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【PISAショックとか言うな!】読解力低下をどう受け止めるか

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
(OECD資料より)

 OECDのPISAという学力調査の結果が昨日公表された。主要紙はいずれも大きく報じており、「日本の15歳『読解力』15位に後退」(日経)、「『読解力』15位に急降下、『数学』『科学』トップレベル維持」(読売)など、読解力のランキング低下に注目が集まっている。

 だが、ランキング、順位はひとつの目安、参考にはなるが、これを過度に意識、重視するのは、考えものである。ここでは2つほど理由を述べる。

 第一に、比べているのが都市や地域であることも多い。次の資料をご覧いただきたい。日本より上位なのは、上海、マカオ、シンガポールなどであるが、これらとオールジャパンと比べてどこまで意味があるかは、少し冷静に考える必要があろう。都市部では保護者の経済的環境が比較的恵まれていることが多く、それが子どもの学力にも影響することは、よく知られている。

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出所)文科省「OECD生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント

 第二に、この資料にもあるとおり、得点差は僅差である。読解力について言えば、日本はOECD諸国のなかでは7位、全参加国・地域のなかでは11位と、統計的な有意な差はないようだ。それでも7位、11位では物足りない、という感想はあろうが。

 そのため、「PISAショック 再び」(毎日新聞2019.12.04)とか、「急落」などと、煽りぎみで論じるのは、ちょっと待ったをかけたい

 とはいえ、反省するべきところは、しっかり振り返りたい。とりわけ、日本の読解力については、前回調査(2015)よりも平均点が下がり、それは有意な差であるという。

■読解力とは!?

 それで、どんな問題が出ているのか。PISAはほとんど非公表だが、ひとつ参考となる公開資料(実際の問題)がある。大人のみなさんもぜひ解いてみてはいかがだろうか?なかなかよく練られた、興味深い問題だ。(大人が解いても、結構むずかしく感じると思う。)

PISA2018の問題例資料より
PISA2018の問題例資料より

※問題例はコチラ

http://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2018/04_example.pdf

 「モアイ像のあるイースター島の森や巨木がなくなったのは、なぜか」というテーマでの資料からの出題。

 この問題では、

〇文章(ないし文)を正確に読みとること

〇限られた時間でさまざまな情報を整理できること

〇さまざまな考え方や情報を鵜呑みにせずに、考えて評価できること

 たとえば、この出題のように、A説とB説があったら、その2つを比較して検討できること

 

などが試されているように思う。わたしは国語ないし読解力の専門家ではないので、確定的には申し上げられないが、どうも、おそらく多くの人が国語の読解問題をイメージするものとは、少しちがった部分もあるように思う。

 だから、「読解力」とひとくちで言っても、何を指しているのか、どんなスキルや能力を試そうとしているのかは、よく注意しておきたい。そうでないと、学校教育のあり方や政策について論議しても、ヘンテコになってしまう。

 また、今回と前回で日本のPISA読解力は下降傾向なのだが、それを国語教育だけのせいにするのも、乱暴なように思う。

 むしろ、このイースター島のような問題や、別の問題(報道によれば、同じ商品について書かれた企業のウェブサイトと雑誌のオンライン記事を比較する問題)であれば、社会科や技術家庭科、総合的な学習の時間なども関係は深い。こうした教科でも、社会的な事象について批判的に思考することや、異なる見解を比較検討することなどは、重要なのだから。

※だからといって、国語教育に問題がない、と申し上げているわけではない。正確に文章を理解できることなどは、すべての基礎としてとても重要だ。

 今回のイースター島のような問題を例題に、各学校では、教科横断的に、いまの子どもたちに必要な力は身についているか、課題はなにかなどについて、話し合ってみてはどうだろうか。ランキングに注目するよりも、よほどそのほうが生産的である。

■心配なのは、基礎ができていない層

 なぜ、読解力は下がっているのか?

