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映画『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介監督インタビュー【後篇】──コロナ禍を映画製作の体制を見直す機会に

世界中から熱いまなざしを集める濱口竜介監督の商業長編映画2作目は、村上春樹の原作に惚れ込み、自ら映画化を熱望したという意欲作。仏・カンヌから帰国直後の濱口監督に、作品にについてじっくりと話を聞いた。その後編。
映画『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介監督インタビュー【後篇】──コロナ禍を映画製作の体制を見直す機会に

【前編を読む】

黒沢清監督との協働で得たもの

──濱口さんは、昨年、黒沢清監督の『スパイの妻』(2020)で、野原位さんと一緒に脚本を書かれています。初めて他人の作品で脚本家に徹した経験は、『ドライブ・マイ・カー』をつくるうえでも何か影響はあったでしょうか。

濱口:『スパイの妻』の場合は、あくまで黒沢さんの映画の脚本を僕らが書くということであって、職業脚本家として、という意識とはやはり違うものです。とはいえ、自分の映画の脚本を書くのとも、やはり全然違う体験ではありました。「僕にはこれはできないけど、黒沢さんだったらどうするだろう」ということを常に考えながら書いていました。

濱口竜介監督

ひとつ驚いたのは、黒沢さんは、僕らが書いた脚本の10〜15%くらいをばっさり削ってしまったことです。「これじゃ話がわからなくなるんじゃないか」と最初は少し心配になったんですが、できあがった映画を見ると、ちゃんとみんながわかる話になっている。しかもより面白くなった部分もある。「あ、こんなに削ってもいいんだ」という大きな発見であり、自分もできるだけこういう削り方をしてみたいと思いました。

──それは、これまで自分の映画をつくるなかではなかった感覚だったんでしょうか。

濱口:もちろん自分でも削れるものは削るんですが、ふだん自分が脚本を書くときには、役者さんが理解できるように、という意識が強くあります。サブテキストもそうですが、役者さんが演じるうえで拠り所となるようにと考えると、単純に量が増えていく。でも、改めてそれらがなくても話はつながるんだなと、『スパイの妻』の経験を通して感じました。もちろんそれは、僕の演出と黒沢さんの演出がまったく違うものだ、ということでもあるんですが。

舞台『ワーニャ伯父さん』のオーディションシーン

会話劇をつくること

──初期の『PASSION』(2008)から『ドライブ・マイ・カー』まで、濱口さんの映画は常に見事な会話の応酬によって成り立っています。一方で、特に日本映画においては、たくさんの会話で成り立つ映画はときにネガティブに捉えられる面もある気がします。言葉で説明するのではなく画で見せるのが映画だ、という意識が根底にあるというか。それでも会話劇をつくっていくんだ、という気持ちが、濱口さんには強くあるのでしょうか。

濱口:なぜ会話劇か、ということには2つの理由があると思います。大前提として、会話を書くことで僕自身が書く物語を理解していくところがあるからです。プロットの段階では、「本当にこんな展開ありえるかな?」という思いがどこかにある。それが会話を書いていくことで「なるほど、こういうこともあるかもしれない」という気持ちに変わっていく。自分が書いているものが何なのか、会話を書くことでようやく本当に理解できるんです。

もうひとつは、自分がよく見ていた90年代くらいのある種の日本映画が、あまりにも“しゃべらなさすぎ”という感覚を自分が持っていたことです。実際は、我々はもっと会話をして生きていますよ、という思いが昔からありました。

沈黙の状態と、何かをしゃべっている状態。どっちが嘘がばれやすいかといえば、やはりしゃべっている状態です。だから役者にたくさん台詞を言わせることは、リアリズムの映画にとっては弱点にもなる。ただ、「本読み」の手法(前編参照)を始めてからは、その弱点を克服できるような、別種のリアリティが加わった気がしています。本読みというのは基本的に反復練習であり、それが役者の体に与えるものをこれまで探ってきました。その繰り返しのなかで、ふと役者から出てくる言葉やリアクションのリアリティに、毎回驚かされるんです。

今回監督補についてくれた渡辺直樹さんが、村上春樹さんの『羊をめぐる冒険』にかけて、「これは濱口さんの“本読みをめぐる冒険”ですね」と言ってくれたんですが、たしかに、自分にとってこの映画をつくること自体が、本読みという演出方法を探究する素晴らしい機会になったと思います。

ただその探求も、これで一区切りかなという気がしています。じゃあ次は何ができるのかを今は考えているところですね。

舞台シーン

──これまで積み重ねてきたものが、今回の作品である到達点に至ったな、ということですか?

