『舟を編む』のモデル?10年かけた辞書作りの舞台裏がここに!『広辞苑 第七版』刊行記念!岩波書店辞典編集部・平木靖成さんインタビュー

こんにちは、ブクログ通信です。

岩波書店が、来年2018年1月12日(金)に発売する『広辞苑 第七版』。10年ぶりの刊行にあたり、「広辞苑大学」の開催や、ベストセラー『舟を編む』の著者・三浦しをんさんのルポエッセイ『広辞苑をつくるひと』が予約特典になるなど、大きな話題になっています。

広辞苑サイト
広辞苑サイトにて予約受付開始中!

今回、ブクログ通信編集部は、『広辞苑』制作の現場へ突撃取材を実施し、岩波書店で辞典編集をされている平木靖成さんにお話を伺いました。平木さんの人となりは、三浦しをんさん『舟を編む』の主人公・馬締さんと、どことなく似ているような……。

『第一版』から『第七版』まで語数は増えても変わらず厚さは80㎜!?
2008年『第六版』で「ナウい」がはじめて収録された訳とは!?
『初版』から変わらない「新村出編」の理由とは!?


『広辞苑』の魅力に迫ります!

取材・文・撮影/ブクログ通信 編集部 持田泰 猿橋由佳

ページ数は増えても厚さは変わらない『広辞苑』

岩波書店本社にて辞典編集部副部長平木靖成さん
岩波書店本社にて辞典編集部副部長平木靖成さんにお話をお伺いしました!

―2018年1月12日に、満を持して『広辞苑 第七版』の刊行おめでとうございます。10年ぶりの刊行となりますね。2008年に刊行された『第六版』24万語収録、全3074ページなのに対して、今回は25万語収録、全3216ページというボリュームです。素朴な質問ですが、ページ数が増えるのにともなって『広辞苑』自体も版を重ねるたびに厚くなっているのですか?

いえ、ページは増えていますが、厚くはなっていません。

―あ、そうなんですか!そういうものなんですね。

製本の機械の限界が80㎜なんです。人が片手で持てる寸法は厚さ80㎜が限界だという見解もあって、80㎜以上は製本できません。手作業でも作ることは可能ですが、80㎜に収めないと何十万部も作れませんので、毎回製紙会社さんにお願いをして、より薄い紙を開発してもらうんです。

―そんなルールがあったとは知りませんでした。ページ数が増えても基本は厚さは変わらないんですね。そうなると『第七版』のページ数でこの厚さですが、今後たとえば『第八版』『第九版』が出たときも、この厚さは維持できるものなんですか?もしくは分冊にされるんですか?

厚くなってしまったら分冊するしかないんですけども、一冊本ということが『広辞苑』のひとつの大きな特徴ですので、今後どうするかはまた考えていきます。

―なるほど。

まだまだ紙は薄くできるんですよ。小型の国語辞典なんかの紙のほうが薄いです。薄さだけでいうとペラペラの薬の効能書きもあるので、薄くはまだまだできるんですが、めくりやすさや裏写りしないかどうかなど、辞典用紙として使い心地の悪くないものを作っていくために技術がどこまでいくのか。そこは検証が必要ですね。

80㎜の厚さの広辞苑第7版
80㎜の厚さの『広辞苑 第7版』と別冊『付録』

―もしや「厚み」は変わらなくても、「重さ」は変わったりしますか?

重さも変わりません。別冊付録を抜いた本冊の重さは『第六版』と『第七版』でほぼ変わりありません。

―そうなんですか。ちなみに重さは何グラムですか?

通常版の「本体+別冊附録+函」のトータル重量では『第七版』は3300グラムあります。少し大きめの新生児くらいの重さです。

―なるほど。おもしろいですね。赤ちゃんの重さの辞典!ちなみに今回の別冊付録(※「漢字・難読語一覧」「アルファベット略語」などが別冊化)は初の試みですか?

