ぼくだけの「ローグ・ワン」──ジョン・ノール VFXの魔術師の世界

VFXのスペシャリスト集団「インダストリアル・ライト&マジック」を率いるジョン・ノールは、いかにして映像表現の未来を切り開いてきたか。彼の半生と、『ローグ・ワン』誕生秘話、遊び心から生まれる終わらないクリエイティヴ。
ぼくだけの「ローグ・ワン」──ジョン・ノール VFXの魔術師の世界
PHOTOGRAPHS BY by DAN WINTERS

ジョン・ノールのオフィスの片隅には、黒光りする3台の巨大なコンピューターサーヴァーが鎮座している。

スイッチやファンがぎっしりと並ぶ、高さ180cmもあるそれらのサーヴァーに、ブルーのLEDランプが灯っている。それぞれのサーヴァーには、スター・ウォーズの銀河帝国の紋章と、映画にちなんだ名前が付けられている。「デス・スター748」「デス・スター749」…そう、これらは帝国軍のコンピューターなのだ。

いかにも威風堂々とした恐ろしげな外観だが、実はこれらのサーヴァーはハリボテだ。Arduinoコントローラーに外装を取り付け、本物のコンピューターっぽく電飾を点滅させているだけだ。これらはいってみれば視覚効果(VFX)であり、54歳にしてルーカスフィルムが誇るVFX部門、インダストリアル・ライト&マジック(ILM)を率いるチーフ・クリエイティヴ・オフィサー、ジョン・ノールの頭のなかのようでもある。

技術面で優れている人や

クリエイティヴな面で
優れている人もいるが、
その両方を兼ね備えた人は
なかなかいない。
ジョン・ノールは
その数少ないひとりだ。
本物の映像クリエイターさ

迷路のように入り組んだルーカスフィルムの廊下には、半世紀の間観客たちを熱狂させてきた映画の小道具や模型が所狭しと飾られている。『スター・ウォーズ』『スタートレック』『E.T.』…博物館を開けるくらい価値のある品々だ。だがノールのサーヴァー(実際はサーヴァーの外装)は映画に登場したものではない。むしろ、そこから数々の映画が生まれたのだ。というのも、これらの外装はノールがVFXスーパーヴァイザーとして指揮を執った1997年のスター・ウォーズ旧3部作特別篇で、13,000時間に及ぶデジタルエフェクトの合成に使われたマシンのものなのだ。コンピューターの集積回路の密度は18カ月ごとに2倍になるというムーアの法則に従い、数々の映画を生み出してきたこれらの巨大サーヴァー群は無用の長物になってしまったが、ノールにとっては格好のおもちゃとなった。

「つくるのに2〜3週間くらいかかったかな」とノールは肩をすくめて言う。「ぼくはどんなものでも遊びのネタにしてしまうんだ」

そう、ノールは態度も外見も、新しいテクノロジーに目がないところも、まさに未完成の“おもちゃ”でガレージをいっぱいにするメカいじり好きの父親の姿そのものだ。だが、そういう父親たちとノールの違いは、ノールはひとたび何か面白いものを見つけると、それにのめり込み、時には業界全体を変えてしまうことである。

コンピューターでの画像編集に興味をもったノールが、兄のトーマスとともに「Photoshop」を開発してしまったのは有名な話である。また、市販のソフトウェアをいじっているうちに、現在では映像作家たちに広く使われている新たな映像制作の手法を編み出してしまったこともある。そしてノールは、スター・ウォーズにもすっかりのめり込んだ。

大画面スクリーンとスピーカーを備えた暗い会議室の中央のテーブルに、視覚効果のスペシャリストたちが座っている。ひとりがキーボードを叩き、映画のいくつかの場面をスクリーンに映す。最初はスター・デストロイヤーの艦体すれすれに飛ぶXウィングをTIEファイターの一糸乱れぬ編隊が追撃する場面。スター・ウォーズではおなじみの宇宙艦隊が画面を飛び交う。このショットは銀河帝国軍と反乱軍との大戦争の一部であり、スター・ウォーズユニヴァースの最新作『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』の鍵となるシーンだ。時代は再び過去に戻り、ノールがVFXを指揮する。あの懐かしい世界にまた戻れるのだ。

