文・清水草一
断然ブッチギリ
思えばビビリの多い人生であった。
カーライフにおける最大のビビリ。それは身の丈以上のクルマに乗ることだ。かつ、そのクルマが故障することだろう。
私が人生においてもっともビビッった愛車は、自身最初に買ったフェラーリ 348tbだ。
それはもう断然ブッチギリでビビリまくった。なんせ、身の程知らずにも初めて購入してしまったフェラーリ様であるから、当然だが。
348tbの最初のトラブルは、ルームミラーがポトリと落ちたことだったが、それだけで心臓が止まるかと思うほどビビッったことはすでに記した。
ルームミラーはアロンアルファで再接着すればいいことを知り、ひとつ大人の階段を上ったが、次のトラブルは真剣にショック死寸前だった。
それは、夜間、群馬県内の高速道路を走行中に発生した。
急にクルマが遅くなったのである。突然失速し力がなくなった。
これはどう考えてもエンジントラブル! フェラーリ様がエンジントラブルに見舞われた! フェラーリ初心者にとって、これほどビビる展開はない。
これがRX-7とかフェアレディZなら、JAFを呼んでなんとかしよう等思うところだが、フェラーリ様はJAFもお断りだと聞いていた。牽引できないし直せないしお手上げだと。そりゃそうだろう、なにせ天下のフェラーリ様だ。JAFごときでなんとかなったらフェラーリの名折れである。
私はウルトラビビりながらも、対応策を考えた。そして「とにかく高速を降りよう」と意思決定した。
加速力は大幅にダウンしたものの、幸いにもまだクルマは動いている。動いているうちに次のインターまでたどり着いて、高速道路上でのストップを避ける! 今考えても猛烈に適切な処置であった。
松井田インターで高速を降り、料金所でクラッチを切ると、エンジンは止まってしまったが、セルを回すとなんとか再始動可能であった。
クルマから降りた私は、まず348の様子を観察した。これまた我ながら猛烈に適切な処置であった。
アイドリング状態でもエンジンは動いているが、どうにも音がおかしい。いつもと比べて息遣いが荒く、オクターブが低く弱弱しい。なにか大きなトラブルが起きていることは間違いない。
これはひょっとして、片バンク止まっているのではないか!? V8が直4になっているんじゃないか!?
最強の修理法
私は携帯電話でメカニック氏に電話した。幸いにも携帯電話はすでにこの世に存在しており、大衆化しつつあった。
「あのー、いま群馬なんですが、片バンク死んだんですよ」
「片バンク死にましたか」メカニック氏は恐ろしいほどこともなげな口調だった。「電球が切れましたか」というような。
「どうすりゃいいんでしょうか」
「うーん……。ヒューズじゃないかなあ。ECUのヒューズ切れじゃないかなあ。助手席の足元、開けてみてください」
ヒューズか! フェラーリ様がヒューズ切れ! それで片バンク停止! 実に甘美な響きである。
が、ヒューズはまるっきり切れていなかった。私は大いに落胆した。
でも万一ということもある。ECUコントロールの10アンペアのヒューズを予備のと交換し、あまり期待せずに私はスターターを回した。
クォオオオオオン。
なんと、エンジンは見事に復活した! ヒューズを引っこ抜いて差し込んだだけで、我が348tbのV8エンジンは全気筒息を吹き返したのである。