ミステリークレイフィッシュのゲノムを分析した結果、全てのサンプル個体は1匹のメスを祖先に持っていることが明らかになった。最初のクローンは、約30年前に水槽の中で生まれた。(PHOTOGRAPH BY FRANK LYKO, BKFZ)
ミステリークレイフィッシュのゲノムを分析した結果、全てのサンプル個体は1匹のメスを祖先に持っていることが明らかになった。最初のクローンは、約30年前に水槽の中で生まれた。(PHOTOGRAPH BY FRANK LYKO, BKFZ)
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 全ては、1匹のメスから始まった。

 1995年、米フロリダ州エバーグレーズでスラウクレイフィッシュ(slough crayfish、学名Procambarus fallax)と呼ばれる1匹のザリガニが捕獲された。ある愛好家が生き物フェアでそれを見つけて購入した。すると、なぜかそのザリガニは交尾相手なしに自分のクローンを作成して繁殖し始め、ミステリークレイフィッシュ(別名マーブルクレイフィッシュ、学名Procambarus virginalis)と呼ばれるようになった。

 飼い主は、みるみるうちに増えるクレイフィッシュを飼いきれなくなり、ペットショップへ持ち込んだ。それを、別の愛好家たちが購入していった。そして今、世界は1匹のメスから生まれたミステリークレイフィッシュの子どもたちで覆いつくされようとしている。「1匹のクレイフィッシュから、全く新しい種が生まれたのです。今では無数に増え、全世界に広がっています」。イリノイ州立大学の神経科学者であるウォルフガング・スタイン氏はそう語る。

3組の染色体

 2003年、ミステリークレイフィッシュは単為生殖で自らのクローンを増やし続ける新種であると発表された。そして今回、スタイン氏の研究チームが大理石のような模様をしたこのザリガニのゲノム塩基配列を決定し、その結果を2月5日付けで学術誌『Nature Ecology and Evolution』に発表した。(参考記事:「“処女懐胎”のトラフザメ、過去に通常の産卵も」

 今回の研究では、10匹ほどの個体の塩基配列を決定し、大本のメスまで遡った。ドイツがん研究センターの研究者で論文執筆者のフランク・リコ氏は、「極めて範囲の狭い系図を持った種です」と語る。大きなゲノムサイズを持つミステリークレイフィッシュだが、その中で変異はわずか数百しか見つからなかったという。

「一番最初の祖先が1匹だけでなければ、もっと遺伝的な違いがあるはずです」

 研究者たちをさらに驚かせたのは、ミステリークレイフィッシュが染色体を3組持っていたことだ。ほとんどの生物は、父親から受け継いだ染色体を1組、母親から受け継いだ染色体を1組、計2組の染色体しか持たない。(参考記事:「わずか100年でどのように新種が誕生したのか」

 これが、各個体にどのように遺伝子が発現するかに影響しているのではないかとリコ氏は考えている。有害な遺伝子変異の継承を防ぐだけでなく、種が様々な環境へ適応するのを助けている可能性がある。(参考記事:「ヘビに(今のところ)足がないのはなぜか」

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