『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』予告編。2016年12月16日世界同時公開された。

Xウィングは、スター・デストロイヤーの展望塔に近づくにつれ機体を上昇させる。「このXウィングが飛び去るときに、このドームを爆発させたほうがいいかな?」と、ディズニー・ワールド・リゾートの「エプコット」のような多面体の構造物を指さしながら、CGスーパーヴァイザーのヴィック・シュルツが聞く。会議室の誰も、スター・デストロイヤーの展望塔の屋根についているその構造物が何なのかわからないのだ。

スター・ウォーズの「サーガ」ではない(つまり、スカイウォーカー一族の物語ではない)最初の実写スピンオフとなる『ローグ・ワン』で、ノールは1,600以上ものショットの視覚効果を監修するだけでなく、製作総指揮のひとりとして映画製作全体の責任も負っている。原案を提供したのもノールで、仕事の合間の余暇に思いついたという。

「技術面で優れている人もいれば、クリエイティヴな面で優れている人もいるが、その両方を兼ね備えた人はなかなかいない」と本作の監督ギャレス・エドワーズは言う。「ジョン・ノールはその数少ないひとりだ。本物の映像クリエイターさ」。エドワーズも映画監督になる前は長年視覚効果の仕事に携わってきたので、その言葉には重みがある。「スター・ウォーズのファンなら、ハリソン・フォードに会えるとなったら大騒ぎするだろ? ぼくにとって、ジョン・ノールに会えたことはそれと同じくらいの感激なんだ」

ILMとの遭遇

ノールは子どものころ、たくさんの模型をつくった。第2次世界大戦の戦闘機、宇宙船、ノール自身が考案した数々の乗り物。そして1970年代の多くの模型少年と同様、第1作目の『スター・ウォーズ』の視覚効果には圧倒された。それまで裏方だった模型制作者が一挙に映画制作の花形になり、ノールもまた『American Cinematographer』や『Cinefantastique』といった映画雑誌の記事をむさぼるように読んだ。だが当時から、ノールは同世代の子どもたちとは一味違っていた。

ミシガン大学の原子力エンジニアだったノールの父、グレン・ノールが、1978年にカリフォルニア州アナハイムで開かれる会議で講演をすることになり、ジョンたち3人の兄弟を連れていった。ハリウッドのすぐそばにいることにわくわくしながら、ジョンはホテルの部屋にあった電話帳をめくり、ILMの番号を探した。あった! 数分後には、ジョンはILM模型制作スタジオのチーフ、グラント・マッキューンと話していた。できる限り玄人っぽい口調で、自分は模型制作をしているのだが、ぜひILMを見学させてほしいと頼み込んだ。翌朝、ジョンは父親のクルマに送られてヴァン・ナイズのILMを訪れた。マッキューンはこのとき初めて、昨日の電話の相手が15歳の少年だったことを知った。

1日たっぷりとILMに入りびたり、最後にTVドラマ「宇宙空母ギャラクティカ」の模型制作やカメラワークの演出の現場を見学させてもらった。自分と同じ普通の人たちが、仕事として視覚効果の制作をしているのを見たのはそれが最初だった。

ジョン・ノール|JOHN KNOLL
1962年生まれ。インダストリアル・ライト&マジック チーフ・クリエイティヴ・オフィサー。VFXスーパーヴァイザー。『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』(2006)でアカデミー視覚効果賞を受賞。ILMが手がける数々の映画のVFXを統括するほか、「Photoshop」開発者としても知られる。
Dan Winters

1962年生まれ。インダストリアル・ライト&マジック チーフ・クリエイティヴ・オフィサー。VFXスーパーヴァイザー。『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』(2006)でアカデミー視覚効果賞を受賞。ILMが手がける数々の映画のVFXを統括するほか、「Photoshop」開発者としても知られる。

高校を卒業し、ジョージ・ルーカスやロバート・ゼメキスの母校である南カリフォルニア大学映画学部に進学すると、ノールは学生のうちからポートフォリオをもってハリウッドに売り込みに回った。じきに『未知との遭遇』や『スタートレック』のミニチュア模型作家、グレッグ・ジーンのもとで仕事ができるようになった。「ノールがまっすぐの線を引けることに感心した」とジーンは言う。「すべての模型制作者が正確な直線を引けるわけじゃない。だがノールはそれができた」。ジーンのもとで、ノールはフリーランスとしてテレビシリーズ「V」に登場する異星人の宇宙船の着陸装置などを制作した。