いえ、『第六版』からです。

―今回は『第七版』の本冊が80㎜に収まるような形をとったということですね。ただ、それでもページ数自体は増えていると。

ページ数は『第六版』から142ページ増えてます。『初版』からだと850ページくらい増えています。

―『第六版』から『第七版』では、1万語追加され142ページ増えていますが、前回の『第五版』から『第六版』のときは、同じ1万語追加ではあれどページ数は64ページ増えただけだったようですね。これは語数の問題というより、記載されている内容が増えたということになりますよね。

項目が増えるだけではなくて、もともとあった項目の記述も増えている可能性は当然あります。また、図版が増えたらスペースを食いますので、ページが増える可能性もありますし。

―なるほど。また『第六版』で載らなかった項目「安全神話」「デトックス」また「ブラック企業」というも今回の『第七版』で晴れて収録されたと。

そういうもの「も」、いろいろありますね。

「ナウい」は2008年『第六版』から収録されていた!?

―その選考に関しても非常に興味深いところではあるんですけど、逆に版が変わることで削除されてしまう言葉もあるのですか?

編集部平木さん2

それはその時々の改訂方針によります。『初版』から『第二版』のときは、2万項目入れて2万項目落とす作業をしたようです。『第五版』『第六版』では、原則として「削除はしない」という方針にしました。今回『第七版』は「削除しなければいけない項目があればしてもいい」と、ゆるい感じで進めました。

―なるほどでは『第七版』でも一部削除項目はあったんですね。差し支えなければ、教えていただけますか?

たとえば「書留小包」。「書留」と「小包」ってそれぞれ項目が立っていますので、「書留小包」という項目はなくてもいいだろうと。現在の郵便の区分でも「書留小包」ってもうなくなっていますし。古語を載せることも広辞苑の役割なので、昔の文献を読むために必要であれば落とせない。ですから、『源氏物語』にしかない言葉も入っていますし、「フロッピーディスク」「ポケベル」など特定の時代のものを読むためにはやはり必要なものも入っています。ただ「書留小包」っていう言葉がわからないとしても、「書留」と「小包」を引けばわかるだろうと。ひとつの項目としては残さなくてもいいだろう。というような「消極的判断」です、基本的に。

―なるほど

なので『第七版』の取材で「削除項目を教えてください」なんてよく聞かれるんですけど、「つまんないですよ?」って念を押してます。

―いやいや、非常に興味深いお話でした(笑)。要は、基本は削除されたとしても、それを調べようとした人にとって、不便にならないようにしていると。たしかに「死語」だといわれるものでも当然、過去の文献を見れば普通に出てきて、それを調べようとする人もいますからね。

「死語」といえば、『第六版』の2008年の段階で「ナウい」を入れたんですよ。

編集部平木さん3

―2008年の段階でですか?つまりそのタイミングで「死語」という判断はあったけども、その言葉が歴史的であると。

そうです。歴史的に。いわゆる「死語の代表格」みたいな感じですね。

―おもしろいですね。逆に代表格になってからのほうが使われているような感じもありますけどね。

あるかもしれないですね。

「萌え」は今回の『第七版』から収録される!

―今回新たに収録された言葉で、たとえば「スティーブ・ジョブズ」とか、そういう人名も収録されたということですが、1995年以後にインターネットというものが一般的に普及したことで、新しい言葉が急増したのではないかと思うのですね。2008年『第六版』のタイミング、その前の98年『第五版』のタイミングでもそうだと思うんですけど、とくにカタカナ英語的なものが増加したりしたのでしょうか?

あまり多くは入らなかった気がします。ネットだけで使われているカタカナ語って実はそんなに多くないと思うんです。ネット用語といえば「炎上」とか、「投稿」とか「閲覧」とか「履歴」とか、そういう言葉は語義の「2」としてたくさん入れました。新しい語義が生まれたということです。

―ああなるほど、「炎上」の「2」の説明で「インターネット上発言から…」みたいな風にですか。そのインターネットでも使われる俗語スラング的なものはどうでしょうか。たとえば今回「ツンデレ」を入れなかったそうですが、他にも「中二病」であるとか。

俗語・スラング系の場合は定着しているかという判断がしにくいわけです。今後も使われ続けるかの判断もとても難しいので、そういう面では比較的消極的ですね。

―では、次の版のタイミングでまだ「中二病」という言葉が残って普通に使われているようであれば、と。あとそのタイミングでもしかしたら「死語として残っている」というようなことですよね。

そうですね。その系統で言えば『第六版』のときは「萌え」は落としたんですけど、今回は入れました。

―それは語義の「2」で入っているということですか?

