「仕事量は減らないのに、会社からの“強制時短”は厳しくなる一方。残業代が減るだけで、一体何の得があるのか」――。「働き方改革」に関しては、まだ“懐疑派”の方が多いのが現実かもしれない。そうした中、カルビーは働き方改革に先進的に取り組み、8期連続の増収増益を果たしている。その旗振り役で、会長兼CEOの松本晃さんに、社員も納得する「働き方改革成功の秘訣」を聞いた。

(聞き手=藤原達矢/写真=稲垣純也)

「働き方改革」が浸透しない理由

何のために「働き方改革」を行うのか、疑問を感じている人も多いようです。

 働き方を変える目的がはっきりしていないからでしょう。そこが明確にならないと人は動きません。なぜ「働き方改革」を進めるかといえば、一言で言うと今より「成果を上げるため」。ひいては「社員が豊かになるため」のはずです。

 にもかかわらず、働き方改革の目的を明確にしないまま、残業時間の削減ばかりに議論が集中するのはナンセンスの極みです。

 豊かさとは「金銭的」なものだけとは限りません。今の時代は「時間的」とか「社会的」な豊かさを求める人が増えていますから、会社はそれに応える必要があります。

 成果は、必ずしも労働時間に比例するとは限りません。生産性を向上させれば、短時間でも成果は上がります。

 そのために経営者は、効率良く働ける環境や制度を作ってあげる。成果が出ない原因が会社側にあるなら、それを取り除いてしまえというのが私の考えです。

 カルビーも全員の働き方が180度変わったわけではありません。ただ、私は社員に「会社が評価するのは成果」というメッセージを常に伝えています。

 すると、少しずつ自分で考えて働き方を見直す社員が出てくる。世の中、制度を変えたからと言って「ヨーイドン」で全員が同時に走り出すことはあり得ません。すぐに飛び出す社員もいれば、いまだに動かない社員もいますが、全体としては、徐々に会社が示した方向へ変わっていくものです。ですから全員がついてこなくても「会社の方針はこうだ」ということを常に示さなくてはなりません。

残業代が出るから長時間働いてしまう

成果を出すには長時間労働が必要との考え方も根強くあります。

 法令順守は当然ですが、私個人は、残業手当という制度を原則としてすべての社員に適用するルールは、撤廃した方がいいと思っています。

 残業代が出るなら、社員が長くダラダラ働くのは当たり前です。会社にいるだけで給料が増えるのですから。誰もが生活にゆとりがあるわけではないですし、月にいくらかでももらえるのであれば、朝はゆっくり働いて夕方から本腰を入れようと誰だって思います。

 仮に1時間10万円の残業手当が出るなら私だって会社に残りますよ(笑)。しかし、そんなムダの多い働き方では社員が成長しませんし、会社の業績も上がらず双方のためになりません。

 以前、私が社長を務めていた外資系企業では、当初は長時間残業が常態化していました。そこで、労働時間ではなく、成果をベースにした給与体系に変えました。すると、残業はピタッとなくなりましたよ。それでも業績は年々良くなりましたから、給料水準は3年間で2倍にアップできました。

 ただし、工場で現場作業をしているような、いわゆるブルーカラーの人たちには、残業手当は当然支払うべきです。彼らは「◯時間働けば◯台製品が作れる」というように、労働時間と成果が比例する働き方をしているからです。時間で働く人と成果で働く人の給与体系は分けて考える必要があるのではないでしょうか。

しかし、効率良く働くと残業がなくなり、収入が減るのを嫌がる人も少なくありません。

 残業代が減って浮いたお金は、成果を上げた社員で分ければいいんですよ。残業代が減って、「コストが下がった」と喜んでいる経営者は愚かとしか言いようがない。社員の立場からすれば、何のための働き方改革なのか分からなくなる。やる気だって失せますよ。

生産性を高めるには勉強をするしかない

生産性の高い働き方をするうえで大切なのは何でしょうか?

