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価値ある933万円──新型アウディe-tron50クワトロ試乗記

アウディの新型EV(電気自動車)のSUV「e-tron」に大谷達也が試乗した。
アウディ AUDI etron 50 SUV EV 電気自動車 etronスポーツバック
Sho Tamura
アウディ AUDI e-tron 50 SUV EV 電気自動車 e-tronスポーツバック
ギャラリー:価値ある933万円──新型アウディe-tron50クワトロ試乗記
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これまでのe-tronとの違い

最近の『GQ JAPAN』webにはアウディe-tronの記事がいくつもある。でも、ここで紹介するe-tronも紛れもないニューモデルだ。いままでのe-tronとどこが違うのか、簡単に説明しよう。

日本で最初に販売されたe-tronは、e-tron スポーツバック55 クワトロの1モデルのみ。スポーツバックはクーペスタイルの5ドア・ボディであることを、55は主にバッテリー・サイズとモーターのパフォーマンス・レベルを意味している。端的にいえば、e-tronはまず上級グレードのクーペ版から発売されたというわけだ。

【主要諸元(Sライン)】全長×全幅×全高=4900×1935×1630mm、ホイールベース2930mm、車両重量2400kg、乗車定員5名、モーター230kW/540Nm、電気式無段変速機、駆動方式4WD、タイヤサイズ255/50R20、価格1108万円(OP含まず)。

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試乗車の21インチ・アルミホイールはオプション(15万円)。

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しかも、2020年9月に登場したのはe-tronの発売を記念する限定モデルで、最後に1stエディションの言葉が添えられている。こちらはまぁ、「豪華装備がお得なお値段でついていますよ」くらいの意味で受け取ってもらえればいい。

いっぽう、2020年1月に発売されたのはe-tron 50 クワトロとe-tron スポーツバック 50 クワトロの2モデル。今度は限定販売ではない通常のカタログモデルで、つまり台数に特別な上限が設けられていない初めてのe-tronである。

ボディカラーは「アンティグア・ブルー・メタリック」。

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このカタログモデルで注目すべき点はふたつ。ひとつはSUVボディが追加された点と、もうひとつはグレードが当初の55ではなく50になった点だ。

SUVボディとはスポーツバックでない普通のSUVスタイルであることを指す。コンパクトSUVのQ3にもスポーツバック版とSUV版が用意されているけれど、あれとおなじ関係だ。そして50はバッテリー容量が71kWhで、モーターの最高出力/最大トルクは230kw(312ps)/540Nmと発表されている。55はそれぞれ95kWh、300kW(408ps)、664Nmだ。

デジタルカメラを使った「バーチャルエクステリアミラー」は26万円のオプション。

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鏡面のかわりにデジタルカメラを使う。写真は格納された状態。

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車外の映像は、ドアラニングに内蔵された液晶画面に表示される。

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したがって50は55より遅い。0〜100km/hの加速タイムでいえば、5.7秒から6.8秒になり、1回の満充電で走行できる距離は405kmから316kmに減った。まあ、ダウングレードなんだから当然だろう。

では、値段はどうか?

e-tron スポーツバック55 クワトロ 1stエディションの価格は1327万円だった。おなじスポーツバックの50版はSラインの装備付きで1143万円で、200万円近くも安い。これが“50”効果だ。ちなみに、SUVボディだったら最廉価版は933万円。限定モデルよりおよそ400万円も安いのだから、その差は小さくない。

普通充電用の給電口は、ボディ右側にある。

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急速充電用の給電口は、ボディ左側にある。

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充電ケーブルは未使用時、フロントに格納出来る。

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e-tron Charging Service用のカード。日本全国にある約2万基以上の充電ステーションをカバーする日本充電サービスの公共充電ネットワークを利用出来るという(有料)。

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50でも日常生活は十分

「でも、50は遅いし航続距離も短いんでしょ?」と、アナタはいうだろう。それは、そのとおり。でも、そんなアナタには「速くて航続距離の長いEVがそんなに必要ですか?」と問い返したい。

そもそも0〜100km/hの加速タイムの6.8秒は、決して遅くなんかない。たとえば、先ごろ発売された「A4」セダンの廉価版「35」は0〜100km/hの加速タイムがさらに2秒も遅い8.9秒だけれど、普通に走らせて“遅い”と、感じたことは1度もなかった。だから、今回試乗したe-tron 50 クワトロの力強さだって十分以上。本気でアクセルを踏んだら助手席の人がビックリするくらいの勢いで加速していく。

満充電時の航続可能距離は316km(WLTCモード)。

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いっぽう、航続距離の316kmはちょっと物足りないと感じるかもしれない。それどころか、実際に借り出したときは充電率96%で航続距離は251kmと表示されていた。この“予想値”はなかなか正確で、充電率51%まで走ったときの航続距離は126kmだった。少し余裕を見込めば、1回の充電で安心して走れるのは200km程度かもしれない。

