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未来は近い──新型ホンダ・レジェンドの“自動運転技術”に迫る!

自動運転機能を搭載したホンダのフラグシップセダン「レジェンド」に、大谷達也が試乗した。はたして、新機能の実用性はいかに?
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Hiromitsu Yasui

ようやく実用化された自動運転機能

自動運転を可能にした世界初の市販車であるホンダ・レジェンド(グレード名はレジェンド・ハイブリッドEX ホンダ・センシング・エリート)が発売された。

自動運転車なんかとっくに商品化されているような気になるけれど、これまで路上を走っていたものは開発途中のプロトタイプか、自動運転を語るニセモノのどちらか。市販される“自動運転車”としてはレジェンドが正真正銘、世界で初めてである。

では、どうして自動運転車の市販化にこれほど時間を要したか? といえば、最大の理由は法整備に時間がかかったため、と、いっていい。日本の国土交通省は、2018年に世界に先駆けて自動運転車が満たすべき安全要件を策定し、2020年には自動車線維持などに関する自動運行装置の国際基準が成立したため、自動運転車を市販化する条件が整ったという。

【主要諸元(ハイブリッドEX ホンダ・センシング・エリート)】全長×全幅×全高=5030×1890×1480mm、ホイールベース2850mm、車両重量2030kg、乗車定員5名、エンジン3471ccV型6気筒ガソリン(314ps/6500rpm、371Nm/4700rpm)+モーター(フロント35kW/148Nm、リア54kW/146Nm)、7AT、駆動方式4WD、タイヤサイズ245/50R19、価格1100万円(OP含まず)。

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19インチのアルミホイールは一部がブラックになる専用デザイン。

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ただし、これで自動運転車が備えるべきすべての法的要件が事細かに明文化されたかといえばそうではなく、現状ではあくまでも基本的な概念が示されたに過ぎない。しかして、その骨子はといえば、「別に完璧じゃなくてもいいから、せめて人間が避けられる程度の事故は避けてもらえないかなあ」という、かなりあいまいな表現でしかない。

しかし、たとえ表現があいまいでも、その基準をクリアしない限り、自動運転車は商品化できない。そこでホンダは自動運転車の使用条件を厳密に定義するとともに、そこで起きうる事故のひとつひとつについて「どのように対処すればいいか?」を、国交省や警察庁と調整した。そうして、「これであれば人間が避けられる程度の事故は確実に避けられるでしょう」というお墨付きを手に入れて、自動運転車であるレジェンドの発売に漕ぎ着けたのである。ちなみに、この過程でホンダはおよそ1100万通りのシミュレーションをおこない、テスト車両を用いた実走行距離は130万kmに及んだという。

外装は前後バンパー下部にブルーのアクセサリーランプを装備し、「自動運行装置搭載車であることをさりげなく主張」する。

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いずれにしても、今回発売されたレジェンドは「どんな事故でも絶対に避けられる」スーパーマンみたいなクルマではないし、「いつでもどんなときでも自動運転が可能」な万能性を備えているわけでもない。

そしてドライバーである人間も、自動運転中だからといって、なにをしてもいいわけではなく、やっていいことと悪いことの制約がいろいろある。だから、私たちが夢に思い描く「ボタンひとつ押すだけで目的地まで自動的に走ってくれる」自動運転車とは、ずいぶん違うといって間違いない。

じゃあ、こんな「中途半端な自動運転車」に価値があるのかどうかという議論は文末でするとして、まずは発売されたばかりのレジェンドに試乗(?)してみることにしよう。

フロントに3.5リッターV型6気筒ガソリン・エンジンと1基のモーター、リアに2基のモーターを搭載する。システム最高出力は382ps、最大トルクは463Nm。

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自動運転機能搭載車ならではの装備

クルマに詳しくない人がひと目見た程度では、自動運転機能であるホンダ・センシング・エリート(以下、エリートと呼ぶ)が搭載されているかどうかを見分けるのは難しいだろう。