1984年に大学を卒業するまで、何とかこの道で食っていくための売り込みを続けたが、自分の大好きな分野を仕事にすることにはそれに伴う問題もある。「趣味を仕事にしてしまうと、ある意味でそれを趣味として楽しめなくなってしまう」とノールは言う。

だが売り込みを続けるうち、スター・ウォーズへの情熱が再びノールの心のなかに蘇ってきた。ノールは以前読んだジョン・ダイクストラの記事を思い出した。視覚効果のパイオニア的存在であるダイクストラは、第1作目の『スター・ウォーズ』制作下のILMでコンピューター制御のカメラを開発した。「ダイクストラフレックス」と名づけられたこのモーションコントロール・カメラは、同じシークエンスを正確に繰り返して撮影することができ、それによりミニチュア模型をリアルに見せたり、複数のショットを合成したりすることが可能になった。リアルな宇宙戦争を描き出すためには欠かせない画期的な発明だ。

ノールは自分でもモーションコントロール・カメラをつくってみようと思い立った。

3年使っているApple-IIにフライス盤のコントローラーを接続して、4つのステッピングモーターをコンピューター制御で動かせるようにし、そこに可動式のカメラスタンドを取り付けた。いかにもチープな仕掛けだったが、ちゃんと動いた。ノールはこのカメラで2分間のアニメーションを制作し、それが彼の卒業制作になった。

この作品はまた、ノールを憧れの職場へと導いてくれた。子どものころ必死で電話アタックをかけた、あのILMの撮影部門に採用されたのだ。ノールはサンフランシスコ・ベイエリアに移転したILMのオフィスで働けることになった。「初日から本物のダイクストラフレックス・カメラを使えたんだ」とノールは言う。「そばに立つだけでドキドキしたよ」

再びノールの趣味が仕事になった。だがそのために、仕事の余暇にすることを見つけなければならなくなった。そこでノールはプログラミングを始めることにした。

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Photoshopから『アビス』まで

ノールが「ジェニファー・イン・パラダイス」と呼んでいる写真がある。ボラボラ島で撮った、当時のガールフレンド(現在は妻)のジェニファーの写真だ。カメラに背を向け、長い髪を肩にたらし、目は遠くの島に向けられている。これは写真とソフトウェアの両方の歴史にとって画期的な画像だ。世界で初めてPhotoshopで加工された画像なのだ。

1986年、まだ一介の撮影技師にすぎなかったノールは、当時ILMにできたばかりのコンピューターグラフィックス部門とそこで開発された機材の見学を願い出た。この部門こそ、のちのピクサーである。サイズの大きい画像を加工できるコンピューターグラフィックスの可能性に気づいたノールは、家に帰ると独自の画像編集プログラムをMacに打ち込み始めた。「ちょっとしたレイトレーサーとプロセッシングコードを書いてみたんだ」とノールは言う。余暇の気晴らしくらいのつもりだった。

余暇の気晴らしから

生まれたPhotoshoh4で、
最終的にアドビと
ライセンス/販売の
契約を結んだ。
現在ではPhotoshoh4
のユーザーは
1,000万人に上る。

たまたま兄のトムもノールと同じことに関心を抱いていた。コンピューターヴィジョンの博士号を取得するため、トムはミシガン大学でデジタル画像の明度を調節したり被写体の輪郭を検出したりできるソフトウェアを開発しているところだった。ジョンはトムのソフトウェアをコピーさせてもらい、家にもち帰って遊んだ。2〜3週間ほどいじっているうち、何かをつかんだ気がした。

「これは売り物になるぞ」とジョンは言った。「バカ言うなよ」とトムは答えた。「売り物になるソフトをつくるのにどれくらいプログラムを書かなきゃならないかわかってるのか?」。それでもトムはソフトの開発に取りかかった。

当時、若く独身だったノールは、ILMでは午後7時から朝の5時まで働いていたので、日中の時間をまるごと兄弟のソフトウェア開発計画に注ぎ込むことができた。アップルを訪問した際に、ノールはフラットベッドスキャナーを貸してもらえないかと頼んだ。そのスキャナーでジェニファーの写真をアップロードした。