でも、日本の一般的なユーザーは1日あたりの走行距離が30kmに満たない、と、日本のお役所が発表した資料で見た記憶がある。たしかに、我が身を振り返っても、近所の買い物はだいたい片道10kmか20km。200kmも走れば、まず大丈夫だ。

物理的スウィッチが少ないインテリア。

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メーターはフルデジタル。ナビゲーションマップも表示出来る。

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それに、もしも一軒家にお住まいでEV用の充電施設を用意できるなら、夜の間に充電しておけば朝までにほぼ満充電にできる。なにせバッテリーは71kWhなのだから、8kWの普通充電でも7時間あれば8割近くまで充電可能。なんならガソリン・スタンドに行く手間が省けてありがたいという話である。

たしかにバッテリー容量は大きければ大きいほど安心かもしれない。でも、普段あまり遠出をしない人にとって、大容量バッテリーを積んだEVは無用な荷物が積みっぱなしの状態と同じで、効率が悪化する。ちなみにe-tron 50はe-tron55より150kg以上も軽いという。それだけ電費も優れているのは間違いない。

最小回転半径は5.7m。

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ヒマラヤ登山にたとえていうと、大容量バッテリーのEVはたくさんのシェルパを連れて大量の食料や酸素ボンベを運ぶ“極地法”に似ている。荷物が多いから、荷物を運ぶための人員が余計に必要になり、その分、身動きがとりにくいし費用もかかる。

中容量バッテリーのEVはどちらかというと最近流行の“アルパインスタイル”に近い。食料や酸素ボンベは最小限に留め、少ない人数で素早く行動する。おかげで効率が高く、無駄なゴミを出さずに済む。地球環境に優しい登り方(EVなら“走り方”?)ともいえるだろう。

ステアリング・ホイールには、オーディオ用スウィッチ付き。

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電気式無段変速機のセレクタースウィッチ。

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中容量バッテリーのEVは効率(電費)が高いだけでなく、LCAの点でも環境負担が少ないとされる。LCAはライフ・サイクル・アセスメントの頭文字で、要はクルマが製造され、使用期間を経て廃棄するまでにどのくらいのCO2を発生するかという指標。バッテリー容量が小さければそれだけ生産時や廃棄時に必要となるCO2が少ないので、その分、環境に優しいという考え方だ。

日本メーカーのEVには、この種の中容量バッテリー・タイプが少なくない。いっぽうで、欧州製EVはお国柄で長距離移動の機会が多いせいか、大容量バッテリーEVが主流。でも、あるとき、アウディの技術部門のトップに「中容量バッテリーEVについてどう思うか?」と、質問したら、こんな答えが返ってきた。

バング&オルフセンの3Dサウンドシステム(16スピーカー)は、サイレンスパッケージ(33万円)に含まれる。

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「いま、EVを購入している顧客は、そのほとんどが初めてEVを購入する層。したがって航続距離が心配で、どうしても大容量バッテリーEVを選びたくなる。ところが、実際にEVを日常的に使って、それほど長い航続距離が必要でないことがわかると、次に買い換えるときは中容量バッテリーを選ぶ可能性が高くなると予想しています」

ちなみに、カタログモデルのe-tron 55も追って発売されるようだ。

シートはSライン専用デザイン。

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リアシートはセンターアームレスト付き。

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リアシート用エアコンは、「インテリアパッケージ」(23万円)に含まれる。

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乗り心地はソフトで快適

最後にe-tron 50 に試乗した印象をもう少しだけ付け加えておくと、e-tron 55とおなじでEVのなかでもキャビンは静かだし、乗り心地はソフトで快適だった。

もうひとつの特徴が、回生ブレーキにオートモードが用意されている点だ。ドライバーが走行中にアクセルを戻したとき、前方に車両があるかどうかを、運転支援用のカメラやレーダーがチェック。もしも不用意な接近が予想される場合には自動的に回生ブレーキを作動させて安全を確保するというシステムである。

ラゲッジルーム容量は通常時660リッター。

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ラゲッジルームのフロア下には小物入れもある。

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リアシートのバックレストは40:20:40の分割可倒式。

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オートモードはアダプティブ・クルーズ・コントロールをオンにしていなくても自動的に作動するので、街中を走る際には意外と便利。この場合、回生ブレーキの最大減速G(約0.3G)までは発生しないというが、フットブレーキを使えば回生ブレーキだけでも最大0.3Gを引き出せる。0.3Gといえば通常の制動をほとんどカバーできるので、ていねいなブレーキングを心がければエネルギーのロスを最小限に抑えられることになる。

せっかくEVに乗るのだから、ついでにそんなことも楽しみつつ、地球環境について思いを馳せるのもいいだろう。

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文・大谷達也 写真・田村翔