いや、「萌え」っていう言葉自体はもともと入ってなかったんです。「萌える」という動詞があって、動詞はすべて連用形にすれば名詞形になるので、特別な意味が生じなければその名詞形は入れないんですよ。

編集部平木さん4

―たしかに「萌え」は2008年のタイミングでは十分普及していたような言葉ですね。2000年代初頭くらいから出てる言葉のような。

まだその頃は使われている範囲も限られていたと思います。アニメが好きな方のディープな世界でしか使われていない面もありましたし、品詞がはっきりしないと思ったんです。名詞なのか、間投詞として「萌え~」と言っているだけなのか。それが10年経った今、「〇〇萌え」っていうように接尾語的に用法が定着して、用法が定着するとみんなが使いやすくなってさらに広がるという循環があると思うんですよ。そんなのがあって、今回は入れるべきだろうなと。

―なるほど。おもしろいですね。たしかに使い方がマスターされると、急速に普及していく言葉ってたしかにありますよね。たしかに「〇〇萌え」ですと、普通に若い女の子でも、また中高年男性でも使っている印象はありますよね。

さらに一昔前だと「超」もですね。「超」なんてもう、40代・50代でも今は定着して使っていますけど、当時はまだ若者言葉でした。それでいうと今回は「神」は入れようか?って話も出ましたけどね。「神対応」とかの。

―ああ「神」は見送ったんですね。たしかに「神」は「萌え」より最近な気がしますね。あとは「鬼」とかありますよね。

ああ「鬼」もありますね。

―今、世の中で普及している言葉をさまざまに収集してくるというのは、本当に世間一般を常日頃から観察していなければなかなか難しいものだと思うんですけど、そういう候補語のラインナップっていうのは、岩波書店のなかでストック化されていて、日々なにか更新されていくようになっているんですか?

そうですね。

―そうなると今回、『第七版』に載せなかったものを含めるともっと大量に候補はあったんですか?

大雑把に、候補に上がった10万項目のなかから1万項目を、今回新たに採用して掲載しています。

―10万項目がもしかすると今後さらに次の版で、そのなかから歴史を10年経て、これは載せて大丈夫だと呼ばれるような言葉が入ってくると。

入ってくる可能性はあります。

編集部平木さん5

『広辞苑』の歴史

―『広辞苑』の歴史についてもご質問できればと思います。『初版』が出たのが1955年で、戦後55年体制が成立したタイミングですね。そして『第二版』が69年、『第四版』が91年ということで、時代の節目節目に刊行されてるような印象を受けます。今回、2017年は「平成」が終わることが宣言された年なので、ある種「節目」だと思ったのですが、刊行のタイミングは、時代の節目に合うように編集部で決められているのでしょうか?

ないですね。今まで最短で7年、最長で14年というスパンで刊行していたんですけども、大体10年という目安は置きますが、10年前に「平成が終わるから」なんてわからないですからね。

―そうですよね。わかるわけがないですね。

だから、あまり社会的な節目とか時代の節目なんてことは考えずに、もう辞典としての改訂スパンということしか考えません。今回もたまたま丸10年―2008年1月から2018年1月の期間になりますが、もともとは10年以内、もう少し早く出す準備を進めていたんです。でも、編集作業その他に遅れが生じて、こういう時期になったということです。

―なるほど。時代が変わっていくと言葉も変化するので、10年スパンくらいが妥当なラインなのかなとも思います。

そうですね。『広辞苑』は日本語として定着した言葉を入れるというのが基本方針なので、何が定着したか、もしくは定着していないかを判断していくためには、1年2年で見てもあまり意味がないので。そういう意味では、ざっくりとした言葉の大きな変化を見るには10年くらいが、ちょうどいいかななんていう気がしています。