ノールはシリコンヴァレー中を歩き回り、技術者たちの前で、スクリーンのなかのジェニファーを何人も複製したり、背景にもうひとつ島を加えたり、写真全体に霧をかけたりしてみせた。誰もがこの新しいソフトウェアに驚愕した。最終的に、「Illustrator」や「PostScript」を開発しているアドビとライセンスおよび販売の契約を結んだ。ソフトウェアの名称については、ああでもないこうでもないと何カ月も悩んだ末、ごくシンプルな「Photoshop」という名称に落ち着いた。

超多忙なPhotoshopの開発の合間に、ノールは初めて映画のコンピューターグラフィックスの仕事に関わるチャンスを得る。ジェームズ・キャメロン監督の『アビス』だ。

そのときまでにILMが手がけた最大のCGプロジェクトは『ヤング・シャーロック/ピラミッドの謎』でステンドグラスの人物が動き出すシーンだった。そのときの視覚効果はだいたい6ショットだった。「『アビス』では視覚効果は16ショットくらいあった。ジェームズはあの場面がうまく撮れるか自信がなかったようだ」と著名なVFXスーパーヴァイザーのデニス・ミューレンは言う。ミューレンは、すでにアイデアマンとして評判だったノールを『アビス』のスタッフに招いた。

『アビス』では、スタッフたちが「シュードポッド」(偽足)と名づけた、巨大なタコの脚のような液状生命体の表面が、人間の顔にモーフィングするシーンにCGが使われた。「あのときわたしたちは、未知の領域に足を踏み入れていた」とキャメロンは言う。「ジョンは涼しい顔をしていたけれどね」。ノールは、文字通りの意味で、あらゆる角度からこの場面を検討しなければならないと考えた。スチールカメラをセットにもち込み、考えられる限りのすべてのライトやカメラの位置からそのシーンの写真を撮った。「リアルな光の反射を再現するためには、あらゆるアングルからこの場面の写真を撮る必要があった」とノールは言う。

こうしてノールは、ほとんど行き当たりばったりのやり方でCG合成の基本的手法を開発してしまった。「場面全体をあらゆる位置からスチールカメラで撮っておくという手法は、いまではスタンダードになっている」。撮り終えると、Photoshopでそれらの写真をつなぎ合わせた。

「予算オーヴァーすることもなく、納期にも間に合った」とミューレンは言う。「そして、出来栄えは最高だったよ」

そうこうしているうち、Photoshopが発売された。ヴァージョン3が出るころ、アドビからこのソフトウェアの所有権を買い取りたいとの申し出があった。「すごくいい条件で買い取ってくれたよ」とノールは言う。トムはアドビに迎えられ、現在ではPhotoshopユーザーは1,000万人に上る。一方、ジョンはILMに留まった。

「高校でも大学でもたくさん目標を立てた」。ノールは言う。「ILMに残ったのは、『スター・ウォーズ』クラスの大作映画を手がけるような、最先端のVFXプロダクションで視覚効果を監修するという夢を叶えるためだった」

映画用語でいう、いわゆる「伏線」だ。

ILMの魔法とイノヴェイションの40年

ジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』をつくるために立ち上げたILM。映像表現の可能性を切り開いてきた究極の“テックスタートアップ“の40年の歴史を、ノールを含めた43人が語る。

ジョン・ノールがVFXを手がけた代表作。ILLUSTRATION BY MARCO GORAN ROMANO

DIYのワープシーン

1995年、ジョージ・ルーカスはスター・ウォーズ3部作に手を加えて再公開すると公表した。当初はただ3部作のフィルムをリマスターするだけの予定だった。オリジナルのネガが時間とともに劣化していたためだ。だが、どうせ旧作の汚れを取り除いてデジタル化するのなら、いっそのこと視覚効果もつくり直したらどうだろう?