 最も大切なことは、ビジネスパーソンとしての能力を上げることです。野球選手が試合でヒットを打つために素振りをするように、ビジネスパーソンも成長するためには勉強をおろそかにしてはいけません。日々の鍛錬が大切です。勉強するには時間を作らなければなりませんが、そのためには成果につながらない「つまらない仕事」をやめることです。

 ただし、最初は何が「つまらない仕事」なのか見極めが難しいかもしれません。ムダそうな会議や体裁ばかり整えて中身がなさそうな資料作成などに取り組んだら、本当に会社の利益につながっているのかを検証する意識を持ってください。実験的にやめてみて、やはり成果がないと分かれば、完全にやめてしまえばいいのです。

個人レベルで「働き方改革」を進めるうえで意識すべきなのは?

 早く起きて、早く仕事をしに来て、早く帰る、それが一番です。昔から「早起きは三文の徳」と言いますよね。早く帰って空いた時間は勉強したり、働き方を考えたりするための「自分の時間」に充てればいいのです。

 定時が過ぎてもダラダラと仕事をして、終わったら居酒屋で一杯飲んで帰るの繰り返しでは、成長できるわけがありません。カルビーの若い社員も最近は勉強するようになりましたよ。講演のために大学に行くと社員をよく見かけます。部下を持つ人は、組織全体で生産性をアップして成果を上げるための勉強をすべきです。

 会社も学びたいという人は積極的に支援してあげるべきです。例えばビジネススクールに行きたいなら費用を出してあげる。社員が知識を得るというのは会社にとって「投資」ですよ。

 管理職に支払う役職手当が少なすぎるのも問題です。チームを率いる大事な仕事ですから。手当が大幅に跳ね上がるなら、みんな目の色を変えてマネジメントを勉強すると思いますよ。

早く帰るようになるだけで、社員の考え方や働き方がそんなに変わるものでしょうか?

 人にもよりますが、変わる人間は大きく変わります。ビジネススキルを学ぶ人もいれば、教養を深める人もいる。メタボな人はジムに行って健康になるなど、それぞれが考えて行動し始めますよ。

 人間としての成長を考えれば、家族との団らんに時間を充てるのにも、大きな意味がある。朝はみんなバタバタしていて、家族でゆっくり食事をする時間なんてないのですから。おかげで弊社の「フルグラ」が売れているんですけどね(笑)。

 充実した私生活を送っている人は、知識や教養が増えて魅力的になります。魅力的な人はいい仕事をして、それが会社の利益につながる。私は、会社とは「魅力的な人間を作る場所」であるべきだと思います。

松本さん自身は、自由時間をどう過ごされていますか?

 散歩をよくしていますね。週末は3時間ほどかけて歩いています。最初の1時間半は決まったルートを歩いて、残りの時間でコンビニエンスストアを6店、スーパーを4店回って、カルビーとその競合商品をチェックしています。いわゆる定点観測です。コンビニは商品の入れ替えサイクルが早い。先週あった商品が今週は置いていないというのは当たり前。売り場から撤去されたということです。どうしてその商品が売れなかったのかを考えるようにしています。

 本は月に4~5冊読んでいます。ジャンルは経営から歴史小説まで様々ですね。作家では浅田次郎さんや司馬遼太郎さんの本をよく読みます。歴史上の人物で好きなのは織田信長ですね。

 スポーツジムにも週に1回は行きますし、たまにゴルフもやります。ちなみにカルビーでは社用の接待ゴルフは禁止です。

会社は最も快適で最も危険な場所でもある

会社にいるくらいなら現場を回れとよくおっしゃっていますね。

 会社に長くいてもいいことは何もないですよ。オフィスは世界中で「最も快適な場所」かつ、世界中で「最も危険な場所」だと私はよく言っているんです。夏は涼しく冬暖かい。快適だからこそ慣れるとずっといたくなる。そして、仕事をしている気になって何の役に立つのか分からない資料を量産してしまう。

 オフィスで考えた仮説なんて当たらないですよ。つまり、成果も出ないのに働いた気にはなれるから危険なのです。

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