エリート付きレジェンドには、通常はひとつしかないフロント用カメラセンサーがふたつ取り付けられているほか、レーダーをフロントに3つとリアにふたつの計5つ、レーザー光で周囲をスキャンして障害物の有無を検知する“ライダー”というセンサーがフロントにふたつとリアに3つの計5個、装備されている。高価なライダーを1台で5個も備えている市販車は、私の知る限り、レジェンドが世界で初めてだ。

自動運転レベル3を実現するため、新型レジェンドには合計10個のセンサーと、フロント上部に2個のカメラ(写真)を搭載する。

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前後バンパー下部にはレーザー光で周囲をスキャンして障害物の有無を検知する“ライダー”というセンサーを計5個搭載する。

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前後バンパー下部にはレーザー光で周囲をスキャンして障害物の有無を検知する“ライダー”というセンサーを計5個搭載する。

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前後バンパー下部にはレーザー光で周囲をスキャンして障害物の有無を検知する“ライダー”というセンサーを計5個搭載する。

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またメーターパネルには12.3インチのフル液晶グラフィック・タイプを採用したほか、センターコンソールのディスプレイも1インチ大きくなって9インチとされた。さらに、ダッシュボード上にはドライバーを監視するモニターカメラを装備。ドライバーの行動が決められた条件を満たしているかどうかを常に見張っている。

運転方法そのものは通常のレジェンドと変わらない。スターター・スイッチを押して、Dレンジを選んで、スロットルペダルを踏むだけでいとも簡単に「世界初の自動運転車」は走り始める。

専用デザインのメーターは、12.3インチのフルデジタル。

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これが自動運転だ!

フルモデルチェンジ直後は妙に足まわりが突っ張っていたうえ、微振動が残るような印象があったレジェンドの乗り心地は、およそ4年前に実施したマイナーチェンジで大きく改善され、ソフトで洗練された感触に生まれ変わった。発進や加速をするときのドライブトレインのマナーも高級車にふさわしいもの。静粛性の高さにもまったく不満を覚えなかった。

高速道路に進入して数分が経過すると、メーターパネル内に自車と周囲のクルマの位置関係がグラフィカルに表示されるようになる。これはGPS信号と車載の高精細デジタルマップとのマッチングが完了したことを意味する。高精細デジタルマップには、一般のナビゲーションシステムには収録されていない車線の数だけでなく、車線の境界を示す実線や破線などの種類や位置までもが詳細に記録されていて、安全な運行に寄与する。前述のライダーとともに、自動運転車には欠かすことのできない装備のひとつだ。

システムの完成度を高めるべく全国約130万kmにおよんだ実証実験や、最新のコンピューターシステムを活用した約1000万通りのシミュレーション・テストなどを実施したという。渋滞時の自動運転機能の利用によって、ドライバーによる手動運転に対し、人身事故を半分に減らせる、とホンダは主張している。

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メーター以外の内装デザインは、標準モデルとほぼおなじだ。

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自動運転の準備が整ったところで、以下の条件が満たされると自動運転が起動する。いくつか列挙すると、1)高速道路もしくは都市高速道路(首都高など)を走行中であること、2)車速が30km/h以下であること、3)自車の前後に車両が走行していること、の3点が主要なもので、そのほかにもいろいろと細かい条件がつく。たとえば、東京の首都高環状線のように道路の構造があまりに複雑な場合は自動運転を起動できない。そのような箇所は高速道路もしくは都市高速道路の1割近くに上るそうだが、逆にいうと9割の区間では使えるのだ。

これらの条件が揃うまでに、まずはアダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC。前走車と一定間隔で走行する車速制御機能)とレーン・キーピング・システム(LKAS。車線に沿ってステアリング操作をアシストする機能)を立ち上げておく必要がある。この状態は、自動運転技術の世界でレベル2と呼ばれるもので、車載のシステムはあくまでもドライバーの支援を行なうだけで、運転の責任はすべてドライバーが負う。

3人がけのリアシート。

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リアシート用エアコン吹き出し口の下部には、リアシートヒーターのスウィッチが付く。

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リアシートのセンターアームレストには、エアコンやオーディオの調整スウィッチが付く。

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ラゲッジルーム容量は414リッター。トンラクリッドは電動開閉式。