濱口:突き詰められたというよりは、現状でこれ以上同じ方法だけを追求するとこれしかできなくなる、という危惧がある、ということですかね。もう少しバランスよくやっていかないといけないなと。

──では、次の作品はすごく会話が少ない映画になるかもしれないと。

濱口:でも、毎回そう思ってもいるんですよね(笑)。言葉を使うのはこれが最後だと思いつつ、次作が出来上がってみるとやはり言葉の多い作品になっている。だから次がどういう作品になるかはまだなんとも言えないですね。

コロナ禍を映画製作の体制を見直す機会に

──当初は後半部分を韓国の釜山で撮影する予定が、新型コロナウイルスの影響で広島へと変更になったそうですが、ロケ地の変更でストーリーが大きく変わった部分はありますか?

濱口:基本的には大きな変更はなかったと思います。ただ家福が訪れるのが外国か国内かで意味合いは全然違ってくるので、根本的にはまったく別のものになったとも言えます。もし家福が招かれたのが釜山だったら、彼が抱える孤独感がもっと際立ったでしょうし、日本語が通じるみさきとの関係がまた違う説得力を持ったかもしれない。逆にいちばん最後のシーンでは、当初北海道で撮る予定だったのを、いろいろ考えてあの場所へ変えました。

──なるほど、北海道のままだったら最後のシーンの意味は大きく変わった気がします。

濱口:ええ、撮影がコロナウイルスの影響で中断したことで、本当にこの場所でいいんだろうかと思うようになり、あのように書き直したんですが、やはり当初とは全然違うラストシーンになったなと思います。

──いつかまた釜山で撮ってみたいとは思われますか。

濱口:もともと韓国で撮ることになったのは、車を自由に走らせられる場所を探した結果です。東京だと車の撮影はほぼ不可能なので、それなら釜山にしようと。でもそれこそが、韓国と日本との映画産業の厚みの違いでもあるんですよね。韓国の映画づくりについて学べるなら、また別の機会にぜひ挑戦してみたいですね。

映画のおもな舞台となった瀬戸内

──今回、クランクインは2020年3月ということでコロナ禍まっただなかでの撮影となったわけですが、こういう状況での映画製作についてはどのようにお考えでしょうか?

濱口:ある意味で、これが映画の製作体制を見直すいい機会になるのではと考えています。以前、デンマークとスウェーデンで発表されたコロナ禍での撮影ガイドラインを読んだら、ソーシャルディスタンスの確保や公衆衛生についてのルールがずらっと並んでいたんです。

驚いたのは、これを全部守ると映画の生産率は従来より10%ほど下がるだろうと書かれていたこと。正直、日本でこのガイドラインに沿って映画をつくろうとすれば、10%どころか壊滅的なことになるはずです。それは逆に、我々がふだんいかに余裕のない体制で製作しているかの証でもある。その余裕のなさを根本的に見直す機会として、今の状況を捉えるべきではないでしょうか。

製作体制の規模についてもそうですね。自分では、特に『偶然と想像』の製作を通して、より小さいチームでやることはこの状況では大いに可能性があると実感できました。

──製作に限らず、映画館での公開と鑑賞も難しい状況になってきています。「映画館で映画を見ること」についてはどのようにお考えですか。

濱口:今年のカンヌ映画祭では、前回参加した以上に会場の強い熱気を感じました。やはり実際にスクリーンの前で見ることをみんな待ち望んでいたのでしょう。日本でもまた大勢の観客を呼べる状況がくればいいなと思っています。

『ドライブ・マイ・カー』

8月20(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
配給:ビターズ・エンド
© 2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
公式サイト dmc.bitters.co.jp

濱口竜介(はまぐち りゅうすけ)
PROFILE
1978年12月16日、神奈川県生まれ。08年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され高い評価を得る。その後も日韓共同制作『THE DEPTHS』(10)が東京フィルメックスに出品され、東日本大震災の被害者へのインタヴューから成る『なみのおと』、『なみのこえ』、東北地方の民話の記録『うたうひと』(11~13/共同監督:酒井耕)、4時間を超える長編『親密さ』(12)、染谷将太を主演に迎えた『不気味なものの肌に触れる』(13)を監督。15年、映像ワークショップに参加した演技未経験の女性4人を主演に起用した5時間17分の長編『ハッピーアワー』が、ロカルノ、ナント、シンガポールほか国際映画祭で主要賞を受賞。さらには、商業映画デビュー作にしてカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出された『寝ても覚めても』(18)、ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員大賞)受賞という快挙を成し遂げた短編集『偶然と想像』(21)、脚本を手掛けた黒沢清監督作『スパイの妻〈劇場版〉』(20)がヴェネチア国際映画祭銀獅子賞に輝くなど、これまで国際的な舞台でその名を轟かせてきた。

取材と文・月永理絵

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