I Failed Upwards

上に向かって失敗する

タレント、ハリー杉山の挫折の記。挑んで敗れた者たちに贈る。
上に向かって失敗する

Words: Harry Sugiyama
Illustration: Hiroaki Seto

父親とはどんな存在なのか。イギリスの詩人のジョージ・ハーバートが言いました。

「一人の父親は百人の教師に勝る」

尊敬の的であり、圧倒的信頼を置きながら、越えられない壁。父に認められたい。そして認められた勲章をぶら下げたい。いつかいつかと、認められる日を夢見て、僕は生きてきました。

第二次世界大戦前の1938年に生まれた父はオックスフォード大学を卒業後、英国のフィナンシャル・タイムズに入社。1964年の初来日以降、タイムズ、ニューヨーク・タイムズの東京支局長として日本を世界に伝えてきました。

三島由紀夫、田中角栄、金大中に信頼された父は、高度成長期の日本をはじめ、めまぐるしく変わるアジアの最前線に常に身を投じてきました。ペンとタイプライターをこよなく愛した、昔ながらのジャーナリストです。もちろんスマホやパソコンもない時代。ツイードのジャケットにはLOBBのハット。アタッシェケースなど持たずノートや資料は背中とパンツの間に差し込む。雨が降れば新聞が傘がわりです。どことなく雑で、でもスタイリッシュ。とことん仕事を愛し、夜な夜な働く父の背中を見て、少年の心には自然と憧れの気持ちが芽生え、同じ道を進みたいという欲望が生まれました。

父のようになりたい。それを察知したのか、僕を頻繁に、職場だった日本外国特派員協会に連れていき、ジャーナリストとはひとりで成立するものではなく、コミュニケーション術の巧拙が強く問われるものであり、信用がなければつづけられない職業だと教えてくれました。身を危険に晒すのは当たり前、しかし、それに見合うだけの収入は期待できない、報われない職業だとも言いました。

一方で、たびたびこんな言葉を投げかけてきました。“You are destined to become rich...go where the money is.”と。つまり、”おまえはお金持ちになる運命を持っているのだから、(ジャーナリストになるなんてことは)さっさと諦めなさい”と、言うのでした。

カリギュラ効果なのか、否定されれば否定されるほど、情熱とは赤く燃え上がるものです。僕は父の影を追って渡英し、家族が代々通った学校であるパブリック・スクールに通いはじめました。けれど、とんとん拍子に進むと思っていた矢先、まさかの落とし穴が待ち受けていました。大学入試に失敗したのです。

今でも忘れられない2002年のクリスマス。不合格の通知が届きます。ラジオからは「きよしこの夜」が流れていました。受験者全員がオックスブリッジ(オックスフォード大学、ケインブリッジ大学)を受かってきた僕のイギリス側の家族200年の歴史に、不合格者として唯一の汚点を残してしまったのです。筆記の試験さえも受けさせてくれなかったのは、面接段階で”不適切”とジャッジされたからでした。人生最大の挫折、恥じらい、敗北を味わいました。

何のために僕は生きてきたのか? 自問自答する日々がそれからつづきました。高い学費を払い続けてきた両親にどんな顔を合わせるべきか? 親戚や先生からも”彼は失敗作だったな”と言われるんじゃないか。そんな恐怖に日々震えていました。

ただ不思議なことに、人生最大の失敗と思っていたこの不合格は、時を経て僕の人生において最大の宝になります。それはBlessing in disguise ……姿を変えた祝福である、と思えるようになったからです。

オックスフォードを落ちた僕は、ロンドン大学で中国語を専攻することにしました。そして、ロンドン、北京と渡り、またロンドンに戻って卒業するはずが、日本に帰国することになります。すると、縁があって、2008年にテレビの仕事をいただいたのです。それをきっかけに芸能活動をスタートした僕は、5年後、NHKの番組で父をインタビューすることになります。場所は子供の時から通っていた日本外国特派員協会。泣き虫で、サスペンダーズ姿のおかっぱ頭の子供だった僕はもう大人です。いっぽう、当時と服は変わらなくても、過ぎ去った年月の長さは父の身体に跡を残していました。

テーマは父と息子。僕がオックスフォードを落ちたことをどう思っていたのか? インタビューの最後に聞きました。“You failed upwards my son...and I am proud of it..”「君は上に向かって失敗した……そして私はそのことを誇りに思うよ」と、父は言ったのでした。

この一言でどれほど僕は救われたことでしょう。世の中の捉え方が一気に変わった瞬間でした。父が僕の今の仕事を誇ってくれていると思うと、長年背負っていた十字架が急に降ろされたように感じました。

失敗、挫折、悲しみ……。暗くて絶望的な経験は人生の糧になる。そう思うと日々の生き方、アプローチは変わるのではないのでしょうか? そう言えば、父が尊敬している哲学者のモンテーニュも言いました。

“世の中には勝利よりも勝ち誇るに値する敗北があるものだ”

この言葉の意味を本当に理解している人は多くないかもしれません。父の一言で、僕はそれを理解できました。父の、ジャーナリストの言葉の力はやはり偉大です。

世界が変わる激動の年になりそうな2017年。4月から新しい環境に飛び込む人も多いでしょう。皆さんにも上に向かった結果としての失敗がおとずれることもあると思います。敗北は辛いものですが、悪いことばかりではありません。

ハリー杉山 東京都出身。イギリス人の父と日本人の母の間に生まれ11歳で渡英する。帰国後はタレント、MCとしてテレビやラジオで活動。現在、NHK 総合「4時も!シブ5時」(月〜金曜日)、フジテレビ「ノンストップ!」(月~木曜日)などにレギュラー出演している。