 原因、背景にはさまざまなものが影響しているが、文科省担当者はそのひとつとして、「日本の生徒がコンピューターを使った解答の仕方に不慣れな点」をあげている(朝日新聞2019.12.3、日本教育新聞同日)。

 だが、やや苦しい言い訳だろう。前回PISA2015もコンピュータベースだったのだから、パソコンに不慣れというのは、前回から下がったことの説明にはならない。もちろん、他国と比べて不慣れな子が多いので、という可能性は高いし(日本の教育のICT環境が非常に脆弱だし)、もっと原始的な問題でいうと、キーボードのタイピングができない(時間がかかる)ことが自由記入の正答率の低さ(あるいは無回答の多さ)にも影響しているのではないか、と個人的には推測しているが。

 また、「子どもたちがゲームやYouTubeで長く過ごしていて、本や新聞を読まなくなっているからだ」という指摘も、一見もっともらしく聞こえるが、ちょっと怪しいところもある。一定の影響はあるかもしれないが、ほんの一部分しか見ていない説かもしれない。

 平均だけで見ていると、分からないことだが、日本の読解力について、心配なのは、レベル1といって、もっとも易しい水準以下の生徒が15%以上もいることだ。ここにもっと注目してほしい。しかも、その割合は、2012⇒2015⇒2018と近年、増えている(次の図)。ぶっちゃけ申し上げて、この低読解力層が底上げされると、日本の平均点はすごく上がる。

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出所)文科省「OECD生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント

 

 PISAは15歳(日本では高校1年生)向けの調査だが、レベル1以下ということなので、おそらく小学校(あるいはそれ以前)からのつまずき、問題を引きずっている(小学校段階や中学校段階で克服できていない)可能性がある。

 これは学校教育の責任としても、また家庭の責任としても、重く受け止めたほうがよい事実だ。

 レベル1以下の子に、「もっと本を読め、新聞に目を通すようにせよ」などと言っても、おそらく、効果は薄い。基本ができていない、理解できないのに、本や新聞を読むのは苦痛だし、すぐにやめてしまうだろう。

 必要なことは、こういう層がどこでつまずいており、どのような支援が必要かを学校、家庭等がしっかり見ていくことだ。もちろん、全国学力調査の結果なども分析すると、より見えてくるかもしれない。

 前回の2015の調査でも読解力が低下したことが問題視された。(少し愚痴っぽくなるが)しかし、この3年のあいだに、文科省やこの調査を分析している国立教育政策研究所、あるいその道の有識者等から、読解力の何が決定的に問題なのかについて、有益な情報はもたらされたのだろうか?(新井紀子先生の著作や活動は例外的かもしれないが。)

 「コンピュータ上の複数の画面から情報を取り出し、考察しながら解答する問題などで戸惑いがあったと考えられるほか、子供を取り巻く情報環境が激変する中で、文章で表された情報を的確に理解し、自分の考えの形成に生かしていけるようにすること」などに課題がある。この文章は、前回のPISA2015のあとで、文科省・国立教育政策研究所から出された文書のなかにある。

 また今回も同じようなことを言うのではないか?同じ轍を踏もうとするのか?まずは、この3年間の施策や取り組み等の検証が重要だろうと思う。

■必ずしも学習時間を増やすことは解にならない

 興味深い分析結果をひとつ発見した。次の図をご覧いただきたい。

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出所)OECD資料 https://www.oecd.org/pisa/PISA%202018%20Insights%20and%20Interpretations%20FINAL%20PDF.pdf

 横軸は15歳の生徒の週の平均学習時間(学校での学習と学校外での学習を足したもの、2015年調査)、縦軸は今回のPISA2018年の読解力調査の平均点だ。

 非常に面白いことに、学習時間と読解力の平均点には、相関関係はほとんどない。北京、上海やシンガポール、韓国などは読解力は高いが、学習時間も長い。いわば、ガリ勉タイプの国。対照的なのは、フィンランドで、学習時間はシンガボールの20時間近くも短いのに、かなり読解力は高い。日本は、比較的学習時間は短いわりには健闘しているほうだ。

 あくまでも平均しか見ていないデータなので限界はあるが、ヒントにはなる。

 読解力のランキングが下がったとなると、政治家やメディアの一部の方は、すぐに「子どもたちにもっと勉強させろ!」、「国語の授業時数を増やせ!」といった論調になる場合があるが、本当にそれでいいだろうか。

 授業や勉強時間の増加がプラスになる可能性も排除はできないが、先ほどの図を見るかぎり、またレベル1以下の子も多い現実を受け止めるかぎり、授業等を増やしても、さらに国語嫌いとか、文章嫌いな子が増える可能性だってあるし、あまり、良策とは言えない可能性もある。

 要するに、もっと落ち着こう、冷静に考えよう、ということを申し上げたい。PISAなどを活かして、反省するところはしっかり改善をしていくべきだが、冷静さを欠いて、何かの原因を、限られたイメージで決め付け、乱暴に施策等を打つのもどうかと思うのだ。

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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