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役者のパワーがみなぎる、2019年ベスト映画トップ10。(Toru Mitani)

ホアキン・フェニックスによる魂の演技力が記憶に新しい、『ジョーカー』の大ヒット。それに代表されるように、2019年は役者魂がまぶしく煌めく作品が多かった。そこで、心をグン!とつかまれた厳然10本のシネマを、私的感想とともに紹介します。
希望ある、香港ノワール。第10位『誰がための日々』

DVD『誰がための日々』4月3日(金)発売、3,800円(税別)発売:フルモテルモ 販売:オデッサ・エンタテインメント ©Mad World Limited

今、香港で起こる数々の問題の裏側にあるものがリアルに描かれている作品だと思います。躁うつの病を患った青年・トンと、彼を育てることができなかった父親。不器用ながらも、静かに愛を交換し合うようなふたりの姿が日陰の中に映る。トン役はイケメンを演じ続けてきた役者、ショーン・ユー。父親を演じたのは、躍動感ある活発な役が多い印象のエリック・ツァン。それぞれ今までのイメージを根底からひっくり返す、ふたりのもろい空気感。当時27歳だった監督、ウォン・ジョンの熱意に賛同したふたりはほぼノーギャラで出演をしたというから、その熱量がほとばしるのも納得。

蓄積される愛。第9位『ビールストリートの恋人たち』

©️Annapurna Pictures/Everett Collection/amanaimages

過剰な演出は一切無し。それゆえ、ふたりがゆっくりと育む純粋な愛が、より純粋に表現されています。舞台は、70年代のニューヨーク。今よりも、もっともっと激しい差別や区別をされる黒人たち。彼らの懸命に生きる姿も終始描かれています。主演ふたりの演技も素晴らしかったけど、最も心に刻まれたのは、犯罪者に仕立てあげられた息子の母親役を演じたレジーナ・キング。息子のためにとある行動をとるシーンがあり、そこにすべてが集約されているようにも思いました。綺麗ごとは語らず、そこにある問題を偽りなく対処する姿にも大きな愛を感じます。人種問題による淀みと人が愛を積み重ねるピュアさのコントラスト。とんでもなく眩しく、美しかったです。

新世代の眼差し。第8位『スクールズ・アウト』

©︎Avenue B Productions - 2L Productions

冷めた感情、機械のように冷徹な特進クラスの6人。たまに感情が見え隠れする程度で、何を考えているかまったくわからない。でも、物語が進むにつれて彼らの内側にある、絶望やパッションが滲み出てきます。生徒たちに翻弄される特進クラスの担任と、教師を無関心な冷たさで眺める低体温感といったら、もう、非常に怖い。その怖さを、常に平熱34.5度のような演技で魅了してくれた6人。ただ冷徹なわけではなく、“何か”がこもっているような……。この世代が持つ未来への絶望感と、それでも生き抜いていかねば!という強さ。それがダイレクトに演技に反映され、大きなインパクトを残しているような気がしました。ちなみにこの作品はフランスメイド。驚くことに、“地球は守らなければいけない”という大きなテーマに着地します。

不条理の中で佇む。第7位『ドッグマン』
Copyright ゥ ゥMagnolia Pictures / Everett Collection

イタリアの海辺に位置する町で、犬の散歩やトリミングを行うマルチェロ。かなりお人好しで何かを頼まれたら断わることができない。例えば、「あの金持ちの家に行って何か盗もうぜ」と言われたら、協力してしまったり。でも、娘と接する時の温かくハートフルな表情や、犬に触れる時のちょっとした気遣いや、彼の根底から溢れるペールピンクのような優しさ。それを見事に演じきっている映画初主演のマルチェロ・フォンテが、本当に素晴らしい! 町の問題児、シモーネに下僕のように扱われても、シモーネを“ひとりの生き物”として愛でていて、怖がりながらも距離を縮める、といった複雑な心境をクリアに演じています。不条理なこの世の中で嘘をつかずに懸命に生きる男をリアルに演じ、カンヌ国際映画際・主演男優賞を受賞しました。

顔はひとつ、横顔はふたつ。第6位『よこがお』

©︎2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

とある事件を境に、世の中から加害者とされてしまう主人公・市子。ちょっとしたボタンの掛け違いで誤解は生まれる描写と、その中で移り漂っていく人格を見事に演じたのは、筒井真理子。今作を手がけた深田晃司監督の『淵に立つ』と同様、彼女にしかできない繊細だけど内側には太い血管があるような、儚くも力強い演技がギュッと詰まっていました。観ている側に絶妙な塩梅で親近感を持たせ、突然突き落とされるように距離をとられる感じ……。日常の描写の中で馴染む、圧倒的に自然な佇まい。でも、そこにドラマティックな何かがある。また深田監督とのタッグを観たい!と強く願うばかりです。

