How About Some Ugly Watches of the 70s?

野暮な時計がトレンド?

各社がアーカイブから“周年”を探して復刻モデルを乱発? している近年の時計業界。この状況を時計ジャーナリストの広田雅将がボヤく。 文・広田雅将 イラスト・室木おすし
野暮な時計がトレンド?

この間、スニーカーのコレクターと話をした。なんでも、ファッションの世界では底の厚いスニーカーが流行っているらしい。たまたま街でルイ・ヴィトンのショーウインドウを見かけたが、なるほど写真に映ったモデルは、彼が言ったとおり、80年代風のモッサリとしたスニーカーを履いていた。いわく「今や野暮ったく見えるほうがトレンドなんですよ」。

時計の世界で野暮といえば、1960年後半から70年代後半にかけてのデザインだろう。薄いクオーツムーブメントを開発できなかったスイスの時計メーカーは、在庫として残った分厚い機械式ムーブメントを、こぞって、キッチュなケースにくるんで売りさばいた。あのIWCでさえ、熱病に浮かされたように風変わりな時計を作ったぐらいだから、60年代から70年代において、奇抜さとは、ひとつのトレンドだったのかもしれない。

ここ数年、各社は血眼になって復刻モデルを作ってきた。理由は簡単で、確実に売れるからだ。題材に選ばれてきたのは、1940年代から60年代のいわゆる傑作・名作たち。極めて手堅い題材を、しかも今の技術で作り直したのだから悪かろうはずがない。オメガは復刻商法で毎年ヒットを飛ばし、今やセイコーでさえも毎年のようにリバイバル作を発表するようになった。しかし、復刻の対象はあくまで黄金期の時計であって、60年代後半から70年代後半まで作られたキッチュなモデルは選ばない、が時計メーカーによる暗黙の了解だった。あるメーカーの開発責任者は「暗黒時代の時計を再現しても、売れるはずない」と筆者に言い放った。まったく同感である。

しかし、だ。筆者は2018年のバーゼルワールドで、その「売れるはずがない」時計の復刻版を多く見かけた。あの時代特有の、押しの強いデザインと色を今の技術で再現したのだから、いやが上にも目につく。客寄せパンダかと思いきや、各メーカーの担当者は大まじめだ。では、復刻に選ぶモデルのネタ切れか、とたずねたところ、違うという。

ドイツのグラスヒュッテ・オリジナルといえば、ジャガー・ルクルトに肩を並べるほど、手堅い時計作りで知られるメーカーだ。しかし、そのまじめなメーカーでさえ、今年は既存のモデルに、70年代風の奇抜なグリーン文字盤を追加した。色味は、昔、ポルシェが使っていた緑っぽい、といえばイメージしていただけるだろうか。1970年代の男性誌に載っていそうな時計を、まさか2010年代に見るとは誰が思っただろう。

いくつかのメーカーは、これまたモッサリとした復刻版のダイバーズウォッチを発表した。10年前なら誰も見向きもしなかったはずだが、人気を集めているそうだ。事実、一緒にバーゼルワールドを回った20代の同僚は、格好いいを連発していた。時計の世界でも、野暮はトレンドになるかもしれない。

長らく時計市場を支えてきたのは、いわゆる団塊ジュニアたちだった。筆者を含む彼ら・彼女らは、クオーツに対するアンチテーゼとして機械式時計を選び、結果、その成熟に手を貸すこととなった。その帰結は、昨今の復刻モデルが示すとおり、黄金期への回帰、である。となれば、若い人たちは、アンチテーゼとして、いかにも機械式時計とは違う「何か」を選ぶだろう。かつての私たちが、それ以前の世代の選択に背を向けたように、だ。

ちなみに、今秋、あるメーカーはドの付くほど70年代っぽい時計をリリースするそうだ。文字盤の色は微妙なパープル、そしてケース全面に、これまた70年代風の樹皮のような模様を刻み込んでいる。最初見たとき、昔叔父が見せびらかした時計にそっくりだ、と思った。だが、叔父の時計と感じるのは筆者だけかもしれず、若い人たちは熱狂しそうな気がしてならない。

冒頭で「野暮がトレンド」と書いてみたが、実のところ、50年代の復刻モデルに熱を上げる筆者のほうが、ずっと野暮なのかもしれない。万物は流転す。トレンドもまた然り。

広田雅将
1974年、大阪府生まれ。時計ジャーナリスト。『クロノス日本版』編集長。大学卒業後、サラリーマンなどを経て2005年から現職に。国内外の時計専門誌・一般誌などに執筆多数。時計メーカーや販売店向けなどにも講演を数多く行う。ドイツの時計賞『ウォッチスターズ』審査員でもある。