『フェアウェル』はメインが中国語で、英語字幕が多用されますが、字幕を嫌うアメリカの観客の常識を変えようというA24の野心が感じられました。キャラクターはアジア人でも、グローバルな感覚こそ、これからの時代に必要だというのが、この会社の精神のようです。作品に対して、正しい光で導いてもらって心から感謝しています」

一歩先の未来を見つめる……。そんなA24の姿勢が、観客の心を掴んでいるようだ。

『WAVES/ウェイブス』

7/10(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

配給:ファントム・フィルム

(c) 2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

『mid90s ミッドナインティーズ』

9/4(金)より新宿ピカデリー、渋谷ホワイトシネクイントほか全国ロードショー

配給:トランスフォーマー

(C) 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

『フェアウェル』

配給:ショウゲート 近日公開

(C) 2019 BIG BEACH, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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