裏側に居るもうひとり。第5位『アス』

©︎Universal/Everett Collection/amanaimages

黒人差別の問題を下敷きしたホラー作品『ゲット・アウト』に続く、ジョーダン・ピール監督作。これは凄かったです。“もうひとりの自分との遭遇”という、幼い頃の曖昧な記憶を持つひとりの女性。彼女が抱える闇のようなものが、どんどんとネタバラしされていくテンポのも爽快だったし、散りばめられた伏線を回収する謎解きの要素も最高。主演はオスカー女優のルピタ・ニョンゴ。彼女の持つ多彩な表現方法や引き出しの多さがなければ、この作品は成り立たなかったと思います。この世界に光がある限り、闇はある。表裏一体で繋がり合う。さまざまな社会問題に繋がっていく壮大なメッセージ性もあり、映像もスタイリッシュ。冒頭の“うさぎ”のシーンから、見逃せません(後から考えて、鳥肌がたちました)。

嘘の中にあるホント。第4位『真実』

©2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA

フランスを代表する名俳優、ファビエンヌがとある自伝書を出版することで、再び家族が集まり、そこからさまざまな事実が明るみになっていきます。嘘の中にある真実。そこから、こぼれ落ちていくとびっきりの愛。演じることは、その役者が辿ってきたものすべてが投影される。そう感じることが多々ありますが、今作のカトリーヌ・ドヌーブがまさにそれ! ドヌーブが自分自身をなぞっているかのような感覚に陥るし、例えば犬の散歩をしているシーンは演技というか、彼女そのもの。過去の過ちを認め、その先に存在するとある女性を受け入れるシーンは、今年観た映画の中でもかなり心に響いたシーンのひとつとなりました。人はぶつからなければいけない。関わりたいという気持ちなしでは繋がれない。目一杯の愛をもらえた、素敵な作品でした。

リスペクトは、壁を壊す。第3位『グリーンブック』

©️Universal/Everett Collection/amanaimages

この作品には、人と人のつながりのすべてが詰まっている! アカデミー賞・作品賞受賞という事前情報が頭にあったにも関わらず、その期待値を遥かに超えてしまった作品です。粗野で野生的なイタリア系のドライバー(というか用心棒?)と、確実な教育と受け芸術的才能に恵まれた黒人ピアニスト。人種も違えば、育ちや収入、思い描く理想像すらすべてが異なるふたりの掛け合いがメインとなりますが、その関わり方を眺めていると、人が大切にすべき本質的なものがほとんど詰まっている気がする。ふたりの人格のベクトルがそれぞれ違えど、さまざまなエピソードを重ねていく中で、束ね上げられるように認め合う。根底にあるのは、相手へのリスペクト。この作品を創り上げていく際、役者としてもふたりは尊敬し合っていたはず、思えるほどの役のなりきりっぷりでした。年末、もう一度観たい映画ナンバー1です。

鮮やかなモノクローム。第2位『ROMA/ローマ』

Netflix映画「ROMA/ローマ」独占配信中。

ストリーミング配信をメインした作品の中でも群を抜いたクオリティだった『ROMA/ローマ』。70年代、メキシコにあるローマという町で暮らす家族とそこで働く使用人の、とある日常を切り取った作品です。まず、その映像の美しさに圧倒されます。光と影、その間にある曖昧なグレーの階調は、最新の高解像度カメラで撮影されたもの。生きているものと死が、あまりにも美しいグラデーションの中で淡々と繰り返され、この屋敷の使用人の女性をを中心に関わる人々すべての生き様が垣間見れます。使用人役を演じたヤリッツァ・アパリシオは、今作がデビュー作。家政婦だった母に女手一つで育てられてきたというバックグラウンドを持つ彼女の劇中の姿は、演技というを超えています。圧倒的なリアル。嘘の無い、絶対的な真実は、彼女の存在あってこそ。希望のあるラストシーンは、今でも鮮明に思い出すことはできるほどに、心に刻まれました。

背中からにじむ、孤独。第1位『バーニング』

©2018 PinehouseFilm Co., Ltd. All Rights Reserved

観た時、あまりに衝撃を受け、自分の中のパルムドームとした今作(過去記事はこちら)。冒頭、主人公の背中をただただ追うシーンから物語がスタートします。そこで、僕は心の底から驚きました。表情無し。背中だけ。それだけで、受け止めきれないほどの“絶望”がスクリーンいっぱいに広がっていました。主演は「役に憑依する」と評される韓国の演技派、ユ・アイン。もちろん、劇中はユ・アインには見えず、作家を目指し韓国・ソウルから離れたエリアに住むジョンスそのもの。やっぱり、映画はそうあるべきです。「◯◯が演技してる。上手い」と思わせるのは、なんか違う。本体を意識させず、魂だけを際立たせるのが素晴らしい役者の定義だと思います。村上春樹原作の「納屋を焼く」という約30ページの短編を再構築した、この映画。韓国が抱える闇を、ユ・アイン演じるジョンスの濁った瞳で見事に表現された、2019年のベストです。

役者の熱量は作品のクオリティに比例することを再確認した、2019年。異なる環境を認めあったり、置かれた環境をどうにか試行錯誤して希望を見出す作品もトレンドのひとつだったのかも、と思いました。来年も素敵な作品に出合えますように! と願う師走でした。