Diversity in Tennis Fashion

ヴァージル・アブロー×セリーナ・ウィリアムズ×ナイキのトリプルコラボウェアから読み解くトレンド事情

全米オープンテニス女子シングルス決勝でセリーナ・ウィリアムズが着ていたウェアから見る現代ブランド事情とは? ファッションジャーナリストの野田達哉が読み解く。 By Tatsuya Noda
ヴァージル・アブロー×セリーナ・ウィリアムズ×ナイキのトリプルコラボウェアから読み解くトレンド事情
9月の全米オープンテニス決勝で大坂なおみに敗れたセリーナ・ウィリアムズ。ナイキのウェアはヴァージル・アブローのデザインだった。
「イェー、ダイバーシティー!」

全米オープンテニス決勝でセリーナ・ウィリアムズが審判に猛抗議する様子がビデオで繰り返し流れる度に、彼女のバレエのチュチュを思わせる黒のウェアとその場面の不自然さになんとも言えず、複雑な気持ちになる。ブーイングの嵐にさらされた大坂なおみや、セリーナのこれまでの功績を思ってのことではなく、あのウェアをデザインしたヴァージル・アブローの心情に対してだ。

あのウェアはナイキ×オフ-ホワイトc/oヴァージル・アブロー×セリーナ・ウィリアムズとのトリプルコラボとして8月に発表された。同時に「ten」シリーズのスニーカーも発表され、ナイキヘッズの間で話題となっていた。自身がテニスをプレイする動画をインスタにアップし、「彼女のラケットスイングにバレエの優雅さを重ねた」というウェアのデザインへのコメントは世界的なスポーツ選手に対するリスペクトが込められていた。それだけに、あの試合の印象があのウェアと重なってしまうことが残念に思うのだ。ヴァージルは試合終了後、自身のインスタグラムにセリーナが決勝で着た黒ではなく、白の同じウェアでプレイする彼女の画像と「a winner in life. period.」(人生の勝者。以上。)というコメントを投稿し、約25万の「いいね!」がついた。

周知のようにヴァージル・アブローはルイ・ヴィトンのメンズ・アーティスティック・ディレクターとして今年3月にメゾンに迎え入れられた。黒人デザイナーとして初めてパリコレの頂点に立ち、6月には約200メートルのランウェイをレインボーカラーに塗り分け、2019春夏コレクションを発表。誰でもが認識できる形でダイバーシティー(多様性)をテーマにしたショーを展開した。その彼がLVと並行してナイキとのコラボを発表しているのはきわめて異例なケースであり、その活動領域と制作スピードは規格外だ。

彼がガーナ人の移民の両親のもと、イリノイ工科大学で建築を学び、カニエ・ウェストのクリエイティブ・ディレクター、DJとして頭角を現した経歴は知られているが、そのカニエとともにLVMH傘下のフェンディでインターンを経験したことは案外知られていない。2012年にスタートした自らのブランドローンチから、彼らのファッションシーンにおけるサクセスストーリーは綿密なプロットに沿っている。彼に以前、建築からファッションに転身した理由を聞くと「ブランドを建築することは、ひとつのビルを設計するより無限だ」という答えが返ってきた。彼は常に自分の周りのランドスケープをデザインしている。

今の成功は彼の友人である黒人ラッパーの力も大きいが、世界中のブラックアフリカンたちからの支持も大きい。若い黒人たちのあいだでのヴァージル人気は今やオバマをしのぐ勢いだ。音楽、スポーツ以外のブラックセレブリティとしてのロードマップを、彼は描きつつあるわけだ。

現代美術作家としての活動も昨年末にスタート。村上隆とのコラボ展覧会をロンドンとパリのガゴシアンギャラリーで開催した。東京のカイカイキキギャラリーでは個展を行ってもいる。そこにはこれまで現代美術のギャラリーに訪れなかったストリートキッズたちが、彼のサインを求めてオフ-ホワイトのスニーカーを手に列を成すという現象まで起こしている。

LVやナイキが彼を起用するのは、その背後にあるネクストマーケットねらいであることは明白で、LVMHとしては先にケンゾーのクリエイティブ・ディレクターとして起用したアジアンアメリカンのウンベルト・レオンとキャロル・リムの成功例も踏まえてのことだろうという推測もできる。

ヴァージル自身は人種問題に関してあまり公に発言しない。大坂なおみ同様、ゆったりした口調でインタビューに丁寧に答える。そして自身のクリエイションのコンセプトは詳細にわかりやすくテキストで配布する。すべてに共通しているのは公平さだ。それだけにセリーナが試合後訴えた男子プレイヤーとの対処のちがいに差別があるとの主張を、彼がどう思ったか少し聞いてみたい気もするが、おそらく「イェー、ダイバーシティー!」と笑いながら答えるだけだという想像もついてしまう。

ただ、オフ-ホワイトの日本での人気が、ヴァージルのメッセージへの共感やストーリーに沿ったモノであるのかどうかとなると、やや疑問符が付く。ブランド商標であるストライプや矢印マークの中国製コピー商品が大量に出回り、新宿歌舞伎町のホストの新たな人気ブランドになりつつあるというこの国の海外ブランドのトレンド事情は、昭和から平成に元号が変わったバブルの時代と、残念ながらあまり変わっていない気がする。

野田達哉
京都生まれ。ファッションジャーナリスト。70年代後半にスペシャルズ、マッドネスなどと競演したスカ・ニューウェーブバンド「ノーコメンツ」、その母体の黒人音楽研究会「京都黒人会」のメンバー。同会”会長”は音楽プロデューサーの佐原一哉(『童神』で第45回日本レコード大賞金賞)。83年よりファッション専門紙のライターをスタート。FASHION-HEADLINE編集顧問。