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映画『ドライブ・マイ・カー』の音楽を語る【後編】石橋英子×濱口竜介──作品をささえる「音/声/音楽」の魅力

濱口竜介監督の最新作『ドライブ・マイ・カー』で音楽を担当したのは、シンガーソングライター、プロデューサー、マルチプレイヤーとして活躍する石橋英子。初の顔合わせとなった2人が、映画音楽の制作について振り返る。その後編。
祝・カンヌ映画祭脚本賞! 映画『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介監督インタビュー

【前編を読む】

監督の濱口竜介(左)と音楽の石橋英子

“監督の映画の作り方は音楽の作り方に似ている”

──今回は映像を編集する前から石橋さんが音楽を作って、それを監督が映像に当てていったとか。

濱口:そうです。編集のタイミングではサントラはできていないことが多いので、いつもしょうがなく別の曲を仮で当てたりするんですけど、かえってそのイメージがなかなか抜けなくて困るんですよ。でも、今回は先にデモの曲をたくさんいただいたので、すごく助かりました。40曲くらいあったのかな?

石橋:作品を作っている時、録りっぱなしなんです。メロディのちゃんとしたものを録音した後に、そのメロディが(頭の中に)残っているうちにいろんな楽器を引っ張り出して、いろんなエフェクターをいじりながら実験したものも全部録音している。5、6時間くらい録りっぱなしにして、後でそれを聴き返して「映画のなかで使えたらいいな」と思うものを選んで監督に送りました。

主人公の家福(西島秀俊)と、滞在先の瀬戸内で専属ドライバーとなる、みさき(三浦透子)

──そういうレコーディングの仕方はいつものことなのでしょうか?

石橋:そうですね。曲を作っている、という意識はあまりなくて、ただ録りっぱなしにしているんです。そうすると、思いもよらないものが生まれたりするんですよ。映画もいっぱい撮影して、そこから編集してコンパクトにまとめていくじゃないですか。音楽もそうあるべきだと思うんですよね。

濱口:音楽にもドキュメンタリー的な録り方があるんですね。映画にもそういうところがあって、たとえばフィクションの作品を撮っていても、そこで偶発的に起こったことが物語の核になったりすることがある。自分が思いもよらなかったもの、自分が驚くものこそが、すごく信じられるというか。

「本読み」のシーン

石橋:今回の映画の中に、役者さんが「本読み」をするエピソードがありますよね。役者さんがひたすら脚本を読んで、言葉を自分の中に入れたうえで演技をして、そこで自然に出てきた感情に反応してセリフを言う。そういうプロセスって、すごく音楽的だと思ったんです。たとえば、即興演奏のときに自分の無意識みたいなものが出てくることによって、思いがけない演奏ができる。それが次の作品を作るきっかけになったりするんです。濱口監督の作品が音楽的に感じるのは、監督の映画の作り方が音楽の作り方に似ているからじゃないかと思いました。

濱口:それは、心の底から嬉しいです(笑)。“偶発的なもの”って、正確なものだと思うんです。ある状況のなかで「これしかありえない」、という何かを含んでいる。だから、やっていてそれが「OK」なんだと直観的に理解できる。予め持っていたイメージにハメる「OK」はその枠を出ないけど、それを捨てることでまさにこれしかないというものに出会うことがあります。そういうものが出やすくなるからこそ、自分は「本読み」を探求しているのかなと思いました。

石橋英子『Drive My Car Original Soundtrack』NEWHERE MUSIC、定価:2750円

サントラ盤は、“頭のなかで鳴っていた音”

──先日リリースされたサントラ盤では、映画で使用した曲とは編成やアレンジを少し変えているそうですね。音楽に映画の効果音がコラージュされて、音楽と同化しているのが面白かったです。

石橋:映画を観ていると、音楽よりも役者さんの声や音に惹かれるんです。音楽は後からつけるものであって、そこで実際に流れているものではない。だから、「音」の方が大事だと思っていて。その点でいうと、『ドライブ・マイ・カー』の音がすごく良かったんですよ。車の音や船の音、カセットテープを出し入れする音、そして、テープから聴こえる声……どれもすごく印象に残る。

サントラを作っている時、役者さんの声や物音などにどうしたら音楽が寄り添えるか?という点を重要視していたので、サントラ盤ではそういう音を入れました。もっと言えば、これこそが、曲を演奏するときに私の頭のなかで鳴っていた音なんです。

濱口:今回、サウンドミキサーの野村みきさんが本当に素晴らしい音を作ってくれました。その音と石橋さんの音楽をどう合わせるか、を具体的に相談するためにミキサールームに来ていただいて、整音されたものを聞いていただいた時に、石橋さんが「音がすごく良い」と言ってくださったのをよく覚えています。そこですぐに「映画の音をサントラに欲しい」と、野村さんにお話しされていましたよね。それを横で聞いていて嬉しかったです。

──家福(西島秀俊)が車中でいつも聴いているカセットに入っている、妻の音(おと/霧島れいか)が脚本を読み上げる声も音楽的ですよね。

濱口:霧島さんの声はとても魅力的で、ずっと聴いていられるんですよね。嫌味なところがまったくないというか、“余計な意図”が感じられない。だから家福も聴いていられるんだと思うんですけど。彼女の声が流れていることで、あの車がどういう空間なのかもわかる。

──風景のような声、と言えるかもしれません。

濱口:そうですね。

やっぱりスピッツが好き!?