―なるほど。ところで、世の中では『広辞苑』で調べなさいということを俗に「新村(ニイムラ)さんに聞け」とも言われていますね。この『広辞苑』に冠されている「新村出(シンムライズル)編」という表記についてお聞きしたいんですが、『第七版』になっても変わりませんね。これは今後も『広辞苑』には「新村出編」が冠され続けるものなんでしょうか。

『広辞苑第七版』「新村出編」冠フォーカス
『初版』からはずれることはない「新村出編」伝統の冠!

そうですね。国語辞典でありながら百科事典も兼ねて一冊本を作るというコンセプトからずれたら『広辞苑』とは言えないので、そのベースを新村先生が作ったという記念として将来もはずせないものだと思います。

―この夏に新村出さんのお孫さんの新村恭さんが、新村出伝『広辞苑はなぜ生まれたか―新村出の生きた軌跡』(世界思想社2017年8月)を出されて、新村先生の没後50年にあたるタイミングです。2018年に新村先生の 『広辞苑』以外の著作はちょうどパブリックドメインになるはずなので、ちょうどこのタイミングで、『広辞苑』が出るのもなんだか運命のようですね。

奇しくもそういうことになりましたが、それを目指したわけではないですけど。

―たまたまであっても、新村先生とのご縁が続いているように思います。

『第七版』が今までと違うユニークなポイント

―今回の『第七版』、今までと違うユニークなポイントなどは何かありますか?

今回の改訂にあたって、何本か改訂の柱を立てました。普通は、「新しい言葉は何が入ったか」とか、「新しい意味は何が加わったか」とか、そういうのが売り文句であって、世間からも注目を集めるところなんですけども、今回はこの、ここに「さする・なでる・こする・なする」とかいう例がありますけども、動詞を中心として類義語の意味の書き分け、微妙な差をあらためて記述し直した点ですね。そこはあまり今まで手が回っていなかった作業です。

―『第六版』まではここまで手入れをできてなかったのが、『第七版』であらためてずいぶんと書き換えたところがあると。

ええ、類義語の書き分けは意識的にやっていただきました。

―たとえば語義の変遷というのも面白いですね。このコアラの例など読むと「初版」から振り返るともう日本人の「コアラ」受容史そのものですね。あとは図版も増加されたということですよね。大体この広辞苑1冊にどれぐらいの数の図版が収録されているんですか?

約2800です。

『広辞苑第7版』図版サンプル「アパトサウルス」「がぶ」「栄螺堂」「パキケファロサウルス」
『広辞苑第7版』図版サンプル

―2800!これも毎回、ひとつずつ絵を起こしていくんですか?それとも版を継承していくんですか?

それは継承するほうが圧倒的に多いです。書き換えは若干ありますけども。

―なるほど。その部分をもう少し掘り下げて質問させていただくと、『第七版』を刊行するにあたって、『第六版』からアップデートされる部分はざっくり全体の何パーセントくらいになるものなんですか?新語を追加するだけでなく、語義に新たな意味を追加したり、類語を掘り下げて書き換えたり、図版を追加するとか、そういう全体のそのまま使ってる部分と何かしら手の加えた部分などのように、アップデートした部分といいますか。

アップデートということでいうと、「何を?」っていうことなんですよね。この規模の辞典ですと、10パーセント手が入ったらおそらく大改訂です。今回、かなり手が入っているので、大改訂に近いレベルだと思います。手を入れるという話だけだと、形式的な赤字もたくさんあるんですよ。たとえば、前回の『第五版』から『第六版』のときは、「小学校」にルビが入ってたとしますと、第五版までは「しようがつこう」って「よ」も「つ」大きかったんですよ。それを『第六版』のときには電子辞書に対応するために「しょうがっこう」と「よ」と「つ」を小さくするなんていう赤字を全部に入れていったんです。ちなみに冊子体としては、大きい仮名のままにしていますが。そういう赤字も改訂項目に入るのかって話になってくると。

