エリック・カルメン

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エリック・カルメン
基本情報
生誕 (1949-08-11) 1949年8月11日
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
死没 2024年(74歳没)
ジャンル パワー・ポップポップ・ロック
担当楽器 ボーカル
キーボード
ギター
活動期間 1967年 -
レーベル エピック・レコード
キャピトル・レコード
アリスタ・レコード
共同作業者 ラズベリーズ
公式サイト Official Site
左:エリック・カルメン、中:ダイアン・ウォーレン、右:トミー・ペイジ

エリック・カルメンEric Carmen、本名:Eric Howard Carmen、1949年8月11日 - 2024年)は、アメリカのミュージシャン、アメリカのシンガー・ソングライターの一人である。元祖パワー・ポップバンドのラズベリーズで活動後、ソロ歌手としてセルゲイ・ラフマニノフの作品を引用したバラードでヒットを飛ばした。

略歴[編集]

オハイオ州クリーブランドで生まれる。幼少の頃から音楽に親しみ、3歳の時にはすでにクリーブランド研究所に登録された中で最も若い学生だった。6歳の時、叔母やクリーブランド・シンフォニー・オーケストラのバイオリニストからレッスンを受けた。11歳ころまで自身の歌を書きながら、ピアノを傍らにメロディ・メーカーとしての基礎を固める。また、ビートルズローリング・ストーンズの影響でロックンロールにも目覚め、高校時代にバンドを結成。

ジョンキャロル大学に入学し、サイラス・エリーというバンドを結成(エピック・レコードからシングルをリリース)。ギタリストのウォーリー・ブライソン、友人のデイヴ・スモーリーとジム・ボンファンティと共に新たにラズベリーズを結成する。

ラズベリーズはキャピトル・レコードと契約後、「ゴー・オール・ザ・ウェイ」 がビルボード・シングル・チャートの5位まで上昇、以降「明日を生きよう」「レッツ・プリテンド」「エクスタシー」などもヒットさせる。しかし[1]1974年、男性メンバー間の恋愛関係を原因に解散する。

1975年アリスタ・レコードからソロ・デビュー・アルバム『オール・バイ・マイセルフ』をリリース。表題作を含む3作のシングルが上位にランクイン。1975年セルフ・タイトル・アルバムをリリース。

1976年、「オール・バイ・マイセルフ」が全米2位の大ヒットを記録した[2]。ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番をモチーフにしたこの曲は、途中にピアノ協奏を挟んだ7分超の長尺曲。同年の「恋にノータッチ(Never Gonna Fall in Love Again)」もまた、ラフマニノフの交響曲第2番をモチーフにした良い出来の曲だった。

1978年には世界歌謡祭のゲストで来日。翌79年には来日公演を行った。

その後、長く低迷したが、映画『フットルース』のために書き下ろしたマイク・レノ&アン・ウィルソン『en:Almost Paradise』(愛のテーマ)で、1984年に作曲家としてカムバック。1987年に再び映画『ダーティ・ダンシング』への書き下ろし『en:Hungry Eyes』(ハングリー・アイズ)が全米チャート入りして歌手としてもカムバックした。

1990年代の活動においては1998年にアルバム『夢の面影』を日本限定でリリース(2000年にアメリカ盤「アイ・ワズ・ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」としてリリース)するのみに留まる。

2000年に入るとリンゴ・スターと「リンゴ・スター&ヒズ・オール・スター・バンド」として共にツアーに出た。

2004年11月に、31年ぶりにラズベリーズがオリジナル・メンバーで再結成。ニューヨーク・デイリー・ニュースで、年間のベスト・コンサートにラズベリーズが選ばれた。

2013年12月に15年ぶりの新曲「ブランド・ニュー・イヤー」を無料ダウンロード配信でリリース。2014年にリリースされたベストアルバム、『エッセンシャル・エリック・カルメン』にも収録された。

2024年、死去[3]。74歳没。3月11日に家族のエイミー・カーメンによる訃報がエリックのホームページに掲載された[4]

ディスコグラフィ[編集]

主なシングル[編集]

  • オール・バイ・マイセルフ All by Myself/悲しきラスト・ナイト Last Night(1975年4月20日、ARISTA、IER-10959)
  • すてきなロックンロール That's Rock 'n' Roll/エブリシング Everything(1976年、ARISTA)
  • 恋にノータッチ Never Gonna Fall in Love Again/ノー・ハード・フィーリング No Hard Feelings(1976年、ARISTA、IER-20037)
  • サンライズ Sunrise/愛しのマイ・ガール My Girl(1976年、ARISTA)
  • 愛をくれたあの娘 She Did It/サムデイ Someday(1977年、ARISTA、IER-20332)
  • 雄々しき翼 Boats Against the Current/恋はかけひき Take It Or Leave It(1977年、ARISTA、IER-20386)
  • チェンジ・オブ・ハート Change of Heart/ヘイ・ディニー Hey Deanie(1978年9月、ARISTA、IER-20484)
  • 二人のラブウェイ Haven't We Come a Long Way/エンド・オブ・ザ・ワールド End Of The World(1978年、ARISTA、6RS-37)
  • 愛を求めて Baby I Need Your Lovin'/ヘブン・キャン・ウエイト Heaven Can Wait(1978年、ARISTA、6RS-**)
  • 悲しみTOO MUCH It Hurts Too MuchYou Need Some Lovin'(1980年、ARISTA、6RS-55)
  • フーリン・マイセルフ Foolin' Myself/恋のシャッフル Lost In The Shuffle(1980年、ARISTA、6RS-**)
  • en:Hungry Eyes

主なアルバム[編集]

日本公演[編集]

1月30日 北海道厚生年金会館、2月1日 京都会館、2日 フェスティバルホール、4日 愛知県勤労会館、5日 渋谷公会堂、6日,7日 中野サンプラザ、9日 神奈川県立県民ホール

脚注[編集]

  1. ^ Eric Carmen Biography
  2. ^ Official Site
  3. ^ 歌手のエリック・カルメンさん死去 「オール・バイ・マイセルフ」”. 朝日新聞デジタル (2024年3月12日). 2024年3月12日閲覧。
  4. ^ Eric Carmen (1949-2024)”. Eric Carmen. 2024年3月12日閲覧。

外部リンク[編集]