──さいごに、せっかく「音楽」をテーマにした対談なので、監督の音楽的なルーツを聞かせてください。先ほどのお話では、学生時代はTortoise(トータス)がお好きだったとか。

濱口:大学の頃、シカゴ音響派がすごく盛り上がっていたし、僕自身もそこから派生して色々聴いていました。それで、ジム・オルークさんの作品もよく聴いていたんですよ。だから、今回のサントラのクレジットを見て、ジムさんがギターを弾いているのを知ってびっくりしました。とても光栄でしたね。ただルーツと言われると未だに、“いちばんよく聴く”のはスピッツかもしれませんね。脚本作業中なんかに色々音楽をかけていても、音楽自体に気を取られて進まないことが多々あるんですが、スピッツで作業しているときが一番フッと集中できたりする。妻はスピッツが長時間かかってるのが聴こえると「(作業が)いまノってるんだな」と思うそうです(笑)。

──スピッツにシカゴ音響派と、幅広く聴かれているんですね。ジムさんは映画に大変詳しくて、サントラもいろいろ手掛けられていますが、『ドライブ・マイ・カー』はすでにご覧になったのでしょうか?

石橋:レコーディングの時、「エンディングシーンはこんな感じになるかもしれない」って最後の映像だけメンバー全員で観たんです。でも、全編はまだ観ていなくて、来週、一緒に映画館に観に行く予定です(*下記に後日談あり)。

濱口:怖いなあ(笑)。

石橋:いやいや大丈夫ですよ(笑)。私は(この映画が)大好きです。

濱口:ありがとうございます。石橋さんのアルバムを聴いた時、曲名にダグラス・サークの映画のタイトルが引用されているのに気がついて、間違いなく映画好きな方だとわかりました。なので、お会いする前から信頼感があったんです。その石橋さんに気に入っていただけるような映画であることも、とても誇らしいです。今回は本当に素晴らしい音楽を作って頂いて、ありがとうございました。

石橋:こちらこそ、ありがとうございました。

*後日談
ジムさんは、とても素晴らしかったと感激していました。特にみさきが「私あの車が好きです」と言った海辺のシーンが最高ですと言っていました。私も、もう一度改めて純粋にお客さんとして観て、この映画の中の体験がさらに更新され心に刻まれました。観る人の数ほど、そして観る時の数ほど、この映画の体験が生まれるのではないかとわくわくします。(石橋英子)

『ドライブ・マイ・カー』

8月20(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
配給: ビターズ・エンド
© 2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
公式サイト: dmc.bitters.co.jp

石橋英子(いしばし えいこ)
PROFILE
音楽家。映画音楽の制作をきっかけにソロ作品を作り始める。近年では海外フェスティバルへの参加や海外レーベルからの作品リリースなど活動範囲は多岐に渡る。これまでに映画『夏美のホタル』(16/廣木隆一監督)、『アルビノの木』(16/金子雅和監督)、アニメ「無限の住人-IMMORTAL-」(19)、劇団マームとジプシーの演劇作品、シドニーのArt Gallery of NSWの「Japan Supernatural」展などの音楽を手掛ける。

濱口竜介(はまぐち りゅうすけ)
PROFILE
1978年12月16日、神奈川県生まれ。08年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され高い評価を得る。その後も日韓共同制作『THE DEPTHS』(10)が東京フィルメックスに出品され、東日本大震災の被害者へのインタヴューから成る『なみのおと』、『なみのこえ』、東北地方の民話の記録『うたうひと』(11~13/共同監督:酒井耕)、4時間を超える長編『親密さ』(12)、染谷将太を主演に迎えた『不気味なものの肌に触れる』(13)を監督。15年、映像ワークショップに参加した演技未経験の女性4人を主演に起用した5時間17分の長編『ハッピーアワー』が、ロカルノ、ナント、シンガポールほか国際映画祭で主要賞を受賞。さらには、商業映画デビュー作にしてカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出された『寝ても覚めても』(18)、ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員大賞)を受賞した短編集『偶然と想像』(21)、脚本を手掛けた黒沢清監督作『スパイの妻〈劇場版〉』(20)がヴェネチア国際映画祭銀獅子賞に輝くなど、国際的な舞台での注目度も高まっている。

取材と文・村尾泰郎

祝・カンヌ映画祭脚本賞! 映画『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介監督インタビュー
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