―なるほど。

さきほどの削除項目についての質問もそうなんですけど、削除項目って何なんですか?って聞きたくなるようなところがあって。たとえば今回見出しが「マルセーユ」ってなってたものを「マルセイユ」にしたんです。そうすると項目名変更とも考えられますけども、「マルセーユ」という項目を削除して「マルセイユ」を入れたという考え方もできるわけで、そうすると削除項目が多くなるので、「ざっくり」とした数といわれると、とても困ります。

―そうですね。先ほどの「書留小包」も、形としてはひとつ削除になったけどそれは分離して理解できるんだから削除されてないともいえるし。言葉ってそんな単純なものではないですからね。

15~18名で10年かけてつくる

―外部のさまざまな学者先生がいろんな形で関わるとは思いますので線引きが難しいかもしれませんが、この『広辞苑』プロジェクトで大体10年でどれだけの編集部員が関わってこのひとつの辞書を作り上げるんですか?

編集部平木さん6

編集部員ってことであれば、10年かけてという話とはまた変わってくるんですが、10年のスパンで改訂をする場合、仮に5年経ったところで、じゃあ編集部を立ち上げて本格的に『第七版』に向けた準備を始めましょうという時期があるんですね。そのときに集まったのが今回は14人くらいだったと思うんです。それで出入りがあって、最終段階では社員だけでは足りないので外部の校正者にもついてもらって17~8人になって。

―それでも20人を切る人数で編集……

編集も校正もやります。今までの改訂でも多分そのくらい。私が関わった5、6、7は同じくらい、15人強くらいです。

―これはその10年の工程の中で、1年目のタイミングでこれは載せる、載せないってことを決め……

られません。

―られませんよね。10年経っちゃうとまた変わっちゃいますもんね。

それもそうですし、要は前回でいうと『第六版』を出すために、この言葉は定着したかをみんなで検討するわけですよね。それでまた1年後に定着したか見ても、ほとんど言語感覚として変わりはないので、毎年選考してもまったく意味がないです。なので、いわば冷却期間というのでしょうかね、ある時点で「前回の選考した時期から10年経った」ってところであらためてそういう作業に入ります。

―逆に言うと、いったん載せる載せないは置いといて、さまざまな領域からさまざまに言葉を集めていたのを、10年経ったタイミングでこれぞって形で出す感じですか。

そういうことですね。

―今回、10万の中から1万語を使ってそういう形になっているんですね。

また『第八版』のときには9万語プラスその後に集めた言葉をあわせて、また検討すると。

―そういうことなんですね。そうなると10万語を10年かけてきっちり更新してっていることがひとつ、重要なポイントとなるんですね。

更新というか、貯めているだけですけどね。

編集部平木さん7

―それはひとつひとつ、中身・内容も含めて言葉を貯められるのですか?

そういうのもメモはしてます。

―じゃあ本当に一個一個言葉を拾っていき、ものすごく長い作業のなかで、ここで出すぞというタイミングに。

大きな流れのなかで、2017年10月段階での日本語の一側面を切り取って出したと。

―あくまで一側面なのだと。非常におもしろいですね。

予約特典「広辞苑大学」開校!三浦しをんさんルポエッセイ『広辞苑をつくるひと』

―先日、岩波さんで「日本語力調査」を出されていたと思うのですが、今回はじめての試みということですね。ネットでの調査でしたが、10代から70代までの方に調査を実施されたなかで、みなさん日本語力が非常に弱まっているという認識を持たれています。そのなかで今『広辞苑』があることで補えることがあるのかな、と思ったのですが。