このプロジェクトこそ、のちの「旧3部作特別篇」である。ノールは当時、市販のグラフィックスソフトウェアでの映像制作にのめり込んでおり、特別篇のプロジェクトはノールのこの新しい趣味にぴったりだった。Macで視覚効果を容易かつ安価に複製しさらに改良を加えるといったことは、ILMでもノールにしかできない芸当だった。

ノールのエンジニアとしての発想やDIY的な創意工夫の才は、スター・ウォーズの奇想天外な空想世界よりも、むしろスタートレックに合っているように思われる(そのことについてノールに訊ねると、『そうだな、ぼくは科学者やエンジニアの家系だから…』だそうだ)。

TVシリーズ「新スタートレック」の制作中、ノールは宇宙船エンタープライズがワープに入る映像の撮影法を思いついた。「スリットスキャン」と呼ばれる古典的な技術を使うのだ。エンタープライズの模型を、カメラを動かしつつ、部分的にマスキングしたレンズで長時間露光撮影する。すると、エンタープライズの船体が一瞬引き伸ばされ、そして宇宙の彼方に猛スピードで飛び去っていくように見える。

1993年、パラマウント・ピクチャーズは「新スタートレック」の劇場版、『スタートレック ジェネレーションズ』の制作を開始する。ILMが視覚効果を担当し、ノールがスーパーヴァイザーを務めた。ノールはCG部門に、ワープシーンの映像を改良するのにどのくらいのコストがかかるかと問い合わせた。「返ってきた金額を見て腰を抜かしたよ。とてもじゃないけどパラマウントに報告できないくらいの金額だった」とノールは言う。「そこで決心したんだ。オーケー、ぼくが自分でつくってやるってね」

ノールは家に帰るとMacの前に座った。5週間後、ワープシーンが完成した。

この経験があったからこそ、2年後にILMがスター・ウォーズ特別篇の視覚効果の制作を開始したとき、ノールは特別篇のVFXプロデューサー、トム・ケネディに同じことを試してみたいと頼んだ。宇宙戦の場面をつくり直すのに市販のソフトウェアを使いたい、と。半信半疑だったケネディは、ノールとILMのコンピューターグラフィックス部門全体とでコンペをすることにした。飛行するXウィングの場面を両者につくらせて比較するのだ。

ノールは4日で作業を終えた。

「あれも、ジョンにとっては余技みたいなものだった」と、1999年にILMを退社したケネディは言う。「ILMのCG部門全体と競っているときも、ノールはまるで家で子どもたちと一緒に作業しているみたいな様子だったよ」

1カ月経ってもCG部門の映像は完成せず、ケネディはコンペを打ち切った。「こうして、ジョンはジョージから直々に戦闘シーンを任されることになった」

PHOTOGRAPH COURTESY OF INDUSTRIAL LIGHT & MAGIC

「やればできる」

スター・ウォーズのファンはいまだに特別篇に複雑な感情を抱いている。確かに宇宙戦のシーンはよくなったが、例えば惑星オルデランやデス・スターが破壊されたときの衝撃波の輪みたいなのはいただけない、と。

だが、ルーカスは大いに満足したようだ。そこで次の大作の構想がまとまると、ルーカスはミューレンとノールに声をかけた。1996年、2人はマリン郡の広大なルーカスの秘密基地、スカイウォーカーランチに赴き、そこで『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』の3,600枚に上る絵コンテを見た。「これまでの技術では映像化できそうもない場面が2〜3枚に1枚はあった」とノールは言う。

何百ものCGが同時に使われるショットがいくつもあった(それまでにひとつのショットでILMが手がけたCGの数は多くても16だった)。あるショットでは柔らかな素材の服をCGでリアルにシミュレートしなければならないし、硬い金属のロボットが爆発して吹き飛ぶのをCGで描かなければならないショットもあった。

ノールのチームは、新たなソフトウェアを開発しなければならないだけでなく、膨大な数の視覚効果を制作しなければならなかった。当時、大作といわれる映画でも、視覚効果が使われるショットはせいぜい360くらいだったが、『ファントム・メナス』では2,000ショットを優に超えていた。しかもルーカスは過去を舞台にした3部作にする構想だというのだ。「ジョージは『あとは任せた』という感じだった」とノールは言う。

ノールが一度でも
『それは無理だ』と
言うのを聞いたことがない
彼はどんな難問にも
ひるまずに、最後には
必ず解決してしまう

ノールはいまや、オリジナルの『スター・ウォーズ』に匹敵する巨大で野心的な映画のVFXスーパーヴァイザーだった。「それまでに手がけた最大規模の映画より、さらに5倍は大きなプロジェクトだ」とノールは言う。「ずっと自分に言い聞かせていたよ。第1作目の『スター・ウォーズ』を観た観客が感じたことを、この映画でも感じさせなければって」