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ACCとLKASが安定して機能していて、さらに高速道路上で高精細デジタルマップとのマッチングが完了すると、レジェンドはハンズオフ機能を使えるようになる。つまり、ハンドルから手を放しても構わない。ただし、これはまだレベル2なので、これまでどおり事故が起きればドライバーの責任。したがって周囲の状況を注意深く確認している必要がある。

レジェンドがすごいのは、このハンズオフ状態でドライバーがウィンカーレバーを軽く右もしくは左に倒すと、システムが前後の安全確認をおこなったうえで自動的に車線変更を行ってくれるところにある。もっとも、この機能自体はニッサンのプロパイロット2.0(あちらは完全なレベル2)にも装備されている。

自動運転起動時は、インパネ上部のモニターでテレビやDVD映像を楽しめる。

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レジェンドが本当にすごいのはこの先で、ステアリングの下側に取り付けられている“高度車線変更支援スイッチ”をオンにしておくと、ドライバーがなにもしなくても、クルマが状況を判断して自動的に追い越しをしてくれる点にある。

プロパイロット2.0にも似たような機能はあるが、あちらは追い越し可能になるとシステムが「追い越ししますか?」と、訊ねてきて、ドライバーがこれを了承すると初めて追い越しを開始する。そうした承認作業が一切不要で、自動的に追い越しを始めるのはレジェンドが初めてだ。

自動車線変更時のメーター表示。

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ただし、ここまでいろいろ自動的にクルマが操作してくれても、まだレベル2であり、ドライバーは周囲をくまなく監視し、必要があれば事故回避行動をとらなければいけない。

しかし、前述した3点の条件を満たしていると、メーターパネル上の表示がさらに変化し、待望のレベル3に入る。つまり、システムがクルマの運転操作の責任をすべて負う状態になるのだ。なお、1度レベル3の自動運転機能が起動すると、50km/h付近まで車速が上昇してもレベル3が維持されるようになる。

テールゲートには、自動運転機能搭載車であることを周囲に示すステッカーが付く。

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レベル3に入ったら、当然ドライバーはステアリングから手を放しても構わない。また、センターコンソール上のモニター画面をのぞき込んで、たとえばナビゲーションシステムの設定や、DVDの映像を見るのも許される。ただし、自分のスマホを見るのは基本的にNG。隣に腰掛けたパッセンジャーの顔を注視することも認められていない。

なぜか?

レベル3は完全な自動運転ではなく、システムが対応できない場合はただちに人間が運転を引き継がなければいけないからだ。その引き継ぎを促す表示がステアリングやダッシュボードなどに埋め込まれているが、要はここが視界に入らないところを見ている状態では運転の引き継ぎをスムーズにおこなえない恐れがある。だから、隣の人の顔を見たり、自分のスマホを見たりすることは許されていないのである。もちろん、うしろを見るのも、席を移るのも御法度である。

DVD映像を表示しながら渋滞のなかを自動で進むレジェンド。

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電動調整式ステアリング・ホイールには、自動運転機能用の専用スウィッチが付く。

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それ以外にもレベル3機能を中断してドライバーが運転を引き継がなければいけないケースはある。たとえばインターチェンジやジャンクションなどで合流する車線があるとき。もしくは前走車が急ブレーキをかけたり、斜め前方の車両が直前に割り込んだりしたとき。さらには高速道路ではトンネルの手前に信号が設置されているが、その前後でもレベル3は切れる。

なぜか?

そういう危険な状態では人間が状況を判断しなければいけない、と国交省や警察庁が判断したからだ。だから、その場合はレベル2に逆戻り。運転の責任はドライバーが負うことになる。

デュアルクラッチタイプの7ATを搭載。ギアセレクターはスウィッチタイプだ。

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運転の責任に関する話が出たところで、「万一事故が起きたら、その責任は誰が負うのか?」についてお知らせしたい。

レベル3動作中に起きた事故の責任は誰が負うのか?