そうですね。辞典というのは、未来を予言して言葉を入れることはできません。「こんな言葉が世の中に広がるべきだ」と提唱する立場でもなくて、世間の言葉がどれだけ定着したか?広がったか?を観察して、姿勢としては「前のめり」でなく「引き気味」に後追いしていくのが、辞典というものだろうと認識しています。言葉は古い言葉ほど安定していて、逆に若者言葉は不安定ですぐ消えてしまいます。もともと使われていた言葉のほうが「丁寧」で、新しい言葉のほうが「雑」で「俗」っていう人間共通のイメージがあるので、そういう意味でいうと「これくらいの『言葉遣い』だったら無難ではないですか?」といくらか保守的に示すのが辞典だと思います。なので、日本語力が弱いっていうのはみなさんが実際は何を思っているのか不明ではあるのですが、『広辞苑』をとりあえず「日本語の基準」にしておくのはどうでしょうか?と提案する役割はひとつあるのかなと思います。

―そうですよね。発行部数で言うと、08年の『第六版』は50万部ですね。以前ですと、55年『第一版』で100万部。69年『第二版』で200万部を超えられたようですが、僕の個人的な記憶だと、かつて「一家に一冊」的な位置で『広辞苑』があったように思います。というのも、我が家がそうだったんですけども。子供の頃の記憶として覚えているのは、家にいて暇なときに辞書を開くだけで、実は読み物として非常に面白かったということで。だんだんと、そうではなくなってきているのかもしれないですけど。この厚さと分量で、この価格帯って非常にお得で、仮にインターネットに『広辞苑』サービスがあったとして、これがサブスクリプションだとしたら、今回の『広辞苑』の価格はおそらく年間費用くらいの金額ではないかと思うんですね。それが10年分更新として出てくるっていうのは、一家に一台あるデータベースとして捉えた場合、非常に廉価なものだろうなと。とくに日本語力が弱いと不安な人たちがすぐ「引ける場所」に『広辞苑』があれば、便利だろうと思います。

そういう位置にいることができれば幸いですね。

―今回10年ぶりの刊行で「広辞苑大学」などのさまざまなイベントを企画されていますが、今までの岩波書店のアカデミシャン的なものと少し違ったものを企画された経緯っていうのは何かあるんですか?

広辞苑大学、開講!
1月12日(金)・13日(土)・14日(日)3日間にわたり「広辞苑大学」が開講されます!

モノを買うよりコトを買う時代だという、そんな新しい試みですね。体験型の企画と言いますか。

―そうそうたるメンツですよね。『バカの壁』の養老孟司さんから日本のヒップホップ界を背負って立つZeebraさんまで!こちらは『広辞苑第七版』を予約された方のみが参加できるんですよね?

そうです。ただ予約者全員ではありません。抽選式になっていますので、ご応募いただくことになります(※詳細は「広辞苑大学」HPからご確認ください)。もうひとつの予約特典の三浦しをんさんのルポエッセイ『広辞苑をつくるひと』は必ずついてきます。これはTwitterでも反響が大きいようです。

―やはり『舟を編む』効果が!

最後に

―それでは広辞苑編集部の代表として、ブクログ通信の読者のみなさんへ何かメッセージをいただければ。

世の中はネットで無料の情報がいくらでも得られる時代になっています。『広辞苑』ってそんな情報量で敵うはずはまったくないわけで、そういうなかで『広辞苑』と言いますか、紙の辞典と言いますか、それが目指すものは、何千万字の説明が必要かもしれないものを40字や60字で的確にわかりやすく簡潔に示すという、そういう役割なんだろうなと思ってます。世の中「『広辞苑』によれば」っていうふうにいろんな場で引用していただいてますけれども、それってつまり、どんなに情報量が増えていようが、一言でこの言葉を説明したいというニーズはどんなに時代が変わっても残り、人間社会がある限りは消えないはずなので、そういう面で『広辞苑』を捉えてもらって、利用していただけるといいなと思いますね。「何だろう?」って思った言葉や事柄を一目で見るために、とりあえず広辞苑を見てくださったり、そしてそれを入口としてさらに何かを検索したり、本を借りて調べてもらえたりしてもらえれば何よりです。

―貴重なお話を伺えて、大変興味深かったです。ありがとうございました!

広辞苑を持つ編集部平木さん