新しいプロジェクトのあまりのスケールの大きさにILMがパニックに陥るなか、ノールは冷静に、視覚効果の制作プランを立てていた。制作期間は、いつもは2カ月ほどなのに対して今回は18カ月だ。「会議でぼくが説明すると、みんな『よし、それならいけそうだ』と言う。で、みんなが出ていったあとでぼくはひとりでつぶやくのさ。『やれやれ、本当にうまくいくのか?』って」

「やればできる」という言葉はノールの姿勢をよく表している。「ノールが一度でも『それは無理だ』と言うのを聞いたことがない」と『アバター』でノールと組んだ映画プロデューサーのジョン・ランドーは言う。「彼はどんな難問にもひるまずに、最後には必ず解決してしまう」

そしてノールは、見事に解決してみせた。この新3部作はILMの可能性を飛躍的に広げた偉業として、ILMの歴史に燦然と輝いている。また、このプロジェクトによってノールはもうひとつの目標にも近づくことができた。『ファントム・メナス』と『クローンの攻撃』が、アカデミー視覚効果賞にノミネートされたのだ(その2年後、ノールは『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』で念願のアカデミー視覚効果賞を獲得する)。

ILMの40周年を記念して公開されたムーヴィー。彼らが手がけてきた特殊効果の数々!

自分だけのスター・ウォーズ

2012年、ウォルト・ディズニー・カンパニーがルーカスフィルム、ILM、スカイウォーカーサウンドを総額40億ドルで買収する。それに伴い、ディズニーはスター・ウォーズシリーズの新作の制作を発表した。

ノールはずっと、自分だけのスター・ウォーズの構想を温めていた。そんなノールにとって、打診されたプロットはあまり心惹かれるものではなかった。「最初に上がってきたいくつかのプロットは、いわば前日譚のようなものだった」とノールは言う。「ハン・ソロとチューバッカがどのようにして『エピソード4』に出てくるようなキャラクターになったのか、とか。ぼくは『それもいいけど、もっと胸躍るようなアクションアドヴェンチャーを見たいな』と思った。スター・ウォーズの主題を受け継ぐ、ぼくたちになじみの深い、それでいてまったく新しいキャラクターの映画を」

それがどんなものかと考えるとき、ノールの頭のなかには、あの文章がどうしても浮かんだのだという。

時は内乱のさなか。
凶悪な銀河帝国の支配に
反乱軍の秘密基地から奇襲を仕掛け
帝国に対し初めて勝利を収めた。

更にその戦闘の合間に
反乱軍のスパイは
帝国軍の究極兵器の
設計図を盗み出すことに成功。
それは“デス・スター”と呼ばれ
惑星をも粉々にするパワーを
もつ宇宙要塞基地だった。

そう、最初の『スター・ウォーズ』(『新たなる希望』だ)のオープニングに流れる文章である。ノールはずっと疑問だった。このスパイとは誰なんだ? そのあとでスパイについての説明は一言もない。もしかしたら、『ミッション・インポッシブル』的な策略をめぐらせて敵をあざむく、スター・ウォーズの世界の米海軍特殊部隊「Seal Team 6」みたいなプロ集団がいたのかもしれない…。ノールが見たいのは、まさにそんな映画だった。

ノールは、思いついたらもう黙ってはいられなかった。それから何週間も、ノールは宇宙船やモンスターでいっぱいのILMの廊下で同僚をつかまえては「こんな映画はどうだろう」と熱弁した。ランチタイムには社内のカフェテリアでライヴトークショーさながらにみなにストーリーを話し、構想を練り直していった。みながノールの話を喜んで聞いた。

「話すたびに少しずつ細部ができていった」とノールは言う。「年に1度、チャリティーイヴェントとしてクイズ大会が開かれるんだけど、ぼくはクイズが始まる30分くらい前に友だちと席についていた。そしたら誰かが『スター・ウォーズのアイデアを話してくれよ』って言うんで、ぼくは30分ヴァージョンのストーリーを披露してやったよ」

結果は? これはキャスリーン・ケネディに聞いたほうがいいだろう。

ディズニー買収後、ケネディがルーカスフィルムの社長を務めることになった。ノールとは何十年も前からの付き合いだ。ほかの人たちと同様、ケネディが最初に耳にしたのはPhotoshopの開発者としてのノールの評判だった。だが社員旅行のとき、ケネディはトリヴィアル・パスート(すごろくと雑学クイズを組み合わせたようなボードゲーム)でノールと同じチームになった。そのときのことを思い出しながらケネディは、「ジョンの記憶力は天才的ね。どんなに細かくて複雑なことでもちゃんと覚えているの。驚いたわ」と言う。