これに関する明確な答えは、まだない。いま言えるのは、通常の事故が起きたときとおなじように警察が事故の状況を検分し、これに基づいて事故の当事者や保険会社などが相談して決めるということぐらいだ。条件が整えばトンネル内でも自動運転機能は起動する。

条件が整えばトンネル内でも自動運転機能は起動する。

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14スピーカーで構成されるオーディオは、アメリカのKrell社と共同開発したものを搭載。

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なぜそうなるか? と、いえば、自動運転システムにはいまのところ、「別に完璧じゃなくてもいいから、せめて人間が避けられる程度の事故は避けてもらえるかなあ」というレベルのことが求められているだけで、すべての事故を避けるとが必須ではないからだ。

「それじゃあ、レベル3の動作中もドライバーは気が気ではない」と、アナタはそう思うかもしれない。それはそれで一面正しいが、もしも「人間が避けられる程度の事故を確実に避けて」いるのなら、補償の比率は相手側が大きく、自動運転システムもしくはドライバーの比率はごく小さくて済むはず。しかも、自動運転システムは人間と違って間違いを犯さない(はず)。交通事故の原因の大半はヒューマンエラーにあることを考えれば、避けられる事故を確実に避ける自動運転システムには安全性を高める効果があると考えて間違いないだろう。

では、レベル3の動作が認められている環境があまりに狭く限定されていることについてはどうか?

先ほど私は「トンネル手前の信号」で自動運転が解除されると申しあげた。この信号がそんなに重要な意味を持っていることは初めて知ったが、これはトンネル内部が事故などで危険な状態に陥っているときは信号にそのことが表示されるため、信号を読み取れる人間が運転を引き継がなければならないという事情によるものだ。

シート表皮は本革。フロントは電動調整機構付き。

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でも、かりにそうであるとすれば、信号の表示内容をWI-FIなどで飛ばし、それを自動運転車が受信して、赤信号だったら停止するなどの機能を追加すれば済むかもしれない。

高速道路の合流地点はベテランドライバーでも緊張を強いられる。だから、自動運転システムにとってなおさら苦手な状態であるのはよく理解できるが、たとえば合流してくる車両と本線を走る車両の間で通信をおこない、どちらが先に進むかをあらかじめ決めておけば自動運転のままでも安全に通過できそうだ。

つまり、道路施設を改良したり、路上を走る他の車両との通信ができたりするようになれば、レベル3を諦めなければいけない状態は大幅に減ると考えられるのである。

自動運転機能解除時、ドライバーがシステムからの操作要求に応じ続けなかった場合、左車線へ車線変更をしながら減速・停車を支援する「緊急時停車支援機能」を搭載。

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それは、そうだ。現在の道路施設は自動運転を前提に作られたものではない。けれども、レジェンドで走ってみると、自動運転車にとって都合のいい道路施設の姿が見えてくる。同様のことは、自動運転車同士での通信の必要性に関してもいえる。

レジェンドには今後の自動運転環境を整えるパイロットとしての役割が期待されていると思う。実は、エリート付きレジェンドの販売台数はたったの100台で、しかもリース契約することが条件となっているが、その理由も「100台であれば、使い方に疑問を抱いたユーザーにていねいな対応ができるから」というものだったらしい。つまり、ホンダもレジェンドを通じて自動運転の未来について学ぼうとしているのだ。

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私がエリート付きレジェンドを試乗した時点で、予定台数の100台のうち、ほぼ半分が売約済みだと聞いた。しかも、購入したのは企業などではなく、すべて個人ユーザーだったという。おそらく、彼らは自分が自動運転の未来を切り拓くパイロット役になることを承知しているはずだ。それでもいち早くレベル3を体験したい。もしくは、安くはない金額(車両価格は1100万円。3年リースで月々の支払は30万円ほど)を支払ってでも、自動運転中にもたらされるわずかな“自由”を手に入れたい。そう考える人が少なくとも50人いることを現状は意味している。

エリート付きレジェンドは、自動運転車の始めの一歩に過ぎない。けれども、アポロ11号に搭乗したニール・アームストロング船長が語ったのと同じ意味で「人類にとっては偉大な一歩」なのである。

文・大谷達也 写真・安井宏充(Weekend.)