それでもノールが映画のアイデアについて語り始めたとき、ケネディはやや不安になったという。「まさか、スタッフ全員がわたしに自作のスター・ウォーズの話をしにくるつもりじゃないでしょうね?」と思ったのだ。

だがケネディは、ノールの話に耳を傾け、そのアイデアをすっかり気に入ってしまった。「これまでたくさん映画の売り込みを聞いてきたけど、すごく込み入った話が多いのよ」とケネディは言う。「こんなにシンプルだけど壮大なアイデアはめったにないわ」。こうして企画にゴーサインが出た。

スター・ウォーズの終わりなき「神話」ビジネス

もしディズニーの計画通りにいけば、おそらくスター・ウォーズの完結を生きて観ることはないだろう──。作品をまたいだストーリーや量産されるスピンオフによって、彼らはいかに「永遠のシリーズ」をつくろうとしているのか?

終わらない趣味探し

ILMの薄暗い会議室に戻ろう。ノールのVFXチームは、まだあのやっかいな多面体構造物を爆破するかどうかで議論している。取材をしたとき、『ローグ・ワン』が劇場公開されるまであと9週間ちょっとしかなかった。チーム全員の願いはひとつ、ショットを見たボスが魔法の言葉──「よし、これでいこう」と言ってくれることだけだ。そのとき初めて、次のショットに移ることができる。

「ストーリー的には、ここの戦闘シーンは7〜8パートに分けるべきだ」とノールは言う。そのうちのひとつでは反乱軍が2隻のスター・デストロイヤーを撃破することになっている。それをどう描くかがノールとILMの腕の見せ所だ。

それで、あの多面体は爆発させるのだろうか? 「いいね、そうしよう」とノールが言う。部屋の半分から不満の声があがる。そのシーンはほぼ完成していたのに、またやり直しだ。

非常に根気のいる、ほとんど顕微鏡レヴェルのチェックもノールの仕事のひとつだ。攻撃を受けてスター・デストロイヤーがまっぷたつに折れるシーンを何度も見直す。光の反射、質感、曲がった金属が不自然に見えないかどうか。模型制作者はスター・ウォーズのメカや乗り物の構造を詳細に図解した本『Incredible Cross-Sections of Star Wars: The Ultimate Guide to Star Wars Vehicles and Spacecraft』とにらめっこをしながら、画面に映るスター・デストロイヤーの内部がこれまでの設定と矛盾しないかを確認している。誰だって「Reddit」で「電力変換装置をあんなところに取りつけた奴、ちょっと来い」なんてネタにされたくはないのだ。

宇宙戦の場面だけではない。フェリシティ・ジョーンズ演じるジン・アーソと、ディエゴ・ルナ演じる反乱軍の隊長キャシアン・アンドーが会話する場面。2人はどこかの惑星にいるのだが、ここでノールが問題を指摘した。「ディエゴの顔はちょっと赤みが強すぎるようだ」。おそらく誰もそんなところに気づかないだろう。だがそれだけで、この世界がほんの少し不自然に、ほんの少し嘘っぽくなってしまうという。

全員で一つひとつのショットを、何度も何度も見直す。ほとんどのショットはやり直しだ。些細な修正もあれば、重大なミスもある。みながぐったりといすの背にもたれかかる。いつになったら最後のショットが終わるのだろう、と。

次は2隻のスター・デストロイヤーがニアミスする場面で、どのような描写にするかはILMに任されていた。宇宙戦艦の巨大さが見るものを圧倒する、印象的な場面。見事な撮影技法だ。ノールはにっこり笑った。

「よし、これでいこう」とノールが言い、部屋に歓声があがる。次は、1体のドロイドが廊下を歩いてくるシーン。「いいね。オーケー」。また歓声。また一歩、完成に近づいた。ジョン・ノールは、また新しい趣味が欲しくなってくるころだろう。

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PHOTOGRAPHS BY by DAN WINTERS

TEXT BY by ROBERT CAPPS

TRANSLATION BY by EIJU TSUJIMURA